13
*
『赤い飛沫が犯人の指に付着した。ピンポン玉でも持つように、犯人は愉快に笑いながらそれを眺めた。目玉を引き抜かれた男は全身を激しく痙攣させ、尿を漏らしか細い呻き声をあげる。男は靴の下の蟻のように無力である』
最後にキーを弾くと、全身から力を抜くように溜息をついた。昨日のショックな光景が、男の姿が、脳内に染み付いて、昨晩も眠れず、明らかに普段と違っていた。そんなストレスを他所に、以前までのスランプとは無縁に、小説の執筆はスムーズに進んだ。書き上がった文章を読み返すと、それは貞夫が望んでいた実態のある恐怖のそれだった。
あの出来事は、一生忘れることは出来ないだろう。あれから、しまは男の歯を力づくで抜き、両方の乳首をハサミで切り落とした。男は泡を吹いて気絶してしまった。しまは、今度の解体ショーは次回にしようと提案してきた。正直、あんな経験は二度としたくない。今でも気持ちが悪く、あれ程好きだったホラー映画も、観たいという気になれない。
空になったカップに、コーヒーを注ぎ足そうと席を立つと、丁度携帯が震えた。その振動に咄嗟に肩が跳ね上がる。慎重に携帯へと手を伸ばし、画面を見ると、そこには『 しま』と表示されていた。貞夫は通話ボタンを押し、耳にスピーカー部を当てた。
「もしもし」
「おお、貞夫か。良かった。出てくれて。大丈夫か?あれから、お前の事が心配だったよ」
しまの言う心配とは、一体どの種類なのかが気になった。
「ああ……何とか」
「さすがの貞夫も、眠れなかったんじゃないか?」
「あんなの見て、熟睡出来るって人間は頭を疑うね」
最も、しまの場合はその例に値するのだろうが。
貞夫はまたもや、あの男の映像が勝手に浮かび上がってしまい、必至に頭から消し去ろうと手で払った。
「で、執筆の方は?」
「まあ……な、前よりはいい感じだよ」
「そっか。やっぱりあれが役に立ったか。作品が出来上がったら、俺を一番目の読者にしてくれよ」
受話器越しの、しまはとても嬉しそうだ。
「まだ、出来上がるかどうかわからない」
貞夫は途中まで打ったパソコンの中の文章を見た。いつも小説を書く時、終わりの筋までしっかり想像しながら書いているのに、この物語の終わりだけは想像出来もせず、貞夫自身も、想像したくなかった。
「今夜また来いよ。次もいいネタが出来るぞ」
貞夫は返事を迷った。NOと言おうと唇を動かしたものの、新しいネタの誘惑には勝てなかった。
「ああ、わかった」
「なら今夜、迎えに行くよ」
「どこに行けばいい」
「いつもの場所で」
「分かった。それじゃあまた」
二人は約束を交わすと、そこで通話は終わった。貞夫は、ズキズキ痛むこめかみを押さえた。そして、精神安定剤を何錠か口の中へ放った。




