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短編ホラー 青春よ、もう一度【完結】  作者: 白宮 安海
オカルト倶楽部の青春
2/19

2

上野駅は相変わらず適度な都会だった。貞夫は、ダウンのポケットに両手を突っ込んで、例の恒例の珈琲屋へ向かった。古めかしくて、少し懐かしくなるような珈琲屋の扉を開くと、鈴の音の後に女性の店員が爽やかな笑顔で近づいてきた。

「いらっしゃいませ。一名様でよろしいですか?」

「いえ、あの、知人と待ち合わせているんですが」

「あ、はい。あちらの席へどうぞ」

店員が手を伸ばして招きながら店内を歩いていくと、窓際の4人テーブルのソファに、徳しまは座っていた。

「ごゆっくりどうぞ」

店員が深く頭を下げると、貞夫は、しまの正面のソファに腰をおろして、ダウンジャケットを脱いだ。

「久しぶりだな」

テーブルに両肘をついて俯いていたしまは、貞夫の存在に気づいた途端、顔を上げるなり一瞬にして笑顔になり、人懐っこい犬のような仕草で、握手を求めてきた。貞夫も無理に笑顔をつくりながら、握手を交わした。

「おっ、久しぶり!貞夫、全然変わってないな」

「お前こそ。全然変わってなくて驚いた」

前に会った時より頬は痩せていたが、それ以外は変わっておらず凛々しかった面持ちが、余計に大人の色を醸し出している。いい男だった。握手した右腕には、機械式の高級そうな腕時計が嵌められていた。それに、皺一つないカジュアルなワイシャツをさらりと着こなしている。どんな女でも、こんな男に声をかけられたらほいほい着いていくだろう。貞夫は自分のどうでもいいような格好を見て、恥ずかしくなった。しかし、しまは気にもしていない様子で、心底貞夫に会えて嬉しそうに、笑顔のままメニューを開いて見せた。

「何飲む?」

「お前は?先に頼んどけば良かったのに」

「旧友が来てからじっくり考えようと思って」

「相変わらず変な奴。俺は、普通にブレンドコーヒーにしようかな」

「貞夫も相変わらずだな。ここの店に来るといつもそれを頼んでたっけ。それなら、僕はカフェ・アメリカーノにしよう。すいません」

しまは手を上げて店員を呼ぶと、メニューを指さしながら二人分の珈琲を頼んだ。それが終わると、改めて姿勢を崩し、リラックスした様子で両肘をテーブルについて、貞夫を見た。

「ごめんな。いきなり呼び出して」

「本当、びっくりしたよ」

「いや、何だか妙に昔のことが過ぎってさ。お前に会いたくなって」

「唐突だな……。まあ、俺も会いたかったけど」

「今何してるんだ?やっぱり、小説書いてるのか?」

貞夫は質問の答えに唇を結んで、目を泳がせてから「ああ」と言った。しまは、お決まりの笑顔で「凄いじゃないか」と、讃えてくれた。

「凄くないよ。毎日頭の中と、パソコンを覗いてるだけ。お前の方が凄いよ。なんか、いい仕事してんだろう」

「さあ、どうだろうな」

しまは、真っ白な歯を見せた。金を持ってる奴ら、全員歯のCMに出れるだろうな、と貞夫は思った。

「なんで、俺なんかに会いに?」

貞夫は少し卑屈気味に尋ねた。しまは、それに気づいたのか、やや笑顔を引っ込めて言った。

「昨日本屋で見つけた貞夫の小説読んだんだ。それで、急に会って話したくなってね。あれ、最高だよ。〝肉屋に恋を〟だっけ?女が、殺人鬼の肉屋に恋をして、解体されながら、殺人鬼の好きなところを一つずつ言っていくっていうシーンはゾクゾクしたね」

〝肉屋に恋を〟は、貞夫の処女作だ。しかし、それ以降貞夫の本は出版されていない。その小説だけコアなファンがついただけで、次回作を書いてもどこにも響くことはなかった。貞夫は追い詰められていた。

「あれは、俺にとっても最高傑作だった」

「もう次は書いてないのか?」

「いや、書いてるが……」

「見せてくれよ」

「見せられるもんじゃない。今、ネタに悩んでるんだ」

「悩んでる?」

「ああ。どうも、リアリティに欠けてな。上っ面の二番ぜんじしか思いつかない」

ここで、店員がやってきて、二人の間にコーヒーを置いた。貞夫は、その一つを自分に引き寄せ、一口啜ると、複雑に絡み合った苦味と酸味が舌の上をさまよって、鼻から抜けていった。

「そうだ。話って?」

そもそも、ここに来た理由は何なのか疑問に思うと、貞夫はしまを見た。しまは、同じくコーヒーを啜ってひと呼吸置いた後、急に口端を引き上げてここに呼んだ理由を話し出した。

「貞夫、俺と同じで昔から好きだったよな。ホラー映画や、グロテスクなスナッフ映像。実は、凄くいいものを見つけたんだ」

しまの目にどこか、暗い影が出来た。口と目がちぐはぐな色を出している。貞夫は息を呑むも、手を軽く横に振りながらそっと笑んだ。

「いやいや、そういうのもう見飽きたよ。今は何を見ても、何も感じない。あの時のワクワクもない。デジタルな世の中になって、合成も丸わかりだし」

「そうじゃないんだ。これは、お前の求めるリアリティだ」

「つまり?」

本当をいうと、既に貞夫はこの先の会話は聞かず帰りたくなっていた。何だか薄気味の悪い感覚が全身を這い、不穏な未来の予兆を示していた。しかし、そんな貞夫の事などお構い無しに、しまはテーブルから少し身を乗り出して、周りに聞こえぬよう静かに言った。

「ひとを監禁した」

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