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「わたしはそれを返してもらわなければならないんです……ッ!」


 「ねえ、おばあちゃん。この御守はなぁに?」

 「これはね、八雲、お前をとても危険なものから遠ざけてくれる、ありがたい御守なんだよ。わたしも何度も助けてもらったんだ」

 「おばあちゃんはもういらないの?」

 「もう必要なくなったのさ。たいせつにするんだよ」


 『魑魅魍寮へおいでよ!』


 前回のあらすじ。

 魑魅魍魎が跋扈する世界に転移したわたし、山田八雲やくも。『魑魅魍寮』の座敷わらし『ひょん』に『奇想天街』を案内してもらっていたところ、財布をスられてしまい、さらにひょんともはぐれてしまうのだった……。


 ※


 「ちょっ、ひょん!? ひょん!?」


 商店街『奇想天街』の目抜き通りのど真ん中でわたしはパニックに陥ってしまった。財布をスられてしまったどたばたで、ひょんの手を離してしまった。これだけの人混みの中で、あの小さなからだを見つけることができるだろうか。わたしは顔を上げてあたりを見回すも、奇異な眼でわたしを見る人々がいるだけで、ひょんは見当たらない。


 「……それよりも」


 あの財布の中身。

 お金は正直どうでもいいのだけど(そんなに入ってないし)、おばあちゃんから貰ったたいせつな御守が入っているのだ。もう何年も肌身離さず持ち歩いていた御守だ。あれだけは失くすわけには――、

 「いかない……ッ!」


 わたしはグッと拳を握る。しょげている場合ではない。こうしているあいだにも財布をすった何者かは遠ざかってしまうだろう。人混みに乗じて逃げるつもりだ。そうはいかない。おばあちゃんのものをわたしから盗ろうなんて、とても許せるものではない……!


 わたしは再びあたりを見回す。雑居ビル、出店、人混み。魑魅魍魎が跋扈する世界でも、ほとんどがひとと変わらぬすがたを持つあやかしだ。さっきわたしに死角からぶつかってきたのは誰だ。思い出せ。どういう特徴があった。


 わたしは『眼』を凝らす。

 妙に頭の中が冴えていた。いままで使ったことがない脳の領域を使っているような、過負荷を感じる。それでもわたしは眼を凝らす。こうすれば、かならず見つけられるという確信がわたしにはあった――。


 ※


 「しまった。はぐれてしまったのじゃ」


 一緒に歩いておったつもりだったのじゃが、八雲がなにやらもぞもぞしているときに、人混みに流されてしまってこのザマじゃ。絶対にはぐれないようにと気をつけていたものの、わしの背丈ではひとの流れには逆らえんからのぅ。とほほ、じゃ。


 「『アラミタマート』で合流するかのう……」


 とはいうものの、『説明するよりも実際に行ってみたほうが早いのじゃ』と、道順をまだ説明おらんかった。LINNEりんねで連絡を取ろうにも、まだ八雲のアカウントを聞いておらんし、そもそもスマホを持っているかどうかもわからん。


 「むむむ……」


 わりかし詰んでおるのう。誰かに道を尋ねるなどしてアラミタマートまで来てくれればいいが、あの子はどうも気が弱くて人見知りなような気がするのじゃ。それに奇想天街に存在するアラミタマートは一件ではないため、合流できるとも限らん。


 仕方がない。奇想天街のアーケードのスピーカーから、迷子の放送でもお願いするかのう。と、考えておると、とある出店が目に入ってしまい、そこへふらふらと誘われてしまう。


 「『神社え〜る』ひとつ、とびきり冷えたのを頼むのじゃ」

 「ありがとうございます、ではこちら」

 「のじゃのじゃ」


 八雲のことは心配じゃったが、それよりもとりあえず一服したいわしじゃった。久々に『二月駅』まで行って導き手をしたのじゃから、それくらい休んでも許されるじゃろう。


 「ま、そんなトラブルも起こらんじゃろうしな」


 あの九十九つくもの孫じゃし、なんとかなるじゃろ。

 「ん? あの九十九の孫――? なんだかひと波乱起きそうな気がしてきたぞい」


 ※


 「あなたですよね。財布、返してください」


 気がつけば、わたしは脇目も振らずにその男の方へと向かっていった。人混みをかき分けて――、というより、その男へと至る最小の動きができる軌道を辿って、わたしはその男の肩を叩いた。何故そんなことができたのかわたしにはわからなかったが、これが頭に血が昇った状態だとでもいうのだろうか。


 「はぁ、おまえ何なんだ!?」

 「返してください、たいせつなものです」


 このあたりまで来るとヒトもまばら、居酒屋が立ち並ぶ裏路地という感じだった。このお昼の時間ではお店もまだ空いておらず、見える限りではわたしとその男だけだ。コンのスーツに身を包んだ長身の男性だった。


 「なんのことだか」

 「ジャケットの右側の裏ポケットに入っているもののことです」


 男は細い目を見開いた。


 「まさか、視えてんのか……」


 そこでわたしは、はたと自分に返った。何故わたしはそれが視えていたのだろう。何故わたしは彼が財布をすったということに気がついたのだろう。わたしは彼を追いかけているあいだ、誰にもぶつかることはなく、スムーズにひとの隙間を縫って追いかけることができた。左目の視力がほとんどなく、距離が掴めないにも関わらず、だ。


 細い路地裏に風が吹く。左目を隠すための長い前髪がなびき、ようやくそこで気がついた。いま、わたしは両目を使ってものを見ているということに。脳の奥がちりちりと痛む。


 「気味が悪ぃ、お前なんのあやかしだよ……、『百目』かなんかか。まったくもってツイてねえ」

 「返してください!」


 自分でも驚くほど大きな声が出てしまった。

 気味が悪い、という言葉はわたしにとって禁句だった。

 あぁ、思い出してしまった。おばあちゃんの御守をともだちだと思っていたひとに見せて話をしていたら、そんな話を信じるなんて気味が悪いと。慌てて言葉を重ねて説明をしていると、今度はクラスのリーダー的なグループに見つかって、その御守を取り上げられて――。


 「返して、返してくださいッ!」


 わたしは自分の中で沸騰してしまった何かが命ずるままに腕を伸ばすが、彼はひょいひょいと避けるばかりだ。ジャケットの端さえ掴むことができない。悔しくなって、何度も何度も腕を伸ばすが、空を切る。あのとき、必死に縋るわたしを気味悪がりながら、御守を空中でパスしあっていたクラスメイトが思い出の奥で嘲笑う。


 「もう、めんどくせえ! 先に手を出したのはそっちだからな、少し痛い目をみてもらうとする」


 男は大きく後ろにステップして距離を取り、ジャケットの内ポケットから、筒のようなものを複数取り出した。両の手に三本ずつそれを構え、先端をわたしに向ける。


 「尾裂おさき飯綱いづな術『管狐くだぎつね』!」


 わたしの『眼』はそれを捉えた。狐きと呼ばれる家系が得意とする使役術だ。小さなころに漫画でも読んだことがあったし、おばあちゃんの話にも出てきた。攻撃力はさほど高くはないが、小回りの利くトリッキーな戦法を取るという。


 「征けッ」


 男が鋭く吠えると、管のうちのひとつから小さな狐が飛び出してくるのがわかった。その軌道はたしかにいまのわたしには視えていたし、それを回避するためにはどう身体を動かせばいいのか理解していた。


 それでも――。

 「ッ……」


 弾丸のように速いそれは、鎌鼬のようにわたしの頬をかすっていった。指先一つ動かすことができなかった。遅れて痛みが走り、血が流れ出したのを感じる。彼はまちがいなくあえて外した。こんなものが直撃したら。


 「次は当てる。脳天だ。この財布を諦めるのなら、見逃してやる」


 まったく動けなかった。

 これが、魑魅魍魎の跋扈する世界。

 これが、ただのヒトの身であるということ。何が原因かわからないが、いまのわたしは視力がずば抜けて鋭くなっている。けれど、この非力で無力なただのヒトの身体では、死力を尽くしたとしてもたかが知れているのだ。


 それをわたしはこの土壇場で思い知った。

 「でも」


 わたしは震えをおさえて、男を見据える。

 「わたしはそれを返してもらわなければならないんです……ッ!」


 男が顔を歪める。

 「はぁ、ツイてねえな。じゃあ、死ねよ、お前」


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