表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/6

「魑魅魍寮へようこそ!」


 「ねえ、おばあちゃん。魑魅魍寮ではどんなお仕事をしていたの?」

 「そうだねえ、皿洗いから洗濯から、いろいろなことをやっていたよ。お母さんって感じだったねえ。なにせ、住んでるやつらが全然なにもしないから……ッ」

 「おば、おばあちゃん!? そんなに力むとコップが割れちゃう!」

 「あらやだ、おほほ」


 『魑魅魍寮へおいでよ!』


 前回のあらすじ。

 魑魅魍魎が跋扈する世界に転移したわたし、山田八雲やくも。わたしを助けてくれたふたりと合流し、わたしは『奇想天街』の『アラミタマート』へと向かう。……ところで、財布をスッたあのひとはいまごろどこで何をしているのだろうか。


 ※


 『奇想天街』


 わたしはそこで生まれて初めて殺されかけた。一命を取り留めたのは、魑魅魍寮の住人であるひいらぎ憂姫ゆきさんと、リビングメイルのガイさんのおかげだ。彼らがいなければ、わたしは管狐に脳天を撃ち抜かれていた。


 彼らに案内されてやってきたのが、アラミタマートである。わたしが元いた世界でいうところの、少し大きなコンビニ。ひょんや彼らはよくここで生活用品や駄菓子を買い足すのだという。おばあちゃんの話でもよく登場した施設だ。


 「ひょん……」


 わたしをこの世界に導いた、異世界への導き手。魑魅魍寮の座敷わらしだ。『二月駅』でペストマスクの車掌から助けてもらったが、財布をスられたくだりではぐれてしまった。


 きっと彼女はここにいるはずだ。いろいろと話したいことや説明をして欲しいことはあったが、それよりなにより、まずはこの奇跡的な再開を祝いたかった。アラミタマートを前に、わたしはガイを見、憂姫を見、自動扉の前に立った。入店の音楽とともに、わたしの眼はひょんを捉えた。


 「ひょ――」

 「遅いのじゃ。どこで道草食っておったのか」


 フードコートで、駄菓子をくっちゃくっちゃ食べているひょんだった。


 「わたしのことは心配ではなかったんですか!?」

 「いや、まったく」


 肩を落とすわたしに、ひょんは満面の笑みを浮かべた。


 「九十九の孫じゃろ。なら、心配いらん。褒め言葉じゃ、これは」


 わたしがなんと返事をしたらいいか困っていると、一緒に来たふたりの入店音が聴こえた。ひょんは顔を上げた。


 「憂姫にガイではないか。ひとに買い物頼んでおいてみずから来るとは珍妙な」

 「遅いから、自分で行くことにしたんだよ。お腹ぺこぺこ」

 「(こくこく)」


 憂姫さんはひょんの隣に腰掛けて、彼女の駄菓子をひょいっと奪う。


 「お、うまいねこれ。新作?」

 「わしのじゃ。自分で買うがよい。ところでどうして八雲と一緒にいるのじゃ?」

 「ちょっとね」


 話すとどうしても長くなってしまう。が、ひょんはこの世界の導き手。いわばパートナーだ。これからこの世界でやっていくにあたって、さっきわたしが体験したことは話しておいたほうがいいと感じていた。


 狐顔の男に財布を盗まれたこと。わたしの五感が研ぎ澄まされて、視力がほとんどないはずの左目まで一時的に見えるようになったこと。そしておばあちゃんの御守。助けてくれたふたり。


 いまここで話すととても長くなってしまうから、お店を出て魑魅魍寮に向かうまでに話すとしよう。わたしはそう決めた。


 「それじゃ。パーティだ、八雲。食べたいモノここに入れな?」

 「はい!」

 憂姫さんはそう言ってくれた。


 異世界とはいえ、わたしの認識するコンビニとほとんど同じだった。おばあちゃんはよく隣り合う箱庭エヴェレットと言っていたけど、似たり寄ったりの世界なのかもしれない。流行り物らしい音楽が流れていて、ときおり商品やキャンペーンの紹介をするミニラジオが入る。売っているお菓子やジュースも商品名こそ違えど、ほとんど同じようなものだった。


 何にしようか決めかねて、憂姫さんのほうを振り返ると、ひょいひょいとカゴに放り投げていて、もう溢れそうなくらいだった。あれだけ色々あるなら、わたしはもう入れなくてもいいかな……、と思ったが、ひとつだけ目に入った『芋けんぴ』をカゴに入れることにした。


 「お、八雲ちゃん、渋い」

 「おばあちゃんが好きで、よく一緒に食べていたので……」

 「あぁ、そうだったね」


 憂姫さんは遠い目をする。彼女が思い浮かべている風景では、おばあちゃんはどんな表情をしているのだろうか。どんなことを感じ、どんな生活をし、どんなことで喧嘩をしたのだろうか。


 ひとつだけ気になっていることがあったが、それを訊こうとしたときには憂姫さんはレジに向かってしまっていた。わたしは慌ててついていく。


 そのころにはひょんはフードコードのお菓子を食べ終えていて、『なにを買ったのじゃなにを買ったのじゃ』とレジ前にひょこひょこやってきた。一方そのころガイさんは黙々と立ち読みをしていた。


 ※


 「ひょん。あなたに話したいことがあります」


 両手にアラミタマートのレジ袋を持って、わたしはそう切り出した。魑魅魍寮へ向かうのだろう、憂姫さんとガイが先行して、わたしたちはその少し後ろを歩いていた。もう財布はスられないぞと、リュックを前にして周囲の警戒は怠らない。


 「そんなにせんでも。逆に怪しいぞい。めちゃくちゃ大金が入っとるか、法に触れる薬が入っているようにしかみえん」

 「でも」

 「まぁよい。話とはなんじゃ?」


 わたしは前のふたりを見失わないように注意を払いながら、話を切り出した。財布をスられてからのことだ。まずは何から話すべきなのか。わたしがあの男にたどり着けたのは、第六感めいたものが働いたからで、うまく言葉で説明しづらい。


 「か、かくかく、しかじか」

 「のじゃのじゃ」

 「かくかーくしかじーか」

 「のじゃのーじゃ」


 『なに異文化コミュニケーションしてんの……』と呆れた顔で憂姫さんがツッコミを入れた。さて、気を取り直して。


 「財布の中には、たいせつなおばあちゃんの御守が入っていてね」

 「着いたのじゃ」

 「は?」


 ひょんのその言葉の意味がわからず、立ち止まったガイさんの背中にごちーんとぶつかってしまった。


 「近くない?」

 「近いのじゃ。誰も遠いとは言っておらん。あらゆる娯楽が集まる街『奇想天街』にこれほどアクセスが良いとは、ほんとうに素敵な物件じゃ。いっこう部屋が埋まらんのが信じられん」


 顔を上げる。商店街の片隅、雑居ビルのあいだにぽつんと、そのアパートはあった。みるからに安っぽくて、錆の浮いているところや、修繕の間に合っていないところも多くある。いつの時代の看板なのか、木でできたそれはもはや字が読めなくなってしまっていた。


 「……ここが」


 わたしがずっと憧れていた場所。おばあちゃんが二月駅を通り、ひょんに出逢い、管理人として生活をしていた場所。昔話より御伽噺より恋物語より、わたしが毎晩のように夢想していた場所だった。


 「ただいま、なのじゃ」「ただいま」「(こくこく)」


 三人はすすっと共有玄関に入っていき、下足を脱いだ。もっともガイさんに限っては靴部分を外してしまっては大変なので、備え付けの雑巾で拭っていたが。三人はわたしを振り返り、手を伸ばした。


 「魑魅魍寮へようこそ!」


 わたしはうなずき、玄関をくぐる。

 

 ※


 「さ、新しい管理人よ。まずは洗い物をするのじゃ」

 「……腐海」


 いったいこの台所、どれだけ放置していたのだろう。わたしは思わずそんなことを呟いてしまったが、ひょんは『腐海に失礼じゃ』と謎の優しさを見せた。もといた世界では母はずっと働きに出ていて帰ってくるのはとても遅かったから、ひととおりの家事はできるけれど。


 「それが終わったら洗濯じゃ。一杯溜まっておるからの! 歓迎会はそのあとじゃ〜!」


 憧れの場所での生活は、こんな感じで幕を開けた。


やっと着いたε-(´∀`*)ホッ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ