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第4話 賭けてみた

――――翌朝


「おはようございます。朝ごはんをお持ちしました……あら、起きてたんですね」

「おおミツか、おはよう。わざわざすまんのう」

「いえいえ、これが私の役目ですから。ご飯はかまどで温めておきますね。……ところで、本日はどうなさいますか?」

「ううむ……予定は未定、じゃのう。ときにミツよ、ヤヒロに頼んでおったものはどうなっておるかえ?」


 街中をいろいろ見て回りたい気持ちもあるが、もしアレ(・・)がないのならばこのまま引きこもるのもありかも知れない。

 それとも、ヤヒロの屋敷にでも行ってセイゲツを冷やかそうか。

 と、思っていたのだが、ミツが入り口に立てかけてあったらしい、布に包まれた棒のような形をしたものを部屋の中に持ってきた。


「えと、これのことでしょうか? でも、しばらくは必要ないと思いますけど……」

「おおそれじゃ! 仕事が早いのう。……まあ、必須というわけではないのじゃが、わしにとってはあるに越したことはないんじゃよ」

「はあ……?」


 まだミツはやや腑に落ちていないようだが、まあいずれ理解するだろうから放っておこう。

 とにかく、コレが使えるのなら今日の予定は街歩き以外にないな。


「ミツ、街を見てまわりたいのじゃが、案内を頼めるかえ?」

「もちろんです。向かいたい場所に希望はありますか? 弥尋…様からは、最大限配慮するようにと言われているのですが」

「そうじゃのう……活気のある場所は好きじゃ、賑やかな場所がいいの」


 そうミツに希望を伝えると、彼女はすこし考える仕草のあと、そういうことでしたら、と続けた。


「じゃあ、行き先は裏通りにしましょう」

「裏通り、か。表には行けぬ事情でもあるのか?」

「今、来週の祝宴までは喪中……死者を弔う期間なので、あまりおおっぴらに騒ぐのはご法度なんです。とくに、表通りの商店は、山賊たちに真っ先に狙われていたので……」


 初期に襲われたせいで生きて帰ったものは少ない、ということか。

 何か見せたくないものでもあるのだろうかとちらと疑ってみたが、そんなことはなかったらしい。


「そういうことならば、ミツの言う通りにしようかのう。裏通りというのは何があるのじゃ?」

「そうですねぇ、私はあまり詳しくないんですけど、料亭や居酒屋、賭場や遊郭なんかがあったと思いますよ」

「……今、なんと言った?」



 * * * * *



―――半刻(いちじかん)


「さあ、コマが出そろいやした。…いざ、勝負!」


 若干の冷や汗をにじませたディーラー(壺振り)が、台の上に伏せてあるコップ()の中を見せると、自分の結果に一喜一憂する参加者とは別のどよめきが、観客のあいだに広がった。


「シロクの丁! 初参戦の無名殿、快進撃が止まらない!」

「おいおい嘘だろあの女……」

「前の店でイカサマ見破ったあとこっちにきてもう六連勝だとよ……」

「出目が見えてるとしか思えぬ……」


 なにやら注目されているようだが、煩わしいものでもないので放置でいいか。

 とくに周りの視線などは気にならないので、勝ち分を受け取って次の勝負が始まるのを待つ。


 今いるのは、いわゆる鉄火場というところだ。

 ここで行われていたゲームは馴染みのないものだったが、シンプルなルールでこれがまたなかなかに面白い。

 なお、ここまで渋りながらも案内してくれたミツは、あまり賭け事や観戦に熱中できる性分ではないようで、場の隅っこで小さくなっている。


「さあ、張った張ったァ!」


 おや、もう次の勝負が始まっていたようだ。


「ふむ、半じゃな」

「こいつ、手持ちのコマを全部突っ込みやがった……!?」

「ふっ。わしは賽の目が見えてはおるのではない……感じておるのじゃよ!」

「い、いざ、勝負!」


 結果は―――ヨイチの半。

 この店に入って、すでに元手は100倍近くに膨れ上がった。


「これで七連勝か……」

「感じてるってなんだよ……意味がわかんねえ……」

「意味わからんと言えば、あの女、イカサマしてた前の店の用心棒を一撃で沈めたらしいぞ」

「いや嘘……じゃないんだろうな。なんて出鱈目な……」


 もう連勝の驚きも消えてきて、こちらが勝つのは当たり前、という認識になりつつあるようで、そこかしこから思考を放棄するような声が聞こえてきた。

 これ以上続ければ、皆がこちらに追従するようになりかねない。もう少し上手く立ち回ればよかったか、と思わないこともないが、この場の雰囲気が盛り上がったので良しとする。

 大損を出して真っ白になっている壺振りの男もそろそろ気の毒ではあるし、店の奥から飛んでくる殺気のこもった視線も面倒くさい。ここらが潮時だろう。


 ということで


「そこの支配人どの、ここにまとまった金子があるのじゃが、この金でこの場の皆に菓子でも振る舞ってやってくれぬか」


 ふってわいたあぶく銭は、景気よく使ってしまうに限る。

 勝った金の入った袋から必要なだけの金を抜き取り、店の奥で苦い顔をして立っているこの場のあるじに放る。 

 ただの菓子を買うには少々多すぎるようにも思うが、余計な恨みを買わないためのサービスでもある。


「おおお! 嬢ちゃん、粋ってものがわかってるねェ!」

「ああ、勿論酒はなしじゃぞ」

「なん……だと……!」


 まったく、ノリのいい連中だ。嫌いではないが。


「こんな時間から酒を飲むでないわ、阿呆どもが。それに、乱痴気騒ぎは控えねばならぬのじゃろう?」

「うむう……それもそうか」

「確かにな……」

「さては忘れておったな……? まあよい。代わりにと言ってはなんじゃが、賭場のものが金をけちらぬよう見張っておいてはどうじゃ? 安酒で酔っても得をするのは胴元だけじゃぞ」


 端から捨てるつもりで返した金だが、だからといって必要以上に懐に入れられるのも腹立たしい。

 そんなことを言うと、それもそうだな、とみな一様に納得したような声をあげる。

 胴元には悪いが、まあ普段客からふんだくっているのだろうし、たまにはこういうのもいいだろう。


「どこの菓子がいいかねえ? 日向屋なんてどうだ?」

「日向屋も美味いが、ここは矢張り井村屋が」

「あそこの最中は絶品だよな」

「是非無名どのにも食べて貰いたいよな」

「まったくだ」


 と、男どもが一斉に胴元を見る。

 彼らの口ぶりと、無言の圧力を受けてたじろぐ胴元の様子からして、そこそこ値の張る良い菓子だと思われる。


 楽しみに待つとしようか。






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