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第3話 飛び込んでみた


 ヤヒロに案内されたのは、この街の中心部にある、街では数少ない二階建てで塀で囲まれた屋敷の一室だった。

 なんというか、見たことのない建築様式だ。

 窓から見える庭も人の手によるものというより、自然をそのまま小さくして移植したかのようで、見慣れた庭園との差異が興味深い。


 乾燥した草を編み込んだ床に、じかに四角形のクッションを敷いて正座し、この街――どこの国にも属してはいないらしい――の長であるヤヒロとの交渉がすすんでいく。


「では、貴殿はしばらくここに滞在したい、ということか」

「うむ。御者もおらぬしのう。しばしここに留まるつもりじゃが、なにせ金子(きんす)はあっても伝手がない」

「なるほど。そういうことならば、貴殿の滞在中、衣食住はこちらで用意しよう。期間は……そうだな、七日後に、今回のことで祝宴を開く予定だ。それまでということでどうだろうか」

「それは有り難い。代金はこれくらいで足りるじゃろうか」


 眠りにつく前に用意しておいた袋から、金貨を数枚取り出してヤヒロに見せる。


「これは……金貨か。ずいぶん珍しいものだが、受け取れないな。お礼をすると言っただろう。無論、対価を求めるようなことはしない」

「なんとも太っ腹じゃな。その話、ありがたく受けるとしよう」


 つまり、期限付きとはいえ無償で生活すべての面倒を見てくれるということらしい。じつにありがたい。


「貴殿はこの街の恩人だからな。もともとこの屋敷で貴殿をもてなすべきだと考えていたのだが」

「弥尋」

「…という訳なのだ」

「なるほどの」


 肩をすくめるヤヒロとその後ろに控える白髪(セイゲツ)を見て、二人の力関係もふくめていろいろと納得した。

 セイゲツがじろりと睨んでくるが無視する。

 つっかかってくる若造など、いちいち相手にしていられないのだ。


 ヤヒロが「初対面だというに仲が良いのだな」と呆れたように言うのは不本意だが、悪くはない。


 こういう会話もいいものだな。と、そう思った。



 * * * * *



「えっと、こちらがあなた様のお部屋になります。ご自由にお使いください」

「ほう、おぬしらの住まいはこうなっておるのか……。興味深いのう」


 ヤヒロたちとの会談を終えたあと、屋敷からやや歩いた場所にある、いくつもの部屋が密集している建物――長屋というらしい――へと案内された。

 表通りに面した建物の裏手にある、木造の家がひしめきあうスラムのような空間だった。

 しかし、そのじつ家屋の並びや造りは意外なほどきちんとしていて、小道には石のブロックが敷かれ、一定距離ごとに井戸も見える。

 ということは、水道も整備されているとみていいだろう。


「しかしよろしかったのですか? このような場所で」

「よいよい、あまり肩肘ばるのも好かぬでな。それにの、こういった庶民の生活ほど、その街のすべてを物語るものはないんじゃぞ」

「はあ……」


 じっさい、ここまでの道のりでいろいろなものが見えた。

 それらは旅館などに泊まっていては経験できなかったもののはずだ。

 客人として丁重なもてなしを受けるのも一興だが、異文化、とりわけこの街に求めるのはなにもそればかりではない。


 しかし、そのことをここまで案内してくれた内気そうな少女はいまいち理解できないようで、返ってくるのは生返事ばかりだ。

 まあ、こちらには奇異で珍しく見えることでも、彼女たちからすれば、なんということのない日常の風景だろうから仕方ないことではある。


「あ、申し遅れました。えと、弥尋…様より、これから七日間、あなた様のお世話を仰せつかりました、美津(みつ)ともうします。なにか不都合がありましたら、なんなりとお申し付けください」

「ミツ、か。よろしくの。すまぬが、わしのことは……」

「はい、清月さまより聞きおよんでおります。名乗れぬ事情がおありのようなので、名無し様とお呼びするように、と」

「……あの若造……」

「えっ、あ、と、ところで、弥尋が、あなた様のご要望にあった例の品物は一両日中には届ける、と言っていました。よろしかったでしょうか」


 不穏な空気を感じてか、ミツがあからさまに話題をそらした。さりげなく呼び名も戻したあたり、余計な気を使わせてしまったらしい。

 いらぬ含意さえなければ「名無しさん」でもまったく構わないのだけども。


 ともあれ


「了解した、とヤヒロ殿に伝えておいてくれ」

「かしこまりました。では、お着替えはどうしましょう? ご要望通り、この街で一般的な服を用意しましたが、ドレスもありますよ」

「せっかくじゃ、キモノとやらを頼む」


 『郷に入っては郷に従え』

 むかしやつ(・・)がよく言っていた言葉だ。決まってその後、だから故郷でのように振る舞うことができない、という愚痴が続いたものだったが。

 とうにこの世にいないだろうけども、妙な形に着くずした服装や変わった思考が印象的な男だった。

 彼はよく故郷の格言をつぶやいていたものだったが、そこそこ気に入っていたのだ。ここは彼の言葉に従っておこう。

 もちろん、好奇心というのも大きいけども。


「では、お手伝いします。お召し物を脱いでいただけますか?」

「うん? 堅苦しいのは好かぬと言うたじゃろう。一人でも問題ないのじゃが」

「しかし……初めての方には難しいかと……」


 いぶかしむこちらに、ミツはおずおずと手に持った何かを差し出してくる。


「これは……布かえ? ずいぶん良い布じゃのう」

「服です」

「……いや、布じゃろう?」

「服です」

「…………」


 たたまれた布にしか見えなかった。


「おひとりで、大丈夫ですか?」

「……頼む」

「かしこまりました」


 軽い気持ちで飛び込んでみたのだが、これは予想以上に手強そうだ。







美津(みつ)

 主人公に付けられたお世話係の娘。数え年で15才。

 引っこみ思案なところはあるが、人付き合いはきちんとできる。

 じつはいいところの娘さんだったりします。

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