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とりもどした心

「ゆうた、おもちゃは選ぶことができのたか」

 おにいさんが、朝ごはんの時に聞きました。

「今そんなこと言わなくてもいいじゃない」

 おねえさんが言いました。

 ゆうたは、たべものを前にじっとしています。

「ゆうた、どうしたの?おもちゃのことならゆっくりでいいのよ」

 たべものを食べようとしないゆうたを見て、おかあさんが言いました。

 おかあさんのやさしさに甘えちゃいけない。今、みんなに言うんだ。

「お・・・・」

 ゆうたはことばにつまってうつむいてしまいました。

 いつまでも黙ったままでは、またおかあさんがかわりにゆうたの気持ちを言ってしまう。でもおかあさんのことばではだめなのです。

 おにいさんやおねえさんにきちんと言えるゆうたにならなければ、じぶんのことばの力を信じられるゆうたにならなければ、おもちゃたちとの約束は守れない。

 ゆうたは、顔を上げました。そして、言ったのです。

「おかあさん、ぼく、おもちゃをすてられない」

 ゆうたは、おにいさんとおねえさんのほうを見ました。

「おにいさんやおねえさんにはいらないものかもしれないけどぼくにはだいじなものなんだ。

 小学生になっておもちゃで遊ぶことって、おかしいことなの?男の子が人形で遊ぶことってはずかしいことなの?ぼく、はずかしくてもいい。笑われてもいい。

 だから、どうしたらおもちゃをすてなくてすむのか、ぼくはどうしたらいいのか教えて」

「そんなことできるわけないじゃん。置ける場所がないんだから」

 おにいさんが言いました。

「ゆうたのおもちゃだけすてないなんて、わがままよ」

 おねえさんも言います。

「ぼく、約束したんだ。おもちゃはすてないって。おもちゃたちを守ってあげるって」

「約束?だれと約束したの?」

 おかあさんが聞きました。

 おもちゃと約束した、なんて言ったら、きみたちだったらどう思う?そんなこと言ったら、またおにいさんにばかにされてしまうよね。

 でも、ここでなにかを言わなければ、きっと、おにいさんもおねえさんも、ゆうただけおもちゃを全部とっておくことを許してくれないでしょう。

 そのとき、ゆうたの口からすうっとことばがこぼれました。

「ぼくの心と」

 おにいさんは、目を丸くしました。

「ぷっ、じぶんの心と約束したんだって」

 おにいさんは、みんなも笑っていると思って、おねえさんを見ました。

 おねえさんは笑っていませんでした。おねえさんは、はしを置きました。

「どうしたの?」

 おかあさんが聞きます。

「あたし・・・」

 おねえさんは、そのまま黙って、席を立ちました。


           ◆


 その日、ゆうたが保育園から帰ってくると、おねえさんのほうが先に学校から帰ってきていました。

 おねえさんは、おもちゃの入ったダンボールからアンジェリエッタを出して、見つめていました。ゆうたは、なんとなく声をかけづらくなって、じっとおねえさんを見つめていました。

 なにしているんだろ。

 ゆうたが自分を見つめていることにおねえさんが気づきました。

「なにを心配そうにしているの?あたしが人形をすてると思った?」

 ゆうたは、首を横にふりました。

「これ・・・・」

 おねえさんは、アンジェリエッタの前髪にのっている白くかがやくティアラを指さしました。

「これ、こわれてたよね。あたしが折っちゃって、ゆうたがすごく悲しそうだったの覚えてる。あなたがなおしたの?」

 ゆうたはうなづきました。

 おねえさんはにっこりしました。

「ありがとう、ゆうた。アンジェリエッタは幸せだね。こんなにやさしいゆうたが持ち主なんだもの」

 おねえさんからそんなこと言われると思っていなかったゆうたは、なんだか照れくさくなって、にっこり笑い返すのが精一杯でした。

 次の日、おねえさんは押し入れの中にしまってあったフルートを持ち出しました。

「どうしたの?きょうは練習ない日じゃないの?」

 おかあさんが、けげんそうに聞きます。

「きのう、先生に相談して、音楽室に置かしてもらうことにしたんだ。練習の日は、楽器の手入れをしてから帰ってくるから、すこし帰りおそくなるよ」

「先生がゆるしてくれたの?」

 おねえさんは、うなづきました。

「さちこがいっしょに頼んでくれた。2人で楽器の手入れをするんだ」

「そう・・・」

「・・・だから、ゆうた。あたしの楽器が置いてあったところにおもちゃを置いていいからね」

 おにいさんは、えっ?という表情で、おねえさんを見ました。

「ありがとう、おねえちゃん」

 ゆうたのことばに、おねえさんはにっこり笑うと、玄関から出て行きました。

「あっ、ちょっと待った。ねえちゃん、置いていくなよ」

 ぼうっとおねえさんの出て行くところをながめていたおにいさんも、あわてて玄関から飛び出していきました。


           ◆


「ゆうた、おまえ、なにかかくしてるだろ」

 おにいさんがお風呂で湯船につかっているとき、ゆうたに聞いてきました。

「おもちゃたちを守ってやるって、だれと約束したんだ。ほんとうのこと教えろよ」

 ゆうたは、おにいさんにほんとうのことを教えるかどうか迷いました。ほんとうのことを信じるどころか、ばかにするに決まっているからです。

「ねえちゃんが、きゅうにおもちゃを置いておいていいなんて言ったのも、ほんとうに約束した相手がだれだったかわかったからなんだろ?」

「それは違うよ」

 おねえさんは、だれかになにか言われて、ゆうたに場所をゆずったわけではありません。おねえさんは、自分自身でおもちゃをだいじにしていたころの心をとりもどしたから、だから、ゆうたにおもちゃの場所をゆずったのです。ゆうたは、おねえさんがばかにされたように思えて、すぐに言い返しました。

 ゆうたはそれまでおにいさんに逆らったことがありませんでした。おねえさんのためにはじめておにいさんに反発したのです。

「じゃなんで、反対していたねえちゃんがきゅうに場所をゆずるなんて言うんだよ。ゆうた、だれと約束したんだよ。言えよ」

 おにいさんから強い口調でせまられたゆうたは、ついに言いました。

「おもちゃと約束したんだ」

 おにいさんの表情が一瞬かたまります。次の瞬間、おにいさんはぷっと吹き出していました。

「それ、おもしろい。ゆうたにしては。でも、ほんとうのこと、教えろよ」

 やはりおにいさんは信じていません。

「ほんとうだよ。ぼく、戦争を止めるために、おもちゃたちと約束したんだ」

「戦争?」

 おにいさんが聞き返します。

 ゆうたはうなづきました。

「おもちゃがなんで戦争なんかしなくちゃならないんだよ。うそ言うなよ!」

 ゆうたがほんとうのことをかくそうとしていると思いこんで、おにいさんは怒りはじめました。  

 でも、ゆうたもここでひるむわけにはいけません。

「うそなんかじゃない!おもちゃたちは、ぼくのために戦争しようとしていたんだ!」

「・・・ゆうたのため?」

 おにいさんの口調がすこし弱まりました。

「ぼく、半分だけおもちゃを選ぶなんてできなかった。おもちゃたちにはそのことがわかっていたんだ。だから・・・」

「半分だけおもちゃが残るように、2つにわかれて戦争しようとした」

 おにいさんのことばに、ゆうたはびっくりしました。ゆうたが言おうとしていたことをそのままおにいさんが言ったからです。

「それでゆうたは、おもちゃたちに、すてないから戦争をやめるように言ったんだな」

 ゆうたはうなづきました。

「信じなくてもいいよ。でも、ほんとうなんだ。ぼくは約束した。おもちゃはすてない。みんなを守るって」

 おにいさんは、なにか言おうとして、そのまま黙ってしまいました。

「・・・ビュートルグラスも守ろうとしたのか」

 おにいさんが聞きます。

 ゆうたは、うなづきました。

「ビュートルグラスはルーベンカイザーの、ゆうたの敵だぞ。おまえ、いつも負けてたんだぞ。そんなやつを守るのか」

「ビュートルグラスや、ルーベンカイザーだけじゃないよ。小さな消しゴム人形も、いつもやっつけられてた戦車やロケットも、ぼくのために戦おうとしたおもちゃはみんな、ぼくが守らなくちゃいけないんだ」

 おにいさんは、また黙ってしまいました。

 じっとゆうたを見たまま、ゆっくりとお湯の中に沈んでいきます。頭のてっぺんまで、すっぽりとお湯の中に沈んでしまいました。

 おにいさんが、そのまましばらく、お湯から出てこないので、ゆうたは心配になりました。

「おにいちゃん、だいじょうぶ?」

 ゆうたが、そう言ったとたん、お湯の中からおにいさんが飛び出してきました。

「ぶあっ!あー苦しい!お湯の中って息できないぞ、ゆうた!」

 ゆうたの頭の上に「?」マークが浮かびました。

「出る」

 おにいさんは、そう言うと、そのままお風呂から出ていってしまいました。


           ◆


 次の日、ゆうたがおかあさんと保育園から帰ってくると、おにいさんがちょうど野球の練習にいくところでした。

 いつもは、グラブをバットに差し込んで、肩にかついで練習にいくのですが、今日は大きなバッグを背負っていました。

「ゆうた、場所あけておいたからな」

「えっ?でも、野球の道具は?」

「あつしの家が、そのかど曲がったところなんだ。そこに置いてもらう約束してきた。練習いくときどうせ通るところだし、ちょうどいいんだ」

「ありがとう、おにいちゃん」

 ゆうたの口からしぜんにことばが飛び出しました。

「あのさ、よく見ると、ビュートルグラスってやっぱかっこいいよな。あやうく、すてちまうところだったぜ」

「ルーベンカイザーだってかっこいいよ」

「そうだな。そのことを思いださせてくれたのはゆうただぜ。ありがとな」

 おにいさんはそう言うと、重そうにバッグをかつぎなおして、あつしの家に向かいました。

「よかったわね。ゆうた」

 おかあさんが、ゆうたを見て言いました。

 ゆうたには、いつも心配そうにゆうたを見ているおかあさんの表情が、明るくかがやいているように見えました。


            ◆


 そのあと、おもちゃたちはどうなったかって?

 もちろん、ずっとゆうたのそばにあったよ。

 いやなことや、泣きたくなることがあったとき、おもちゃたちはずっとゆうたのそばではげましてくれたんだ。

 ゆうたにとって、おもちゃをだいじにすることは、じぶんの心を、じぶんの夢をだいじにすることだったんだ。

 きみたちにとってのおもちゃはなんだい?

 さがしてみるといいよ。そして、それをみつけたら、だいじにすることさ。

 そのことが、いつか必ずきみ自身を助けてくれることになるから。


最後までお読みいただきありがとうございました。


この話は、自分の子供が幼稚園の時に、子供に読ませるために書いたものです。

当時は漢字なんて知らなかったと思うので、すべての漢字、カタカナにルビを振っていました。

ほんとは、絵本にするつもりだったんですが、絵を描く時間がなくて小説の形になってしまいました。

もしかすると、子供が最初に読んだ小説だったかもしれません。


これは、未就学児に向けた物語ですが、自分の心を信じること、そしてその思いを言葉にすることの大切さは、大人たちにも通じることだと思います。


ぜひ、この物語を子供たちにも読み聞かせてもらい、親子でいろいろ話し合えるきっかけにしてもらえるとうれしいですね。



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