桜を眺めながら食べたイチゴは、涙が出るくらいすっぱい味がした
作者は、果物の中では梨が一番好きです。
春風そよぐ昼下がり。鼻をくすぐる野花の香りと、光に輝く花吹雪。そして、指先から伝う体温。
セピア色にくすむ景色の中、君の笑顔だけは眩しく輝いていた。
――ほら早く! こっちこっち!
強引に手を引かれ、何度も躓き転びそうにながら必死に芝生を蹴る。
待って。待ってってば。
何度も呼びかけるけれど、それでも君はお構いなし。嬉しそうに声を振り撒きながら、足を止めることはない。
それからどれだけ二人で走っただろう。やがて小高い丘を登りきり、急に君は足を止めた。危うく君の頭に鼻をぶつけそうになる。
――コースケ! 見て見て! 今年もキレイに咲いてるよ!
頭を横にずらし、君の指差す先へ目を向ける。
そこには、桜の海があった。透き通るような白に、目に鮮やかなピンク、優しい印象の白桃色。春の穏かな日差しの下。花びらを眩しく散らしながら、そよ風に吹かれてゆらゆらと波を立てている。
何度見ても変わらない。二人だけの特別。
――さっ、お花見しよ!
丘の上に並んで腰を下ろすと、君はバッグから大きめの弁当箱を一つ取り出す。フタを開ければ、いっぱいに敷き詰められた真っ赤なイチゴ。
この景色を眺めながら二人でイチゴを頬張る。それが、僕らの春の風物詩だった。それは、君が桜もイチゴも大好きだったから。
君は美味しいイチゴを選ぶのが得意だった。パクパクと美味しそうにそれを頬張る隣で、僕はいつもすっぱい味を噛み締めていた。僕が引くのはハズレばかり。アタリは、僕が引く前に君が全部食べてしまう。
――またすっぱいのに当たったね。えへへ、分かるよ。すっぱそうな顔してるもん。もぉ、コースケはイチゴを見る目がないんだよ。ほら、あ~んして。あ~ん。
そう言って食べさせてくれたイチゴは、イチゴと思えないくらい甘かった。
――ね? 甘いでしょ。コースケも早くいいイチゴを見分けられるようにならないとね。
君は歯を見せて笑う。つられて、僕も笑った。
二人だけのお花見。君と一緒に過ごした、小さい頃からの宝物。
この景色がずっと続いていくと思っていた。変わらないものだと思っていた。
毎年桜が満開に咲き誇るように、来年も、再来年も、その先もずっと、君の眩しい笑顔が見られると思っていた。
***
桜は毎年変わらず咲き続けた。花びらを散らし、景色をいっぱいに彩った。
けれど、昔のように心は動かない。今見える鮮やかな世界より、記憶の中のセピア色に染まった風景のほうがよっぽど綺麗だ。
小高い丘の上、いつもの席にあぐらをかく。そしてリュックから取り出すのは、スーパーで買ってきたパック詰めのイチゴ。真っ赤で大きい、いかにも甘そうなイチゴだ。
封を開き、一つを齧る。すると、口いっぱいに広がる酸味。甘みはない。いつも通りの味だった。
思わず笑ってしまう。
やっぱり、すっぱいなぁ。
もう一口齧る。口の中の酸味が強くなる。
ふと、何かが頬を伝った。桜が、景色が霞んでいく。
溢れた涙が滴となり、イチゴにあたって弾ける。
一度流れたらもう留めることは出来なかった。堰を切ったように、次から次へと涙が溢れていく。静かに嗚咽する僕に、やわらかな風がそよぐ。
変わらない。桜も、僕も、イチゴのすっぱさも。
それなのに、隣に君の姿はない。
二番目に好きな果物はミカンです。