第2話 街に着いた
「見えてきたの……あれがおぬしらの故郷で間違いないかえ?」
「はい…はい……! 本当にありがとうございます……!」
遠くに見える街の影に馬車の荷台を振り返ると、何人もの女が涙をぽろぽろ流しながら荷台の床に額をこすりつけていた。
盗賊が拠点にしていた集落に襲撃して戦闘を……もとい、歓迎されて食事をしているときに発見し、ついでに救出したのはつい2日前のこと。
今は、元々暮らしていたいたという街へと、彼女たちを送りとどけているところだ。
「気にせずともよい…」
「いえ、そんなわけには参りません。助け出していただいたばかりか、ここまで送ってくださるなど……!」
特徴的な娘たちだった。
まず、全員が自分のような漆黒の髪を持ち、瞳の色も黒。乾いた砂のような肌の色に、ぼろぼろになってしまってはいるものの、長方形の布を組みあわせたような奇妙な衣服。
みな一様に幼くみえる顔立ちをしているが、年齢を聞いてみるとほとんどの者はすでに成人しているというのだから驚いた。
聞くと、全員同じ場所から盗賊団にさらわれていたらしい。
自分が眠りについたころには何もなく、ただの湿原だったところにある街だというので、興味をひかれて同行を申し出たのだ。
単純に好奇心もあるし、この時代での生活拠点にできればなおいい、と考えてのことでもある。
「おぬしらの感謝はもうじゅうぶん受け取っておる。それよりほれ、じきに着くぞ」
苦笑いで娘たちに対応しているうちに、街のシルエットはどんどん大きくなってくる。
より近くから見てみると、こちらもまた、ずいぶんと風変りな街だ。
一階建ての平べったい木造家屋がならび、複数階建ての建物は中央にいくつかあるだけという街並みを、棒を縦横に組み合わせた柵と水堀がかこんでいる。
まるでスラム街のような風体の、都市未満の街だが、清潔で整然として、なにより秩序があった。堀の内壁になっている石垣も、見たいことのない工法で石が積まれていて、なかなかに頑丈そうだ。
おそらく、文化水準はそれなりに高いのだろうと思われる。
「そこの馬車、止まれ!」
街の入り口に近づくと、門にいた衛士の男らがこちらを呼んで馬車を止めさせた。
御者をしている奴隷に言って馬車を止めさせ、荷台から降りて男たちにむきあう。彼らもまた、女たちと同じ系統の肌や顔立ち、服に、これまた見慣れない甲冑を身につけていた。
甲冑は……木と革でできているのだろうか、素材はわかるが、独特の形状をしている。
「……この街になにか用でしょうか?」
「おお、すまぬ。珍しゅうてついじろじろ見てしもうた。賊に囚われておったここの娘どもを助けてきたんじゃが、入れてはもらえぬじゃろうか?」
「いま、なんと!?」
門番たちは慌てて馬車の荷台を確認し、女たちの姿をみとめると、驚愕の表情で街の中へ駆けこみ叫んだ。
「大変だ! 大変だ! お松たちが帰ってきたぞ!」
「なんだと!?」
「ほ、ほんとうかい?!」
「本当だ! 早く弥尋さまたちに知らせてこい!」
男の声に反応した最初の数人から、騒ぎがどんどん大きくなっていく。
ややもすると、街の入り口には人だかりができてしまった。
家族の姿を認め、安心して泣き崩れる女たち。再会を喜ぶ者。信じられないと騒ぐ者。あるいは、もの言わぬ骸を前に、おかえり、と寂しげに声をかける者。
混沌とした騒ぎの中でどことなく居心地悪く感じていると、男が二人、人ごみをかき分けてこちらへ向かってきた。
「失礼、この娘たちは、貴方が助けてくれたのか?」
「いかにも。盗賊はもう残っておらぬから安心せい。全員始末してきたゆえな」
「なんですって……すぐに班を組織。拠点に派遣して確認をしてください」
「はっ」
黒髪を短く刈り込んだ、さっぱりとした印象を受ける青年の言葉に答えると、彼の隣にいた総白髪の若い男が、ぎょっとした様子ですばやく配下に指示を出した。
それを見届けると、黒髪の青年はこちらに向き直る。
「あの盗賊どもには何度も辛酸を舐めさせられていたんだ。長の弥尋という。この街の全員を代表して礼を言おう。名前を聞いても?」
「ヤヒロ殿か、よろしく。すまぬが、あいにく今わしに名乗る名前の持ち合わせがなくてのう。好きに呼んで構わぬよ」
もはや知人はそう残ってはいまい。どうせならば前の名前のしがらみを捨てて好きにやりたい、と思いそう答えると、青年は「貴殿にも事情があるのだな。あいわかった」と快活に返してくる。なかなかの好青年だ。
一方ではとなりの白髪が、警戒するようにわずかに顔をしかめたが気にしない。
青年を補佐する立場だと思われるが、主導権は青年にあるようなので問題はないだろう。
「貴殿も長旅で疲れているだろう。余っている部屋がある。今日は俺の屋敷に泊まるといい。お礼の話もしたいのだが、どうだろうか」
「ふむ……そういうことじゃったら、ヤヒロ殿の言葉に甘えようかのう」
「決まりだな。屋敷に案内しよう。こっちだ」
「その前に。弥尋、少しいいですか」
「どうした? 清月」
ヤヒロの屋敷へ向かおうとすると、なにやら報告を受けていたセイゲツというらしい白髪が制止した。
もはや警戒心を隠す気はないようで、硬い声で尋ねてくる。
「貴方の御者をしていた男、例の盗賊団の残党ですね?」
「そうじゃのう。今はわしの従者じゃがな」
「我らの掟で裁きます。こちらに引き渡していただきたい」
「ふむ」
牽制のつもりか、セイゲツが出方をうかがうように警戒の目でこちらを見る。
あの御者はたしかに元盗賊だが、今となっては自分の奴隷だし、あれはあれでそこそこ有用だったので、できるなら失いたくはない。
「ヤヒロ殿、なんとかならんかの?」
「……なんとかならんこともないが、少なくない反発があるだろう。元盗賊というのが事実なら、俺からも引き渡してほしいと言っておくぞ」
この街の権力者であろう二人からそう言われては仕方ない。多少もったいないとは思うけども、所詮は拾い物だ。
失って惜しいものではないのだから、そのことで不信や不和の種を生む必要もなかろう。もう手遅れな気もしないでもないが。
「『郷に入っては郷に従え』ということじゃな。仕方ないのう、あやつはヤヒロ殿たちに引き渡そう」
「……ありがとうございます。では、連れて行きなさい。ご協力感謝しますよ。名無し殿」
「はっはっは、セイゲツ殿は言葉遊びが上手なようじゃな(確かに好きに呼べとは言うたがの、巫山戯ておるのかえ?)」
「いえいえ、名無し殿ほどではありませんよ(珍妙な言葉遣いの貴方がそれをおっしゃいますか)」
「「………………」」
こいつは合わん、そう思った。理屈じゃない。直感だ。
ともあれ、無抵抗で引き立てられていく元盗賊の男を視界から外し、あらためてヤヒロたちのほうを向く。
先ほどの反応になにやら少々の違和感は残るが、気にしないでおこう。
「催促するようで申し訳ないのじゃが、屋内に入らぬか?」
「あ、ああそうだったな、すまない。こちらだ。付いてきてくれ」
今はちょっと、それどころではない。
「すまぬのう。肌が弱いゆえ、すぐに日に焼けてしまうんじゃよ」
そろそろ、秋晴れの日光が、つらい。
簡単に登場人物の紹介を
○弥尋
街の長。黒髪黒目の東洋人風の青年。
敬語なんて使わないキャラ。組織に方向性を与えてみんなを引っ張るリーダータイプ。
○清月
弥尋の補佐的な人。白髪に青い目をしている色白青年。こんなんでも弥尋たちと同じ民族だったり。
実際のアルビノの人は目が青いこともあるらしいですね。
モデルは『アルスラーン戦記』のナルサス と 『狼陛下の花嫁』の李順。優秀な苦労人キャラ、好きです。