やはり九十九の孫だな。左目に『観測』の紋章が浮かんでいた
「ねえ、おばあちゃん。そんないろいろな能力を持ったひとたちに囲まれて怖くはなかったの?」
「怖かったさ。でもいつだって、魑魅魍寮の仲間たちが、非力なわたしを守ってくれた。わたしはいつも彼らの世話になってばかりだったよ」
『魑魅魍寮へおいでよ!』
前回のあらすじ。
魑魅魍魎が跋扈する世界に転移したわたし、山田八雲。そんなわたしを助けてくれた柊憂姫さんと、リビングメイルの鎧さん。財布をスッた犯人は、魑魅魍寮の住民と知るや逃げ出してしまった。前の管理人であるおばあちゃん、いったいなにをやったの!?
※
「へえ、あんたが九十九の孫ねえ。言われてみれば、目元がそっくり」
「……(こくこく)」
かくして狐顔の男は逃亡し、無事に財布と、たいせつなおばあちゃんの御守を取り戻すことができた。さっきまでのわたしは火事場の馬鹿力というやつなのか、普通では考えられないほど五感が鋭くなっていて、ふだんは視力がほとんどない左目さえはっきりものを見ることが出来ていた。が、この御守を取り戻してからは、ふっと元の状態に戻ったような気がするのだ。
「九十九も昔、この『奇想天街』で財布をスられて慌てていたことがあったなぁ。なんだか懐かしっ」
そう言う彼女は、柊憂姫。おばあちゃんの話にも出てきた少女だ。腰まで伸ばしている髪は銀色に近い美しい白髪で、肌も雪のように白い。着物でも着れば昔話に出てくるような雪女そのものなんだろうけど、ずぼらな彼女は、ダサい青のジャージに、便所スリッパだ。きっちりすればかなりの美人さんなのに、勿体無い。
「ガイさんもそのときいたんですか?」
「……(こくこく)」
鎧さんは、文字通りの生ける鎧、リビングメイルだ。2メートルを超える巨体だが、中身はすかすかだ。けど、しっかりこころは硬派。リビングメイルという種族がそうなのか、ガイさんの個性なのかはわからないが、非常に無口で――、
「……(ぽちぽち)」
どこからか取り出したスマホをぽちぽちして、慣れた指先ですいすいっとスワイプ入力をこなしていく。指の太さもスマホに対して非常に大きくて大変だろうに、器用に入力をしていく。そして画面を見せられた。
『財布を盗まれたときの九十九の慌てっぷりといったらなかった\(^o^)/ まるでこの世が終わったかのような顔で地面に膝をついて落ち込んでいたと思ったら、バッと顔を上げたんだ( ゜д゜)ハッ! そして、真剣な顔つきでひとごみを見回し、犯人に最小軌道で向かっていったのだε≡≡ヘ( ´Д`)ノ』
すげえ長文。可愛いな文面。
あとものすごい既視感だ。きっと犯人に追いついたはいいが対抗する手段がなくて、ガイさんに助けてもらったのだろう。
『私と憂姫が現場に着いたときには、犯人をブチのめしていた(@_@;) 財布を取り戻すどころか、手間賃だとかいって相手の財布まで取っていたな……(´;ω;`) それまでもいろいろなことがあったが、さすがにそれはドン引きだった( ˘ω˘) 』
おばあちゃん……。なにそのエピソード。
「ま、積もる話はあとにしてさ、とりあえず『アラミタマート』にひょんがいるんだろ? この奇想天街には何件かアラミタマートがあるが、あいつが行くとなれば、あそこに決まってる。なぁ、ガイ?」
憂姫さんがそう言うと、ガイさんはスマホを高速でフリックして、
『ああ( ´∀`)bグッ!』
と打った。
短ッ! それなら(こくこく)で良かったのでは……。
「あ、悪ィ、ちょっと『LINNE』ね」
そう言いながら、雪だるまのストラップの着いたスマホを取り出して、画面に集中する憂姫さん。歩きスマホいけないんだー、ねー、ガイさん。と反対側を見上げたら、ガイさんも歩きスマホをしていた。
まー。
※
『見た?』
『ああ、見た。やはり九十九の孫だな。左目に『観測』の紋章が浮かんでいた』
『ひょんのやつ、何を考えて――』
※
「くそ、こんなことになるなんて聞いてねえ。ツキがないなんてもんじゃねえよ!」
一方その頃、奇想天街の片隅では、狐顔の男は息を切らして逃げていた。
あのペストマスクの男から依頼をされたのは、ある少女の財布を盗むこと。報酬は破格というか桁外れで、俺はすぐにその依頼を受けた。理由は聞かなかった。当然金目当てであるはずもないだろうから、きっとあの男は少女趣味の変態野郎なのだろうと予想していた。
たかだかこどもの財布だ。盗んだところで追いつかれないだろうし、追いつかれたところで『管狐』を使って追い払えばいいと思っていた。まさかそれが、少女に真っ正面から抵抗され、挙げ句、魑魅魍寮の面々が介入してくるなんて……。
計算外のことばかりで逆に笑えてくる。
「はぁ、はぁ……。ここまで来れば……」
路地裏の影から滲み出るように、ふたつのシルエットが現れた。
「『狐憑』、失敗したようだな」
俺は脚を止め、壁に腕をついて息を整える。気づかれないように、管狐に手をかける。俺に依頼をしてきたペストマスクの男、はじめにもう少しだけこの男を疑うべきだった。
「魑魅魍寮のやつらが出てくるなんて聞いてねえよ。契約外だ」
男の隣には、漆黒の和装をまとった小人が立っていた。艶のある長い黒髪は、まさに日本人形のようだった。その顔にも同じペストマスクがはめられている。
「ああ、情けない情けない。『狐狗里』の名が泣いておるのじゃ」
くすくすと袖で口を隠しながら嗤っている。
「なんとでも言え。ただ俺はこの話から下りさせてもらう」
「契約はまだ終わっていない」
ペストマスクの男は俺を指差した。ただならぬ気迫を感じる。魑魅魍寮の面々に感じるような圧倒的な力の差ではなく、もっと異質で邪悪な感触。ジャケットの下で構えている管狐がカタカタと震えている。
「……さぁ、どうする。尾裂」
「どうするっつったって」
ペストマスクの男が嘲笑ったような気がした。見透かされている。逃げるか。いや、俺がここに逃げるのを先回りして、影から溶け出すように現れたこいつらだ、すぐに追いつかれる。追いつかれなくとも、さっきの唐突な登場の仕方を見れば、ここでこいつらを抹殺しない限り、俺の生活に平穏が戻ることはない。
ならば、もうここで攻撃を加えるほかない……ッ!
「尾裂流飯綱術『管狐』!」
俺の狐は弾丸レベルの速度で、ペストマスクの男に放たれる。
一匹足りないが、その五匹はそれぞれ正確に、ひとの急所というやつを狙っている。たとえあやかしのたぐいであったとしても、ひとのかたちをしている以上、急所は変わらない。この距離で放たれた狐は、さっきの少女と同様、視認してからの回避は不可能のはず――。
「『ぬらり』」
男がそう呟くと、「のじゃのじゃ」と妙な返事をしながら、漆黒の和装の小人が前に躍り出た。迫り来る管狐を前に彼女は右手をかざす。袖につけられている鈴が鳴る。突如空間に現れた黒い穴に、五匹の管狐は音もなく消えてしまう。
俺は目を疑った。
――いったい、何をされた?
子供の頃から丹精に育ててきた狐たちだった。それが一瞬で……。しかし俺に愕然としている暇は与えられていなかった。ペストマスクの男が音もなく近づき、外套から出した手をかざした。その手のひらには、∇の紋章が浮かんでいる。
「先に手を出したのはお前だな?」
「やっぱり、ツイてねぇ……」
「山田流封印術――」
男の宣告を最後まで聞くことなく、俺の意識は漆黒に塗りつぶされた。
※
「やはりあの御守りが、『観測』のちからの発現を抑えていたようだな」
「それにしても、よく財布に入っているなんてわかったのう」
「……前に同じことをしていたやつがいた」
ふたつのひとがたは影に溶け込み、奇想天街の片隅に静寂の幕が降りる。