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「ない! ないっ!? さいふがない!」


 「ねえ、おばあちゃん。もしわたしがちみもうりょうがばっこする世界に行ったとしたら、まずどこにいこうかなあ」 

 「そうだねえ。あの世界には興味深いところがたくさんあるけれど、まずは二月駅から、『奇想天街』に向かうといい」

 「きそうてんがい?」

 「とても賑やかな商店街だよ」


 『魑魅魍寮へおいでよ!』


 前回のあらすじ。

 おばあちゃんの異世界奇譚に憧れていたわたし、山田八雲やくもだったが、太陽フレアのあの日、あてもなく電車に乗っていたら、『二月駅』という見知らぬ駅で、座敷わらしの『ひょん』に出逢ったのだ。


 ※


 二月駅を降りると、そこには日本の原風景のような景色が広がっていた。黄金の稲穂が重そうに頭を垂れ、トンボが飛び交い、初秋のさわやかな風が髪をすり抜けていく。


 「二月駅、駅員さんいませんでしたね」

 「改札の必要がないからの。だいたいおかしなことをすれば、あのペストマスクの取り締まりを受ける」


 もし、あのときひょんが現れてくれなかったら、わたしはいったいどうなっていたことだろう。それにしてもその車掌さんは意味深なことを言っていた。ほとんどパニックになっていたからあまり憶えていないけれど、祖母の話でもほとんど出てこないような単語で名乗っていたような気がする。


 ――まぁ、いいか。

 再びあの二月駅からの電車に乗らなければいいだけの話だ。わたしはようやく訪れることの出来た憧れの場所の空気をいっぱいに吸い込む。リュックを背負い直して、先行して道を歩いて行くひょんに追いついた。


 「ひょん、ひょん! もしかしてあれは、ドラゴンですか!?」

 「雲じゃと思うが」

 「あの自動販売機の横にちらりと見えるものは、まさかつちのこ……」

 「ペットボトルじゃな」


 テンションが上がって色々と質問するわたしと、即マジレスするひょんである。ぷぅと膨れたわたしに、ひょんは呆れた顔をした。


 「あのな、八雲……」

 「あ、あれは絶対、山でしょう!?」

 「急に安牌を切ってきたな……、もしやお主、視力が悪いのではないか。見間違えるにもほどがあるのじゃ」


 痛いところをついてくる。この話をすると長くなるので、ここですべてを話そうとは思わないが、わたしは長い前髪を少しずらして、左目を見せた。


 「むかし、ある事故のせいで、左目がほとんど見えなくて」


 見た目的に傷は残っていないのだけど、わたしはこの眼のことがきらいだ。取り返しのつかない傷。生活への影響はもちろんあったが、それ以上に傷つけられた経緯を思い起こすだけで鳥肌が立つ。


 だからわたしはずっと前髪をあえて伸ばして、目が隠れるようにしていた。


 「そうじゃったか。すまん。答えづらいことを聞いてしまったな」

 「いいえ、ひょんにはわたしから話すべきでした」


 ひょんはこの世界の水先案内人。祖母はひょんのことをすべての元凶だと言っていたけれど、話を聞く限り、他のどの魑魅魍魎よりもこころを許していた。これからきっとたくさんお世話になるのだから、いずれ機会が来たら正直に話そうとこころに決めた。


 ※


 わたしの目のことを聞いたのがそんなに気になっているのか、ひょんは黙りこくってしまった。わたしもこれといって話すこともなく(どうせ気がついたことを喋っても否定されるだけだろうし)、黙々とふたりは舗装された道路を歩いていた。このあたりはあまり人気がないのか、誰ともすれ違わない。


 そんな中で、ふたりの会話が再開されたのは、ひょんなことからだった。


 ぴろりん、ぴろりん。と、ひょんのほうから可愛らしい音が聞こえた。

 「失礼、『LINNE』が届いたのじゃ」


 ひょんがふところから取り出したのは、スマートフォンだった。裏側のロゴはよく見慣れた林檎のものだったが、ひとくち齧られてはおらず、何故か蛇が巻き付いていた。


 「LINNEりんね。おばあちゃんから聞いたことがあります」

 「お、詳しいの。九十九は、SNSは『LINNE』も『Faithbook』もあまりやらなかったのじゃが。よく『八百万やおよろずちゃんねる』に匿名で適当なことばかり投稿しておったわ」


 わたしのもといた世界にあった似て非なるそれは、同級生のあいだでとてもよく普及していた。ただ、ボケた祖母のオカルト話を真に受けている可哀想なやつ、というポジションだったわたしは、それを外から見つめているばかりだったけれど。


 そういえば、誰ともつながってはいないのだけど、わたしもスマホを持っているのだった。『二月駅』よりこちら側では買い換えないといけないのだろうか。あんまり使ってないから別に思い入れとかはないのだけど。それとも、世界を跨いだことによって自然と辻褄が合うようになっているのだろうか。またあとで確認をしてみようと思った。


 「ふむ。ふむふむ。のじゃのじゃ」


 よくわからない鳴き声を発しながら、ひょんは彼女の手に余るスマホを器用に使いこなしていた。


 「八雲よ。ちょっと寄り道をするぞ。このまま魑魅魍寮へ向かうつもりでおったのじゃが、緊急指令じゃ。『奇想天街』に寄ってから向かうことにする」

 「き、緊急指令!?」

 「『アラミタマート』でお菓子を買ってこいとのことじゃ」


 ※


 「ここが、奇想天街……!」

 「のじゃのじゃ」


 二月駅から歩いておよそ二十分ほどだろうか。田舎然とした風景は徐々に建物が増えていき、ここまでくれば立派な繁華街といった感じだ。目抜き通りの左右には大きなビルが立ち並び、雑多なテナントが入っている。ぱっとみたところでは、電気屋さんやホビーショップ、喫茶店が目立つ。出店も多い。商店街ぜんたいがかなり賑わっているようで、お祭りのような人混みだった。


 わたしはひとつ違和感を憶えて、ひょんのほうを振り返る。

 「意外と『ヒト』が多いんですね」


 祖母から聞いた話から想像していた分には、もっと、こう、様々な生き物が共存している商店街だった。ドラゴンとか、グリフォンとか、鬼とか、ガネーシャとか。が、いま目の前にある風景は決してそんなカオスなものではなかった。もちろん、すべてがすべてヒトではないが、おおよそ見ている9割程度は見慣れたすがたかたちをしていて、拍子抜けしてしまった。


 「じゃがな、ここに『ヒト』はおらん。この世界に、純粋なヒトはお主だけじゃ」

 「わたし、だけ」

 「ヒトのようにみえる彼らはすべて、なんらかのあやかしの類じゃ。ヒトの姿で動くのがなにより便利だからそうしているのであって、真の姿は別にある」


 なるほど。たしかにひょんだって、座敷わらしとはいうものの、基本的にはヒトのすがたかたちをしている。おばあちゃんの話に出てきた面々だって、数少ない異形の存在を印象深く憶えていただけかもしれない。


 「行くぞ、八雲や。決してはぐれるでないぞ」

 「はい。ひょんもしっかり手を握っていてください」

 「のじゃ」


 わたしのもといた街では8月の上旬に七夕祭りを行う風習があるのだけど、それに匹敵するくらいの人混みだった。特にひょんは背が小さいので見失ってしまう可能性は高いし、はぐれてしまったら土地勘のないわたしは完全な迷子になってしまうだろう。ぎゅっと手を握る。ひょんは優しく握り返してくれた。


 「『アラミタマート』ってコンビニですよね、どこにあるんですか?」

 「もう少し奥じゃなー。言葉で説明するよりも、実際に行って道を覚えたほうが早いのじゃ」

 「あ、ひょん。あれ、美味しそうです〜。買ってもいいですか〜?」

 「ほらほら、よそ見をしておると……」


 出店の香ばしい薫りに誘われてふらふらしていると、ひょんにたしなめられた。小さな頃、まだ小学校に上る前だったか、祖母とこうやって七夕祭りに出掛けていたのを思い出した。学年が上がるにつれて、クラスのみんなにはあまり逢いたくなくていかなくなってしまったが。


 「どうしたのじゃ、八雲?」

 「ううん、なんでもありません。煙が目に染みました」

 「ならよいのじゃが」


 というやりとりをしていると、ドン、と左側から誰かがぶつかってきた。


 「気をつけろ!」

 「あ、すみません……」


 気を取られていると、また別のヒトにぶつかりそうになってしまう。こんな人混みでひょんと手を繋いで、しかも大きなリュックを背負って立ち止まっていたのは、かなり迷惑だったろう。『気をつけろ!』という言葉の強さにちょっと驚いてしまったが、悪いのはわたしのほうだ。


 「……ん?」


 なにかざわつくような感覚が全身を巡った。ほとんど機能していないはずの左目がちりちりと灼けるように熱くなる。五感が研ぎ澄まされて、わたしはこの違和感の正体に気づく。


 ポケットの中に財布がないのだ。

 「ない! ないっ!? さいふがない!」


 パニックになってしまう。もうここで泣き出してしまいたいくらいだった。制服のスカートのポケットにその財布は入っていたのだけど、何度探しても見つからない。なによりあの財布の中には、おばあちゃんから貰った大切な御守も入っている。お金なんていくらでも取り替えは利くけれど、その御守だけはなによりもたいせつにしているものだった。


 「そんな……」


 さっきぶつかったときにスられてしまったのか……。タイミングはそこしかなかった。なぜならわたしは出店の食べ物が食べたくて、さっきから財布を出したりしまったりを繰り返していたからだ。


 「どうしよう……」


 いまにも泣き出しそうなわたしを、通り掛かるひとたちが迷惑そうに見つめていく。どうしよう。とりあえず警察? でも、この世界に来たばかりのわたしの話なんて信じてもらえるだろうか。住民登録とかもしてないし、そもそもあやかしではないヒトなんて怪しすぎる。


 そうだ、ひょんに聞けば――。

 「……ひょん?」

 我に返れば、繋いでいたはずの左手の先には誰もいなかった。


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