おもちゃとの約束
かすかな声が聞こえます。
あしたになったら、すてられてしまう。
ぺしゃんこにつぶされて、ひきちぎられて、あつい炎で焼きつくされてしまう。
またべつの声です。
そんなのいやだ。
助かるには、どうしたらいいの。
だれか助けて。
声はいくつも重なり、大きなうねりとなってゆうたをつつみこみました。
ゆうたはふたたび目をあけました。
泣きながら、いつの間にかまた寝ていたのです。
起きあがると、手に持っていたルーベンカイザーがありません。目の前にあったはずのダンボールもありませんでした。
すずやかな風がゆうたのほおをなでていきます。窓のほうを見ると、窓のはしがかすかにあいていました。ゆうたは、玄関を開けて、外へ出ました。
窓のほうにまわってみると、窓の下におもちゃの入っていたダンボールが転がっていました。
ゆうたが、ダンボールの中をのぞき込むと、そこにおもちゃはひとつも残っていません。
おもちゃはどうしたんだろう。
ゆうたの心臓がばくばくなります。
誰かに持っていかれたのかな。それとも、おかあさんがゆうたの知らないうちにすててしまったんだろうか。
ゆうたが、ダンボールから顔を上げたそのときです。
「もういちど考えなおして」
澄んだ女の人の声が聞こえました。
あたりを見まわしましたが、女の人の姿はありません。
「みんなが助からなければ、命をさずけられた意味がないわ」
また聞こえました。ゆうたの家の前には、道をはさんで広い野原がひろがっていました。
ゆうたは、その野原に青白い月明かりをあびて小さなかげがいくつもあることに気づきました。
ゆうたのおもちゃたちが作るかげです。
かげは2つのかたまりになってわかれていました。そのかたまりのあいだのまん中に、澄んだ青い光がみえます。それは、アンジェリエッタの月明かりをあびた青いドレスのかがやきでした。アンジェリエッタの金色にかがやく長い髪が風になびいています。
「うるわしききみ、アンジェリエッタよ。あなたのやさしい心づかい、それを考えると決意がうすれる」
ひくく響く声がしました。その声のぬしは、小さなかげの先頭に立つビュートルグラスでした。
「アンジェリエッタ、悲しいことだが、ここにいるみんなが生き残ることはできないんだ」
よくとおる声のぬしは、ルーベンカイザーです。ビュートルグラスの反対側にあるかげの先頭に立っています。
「そんなことはないはずよ。外の世界は広いわ。みんなで力をあわせれば、すてられる心配のないところまでたどりつけるはずよ」
「ゆうたの部屋から出れば、そこはもはやおもちゃの世界ではないのだ。道をゆけば、車につぶされるものがでる。下水管に身をかくしても、雨がふれば、ふえた雨水に流されるものもでる」
とビュートルグラス。
「たてもののかげにかくれても、人間たちに見つかればどうなる?きっと、ここにいるすべてのおもちゃがゴミとしてすてられてしまうだろう」
とルーベンカイザー。
「そんなことはない。きっとひろってくれた人間たちがまたわたしたちをつかって遊んでくれるわ」
「わたしやルーベンカイザーはそうしてもらえるかもしれない。だが、わたしの後にいる小さなおもちゃたちはどうなると思う」
ビュートルグラスが言いました。
「おれたちだけが残っても、ほかのおもちゃがいないのなら、そこはもうおもちゃの王国ではないんだアンジェリエッタ。小さなおもちゃたちをみすてることはできない」
ルーベンカイザーが言いました。
「でも、それでは半分だけしか生き残ることができないわ」
アンジェリエッタの声はふるえていました。
ビュートルグラスが決然と言いました。
「それは、わたしたちが自分で決めることだ。わたしの後にいるおもちゃが残るか」
「それとも、おれの後にいるおもちゃが残るか」
ルーベンカイザーは、アンジェリエッタのほうを見ました。
「ゆうたの涙がおれたちに命を与えてくれた。そのゆうたをこれ以上悲しませることはできない。」
ルーベンカイザーの両側に、ミニカーや戦車のおもちゃが進み出てきました。
ビュートルグラスの後にあるロケット台がゆっくりと空に向かって上がっていきます。
「ルーベンカイザーよ。王国の守護者として、おもちゃたちのために命をかけるその勇気をわたしは尊敬する。だが、われわれは生き残るために死力を尽くす」
「歴戦の勇者ビュートルグラス。おれは、あなたと同じ持ち主のもとですごせた時を誇りに思う。だが、ここで負けるわけにはいかない」
ゆうたは、気づきました。
おもちゃたちは、半分しか残れないことを知って、戦うことを決めたのです。
勝ったものは、ゆうたのもとに残り、負けたおもちゃたちは・・・・。
ゆうたはきゅうに怖くなりました。いつも、おにいさんのおもちゃと戦って遊んでいましたが、これは遊びではなく、ほんとうにあいてを滅ぼすための戦いなのです。
でも、怖がってただ見ているだけでは戦いがはじまってしまいます。王国で平和に暮らしていたおもちゃたちの、生き残りをかけた戦争がはじまろうとしているのです。
怖がっていてはだめだ。
この戦争を止めなければだめだ。
ゆうたは心の中で叫びました。
ゆうたは、声のかわりに首を横に振りました。しかし、首をふるだけでは、おもちゃたちにはなにも伝わりません。いつもゆうたのかわりに話をしてくれるやさしいおかあさんはここにはいないのです。
だから、ゆうたは言わなければなりません。ゆうたが、ゆうた自身がおもちゃたちに伝えたいことばを。
「た・・・」
ようやく言えたゆうたの声は、おもちゃたちの動きを止めました。
「戦うなんて、ぜったいだめだ!」
ゆうたの声は野原に響きわたりました。
おもちゃたちがいっせいにゆうたのほうを向きます。
おもちゃたちは、ゆうたの次の言葉を待ちましたが、ゆうたはなにも言えませんでした。
「戦うことをやめて、ゆうたはどうするつもりなのだ」
ゆっくりとした口調でビュートルグラスがゆうたに聞きました。
「ゆうた、まさかきみが残す半分のおもちゃを選ぶつもりなのか」
ルーベンカイザーの声は重く沈んでいます。
「ゆうた、あなたはわたしたちをすてることができるの?」
アンジェリエッタが悲しげに聞きました。
「そんなことできない。すてるなんてぜったいできない」
ゆうたの目から、涙がこぼれ落ちます。
「でも、戦うなんてもっとだめだ。それがぼくのためなら、なおさらぜったいにゆるさない!」
そのことばをきいたビュートルグラスと、ルーベンカイザーは、お互いを見合ったあと、ゆうたのほうを向き、ふかぶかと頭をさげました。ロケット台はゆっくりと下に下がりはじめ、戦車やミニカーは後に下がりました。
アンジェリエッタの目から光のしずくが落ちました。
「ゆうた、あなたのことばは王国の命を救いました。あなたのことばには、ビュートルグラスもルーベンカイザーも逆らうことができません。
ゆうた、あなたの心の中にうまれた勇気が、あなたのことばがもつ力が、これからもわたしたちを守ってくれると信じています」
◆
ゆうたは、ふたたび目を覚ましました。
窓からはまぶしい朝日がさしこんでいます。
押し入れのほうを向くと、ダンボールが寝る前と同じように置いてありました。ダンボールの口から中にはいっているおもちゃが見えます。
なにもかもきのうのままです。それでは、あれは夢だったのでしょうか。みなさんは、そう思うかもしれません。
しかし、ゆうたは信じていました。おもちゃはほんとうに戦おうとしていた。そして、そのおもちゃたちと自分が約束したことも真実なのだと。