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第1話 目が覚めた

お久しぶりです。どうぞよろしくお願いします。


 太陽の光が届かない、ほの暗い洞窟のような部屋の中で、明らかにカタギではない雰囲気の男たちが数人、うごめいていた。


「そっち、なんかめぼしいもんありやした?」

「金貨だけだがな。まあこんなもんだろ」


 この場のリーダーを任されている男は、期待にみちた手下の質問に、そんなに甘くはない現実を見せてやる。金貨一袋だ。

 もっとも、ほんのちょっとの遠出をした程度でこれだけの大金が得られたのだから、大収穫といっていい。


「なんだ、そんだけっすか。しけてますね」

「そう言うな。もともと期待してなかったんだ、十分だ。……おい新入り、ここを見つけてきたのはお前だったな」

「……はい」

「これはお前の手柄だ。帰ったら好きな女を一人、抱いていいぞ」

「や、やった!」


 部屋のすみっこにいた新入りの少年が、女という言葉に目をぎらつかせて喜ぶ。そういやこいつ初めてだったっけか、まあどうでもいい。


「おい、そっちももう終わったろ。本命のこっち手伝え」

「ほ、ほんとに開けるんすか……」

「おいおい、いいか? こういうのはな、こん中に一番のお宝があるって相場は決まってんだよ」


 臆病者め、と心中でふがいない手下に溜息をつく。たかだかのふたを開けるくらいでなにを怖気づいているのやら。

 死体なんぞ、元々人間ってだけのモノでしかないだろうに。バチ当たりだなんて言葉は盗掘やってる時点で言えるもんじゃない。


「死人がカネやらお宝やら持っててなんになる? 俺たちが持ち出して使ってやったほうが、世のため人のためってヤツだろ?」

「いや……でも……」

「うるせえ、ほらさっさとしろ」


 しぶる手下どもに命令し、重い棺の蓋をどうにかどかす。

 期待と恐れをそれぞれ抱いて、開け放たれた棺の中を覗き込む次の瞬間、頭が真っ白になった。


―――美しい


 教養のないアタマに浮かんだ語彙はそんなご立派なもんじゃなかったが、声に出さずとも全員の意見は一致しているはずだ。


 棺の中にいたのは、それほどに完成された美しさを持つ――少女(・・)だった。

 漆黒の髪に、緋色と黒のドレスをまとう、これまでの人生で一度だけ見たことのある白磁の陶器ような、透き通った白い肌。ほっそりとした顔立ちの中、閉じているまぶたの奥の瞳は何色だろうか。

 特別人目を引く容姿ではないが、ひとたび彼女個人に注目すれば、たちまちのうちに惹きこまれる。そんな少女だった。


 ばかな。ありえない。100年は前の墓だぞ(・・・・・・・・・・)


 そんな言葉は、目の前で一切劣化することなく、当然のように横たわる少女が許さない。どれだけの時が経ようとも彼女は「こう」なのだ。と、理屈ではなく本能で理解した。

 ゴクリ、とのどを鳴らしたのは誰だろうか。もしかしたら自分かもしれない。

 すると、その音が合図だったみたいに、まるで眠っているように横たわる少女がゆっくりと目を開く(・・・・)


 紅。


 災厄が、吹き荒れた。



 * * * * *



 目が覚めると、あたり一面血の海だった。


 そんな経験はあるだろうか。普通はない。

 だが少女はまさに今、そんな状況に直面していた。


「これは……一体どういうことじゃ」


 部屋――自分が眠りについた部屋で間違いない――のまん中に立つ自分のまわりには、無残に切り裂かれた(元)男たちが散乱(・・)している。

 ひげ面の首、少年のような細腕、その他もろもろ。

 もはやほとんど原型をとどめていないが、彼らの装いを見るに山賊や野盗のたぐいだろうか。


「ふうむ……。盗掘、墓荒らし、といったところかのう。寝ぼけてつい食べてしもうたか」


 口元を手でぬぐうと、やはり、自分のものではない赤い血が手に残る。

 無意識の行いとはいえ、はしたない外見になっていそうで少し憂鬱になった。


「やはりのう。寝起きだというのに妙に体が軽いと思えば、そういうわけじゃったか」


 軽い食事と運動を知らないうちにしてしまっていた、ということらしい。完全に目が覚めてしまって、二度寝をしようにもとてもベッド()に戻れる気分ではない。


「なんか音がしたけどどうし……ひいっ!?」

「おや、ちょうどよい」


 これからどうするかを思案していると、カモがネギを背負って、もとい、見張りだろう野盗の仲間らしい男が部屋の入り口までやってきて、中の惨状に言葉を失って立ち尽くした。

 これを利用しない手はない。


「悪く思わんことじゃな――《催眠》《魅了》」


 凄惨な光景を見たショックを、部屋の中央に立つ自分を見たそれに《催眠》ですり替え錯覚させ、生じた心の空白に《魅了》をすべり込ませる。


「《隷属》……ふむ。術の行使に問題はないようじゃの」

「え……あ……」


 そして間髪入れず《隷属》の術を叩きつけ、契約を成立させた。

 本来は双方の同意がなければ成立しない《隷属》の術だが、こうなってしまえば男に選択肢などありはしない。

 ようするに一目惚させた隙に契約書にサインさせる詐欺と同じようなものだ。自分でやっておいてなんだが、なんともタチが悪い。


「まあ同情はせんがな。答えよ。お主らは盗賊か? 今は神暦で何年じゃ?」

「はい…わかりません…」

「では他に仲間はおるか?」

「はい……」


 茫洋とした男に質問を重ね、ほしい情報を聞き出していく。

 まとめると、彼らはすこし離れた場所を拠点にしている山賊で、ここを偶然発見して探索していたらしい。

 なんとも運が悪い連中だが、まあこれまでの行いが悪かったからだろう。


 あらためて、これからどうするかを考る。もはや二度寝は選択肢にない。


「本格的に活動するならば、もう少しきちんとした食事をとらねばな」

「……」

「よし、お主、もといた盗賊団の拠点に案内せよ。わしはまだ食べたりぬ」

「……わかりました」


 虚ろな目のままきびきび動く、という《魅了》と《隷属》のコンボを食らった人間に特有の、不気味な動きで歩き出す男について、最初の一歩を、部屋の外へと踏み出した。


 眠りについてどれだけ経ったかもわからない。食事のあとは情報収集をしよう、と考えながら、少女は部屋へと続いていた洞窟を抜ける。



 天災が、世界に解き放たれる――



「あ゛っつ゛……なんじゃ、昼かえ……盛り下がるのう……」



 あんがい、脅威でもなんでもないのかも、知れなかった。



予定は未定で基本的にのんびり投稿していきます。

夕方にもう1話投稿します。

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