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短編ホラー 青春よ、もう一度【完結】  作者: 白宮 安海
オカルト倶楽部の青春
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挿絵(By みてみん)画面上に浮かぶ文字は退屈そうに整列をしている。

『彼女は、か細く息をしながらこう言った。〝どうか私の事は忘れて。あなたの脳みその中から、出会った頃から今に至るまでの全ての記憶を消して〟そう言い終えた頃、彼女の瞳に景色は映っていなかった。僕は、この小説の最後の文字を象ったら、彼女との約束を果たすつもりだ。縄の軋む音だけを記憶に残して』

亜国貞夫は、エンターキーを押す。そしてため息を吐いた後、椅子の背もたれにもたれかかった。低反発が売りのロッキングチェアはぎしりと小さく唸る。

タイトルがいつまで経っても空白である、この小説とも言えぬ文字の集合体には、どこにも魅力が見い出せずにいた。間に合せの言葉だけを紡いだ、全く面白みもない文章だ。

MS明朝の小さな黒の文字を暫く見つめる。読めば読むほどこの物語の構成はありふれたもので、つまらない。第一、綺麗すぎて残酷さが足りない。

もっと、表現にリアルが欲しい。日常と思わず混同してしまうようなリアルさが。

映画やドラマでは腐るほど、グロテスクな場面を見てきた。浮世に退屈さしか感知出来ない貞夫はスナッフフィルムも、好んで鑑賞していた。しかし、それだけでは情報が足りない。まるで、食べた事のないものの感想を言うようなもので、説得力の欠片もないし、本当に魂を揺るがす作品はつくれない。貞夫は自分の髪を無茶苦茶に掻き毟った。試しに右腕に力いっぱい爪を立ててみた。だが、爪の跡が皮膚に残っただけで、伝ったのは微妙な感覚だけだった。結果的に、擦り傷が極わずかに残っただけだった。貞夫は脱力し、頭の中をリセットする事にした。

いっその事、自分が犯罪に巻き込まれてみるのはどうだろう。だが、それこそ難しい提案だ。犯罪とはただ歩いているだけで、地面から生えてくるものではないのだ。悲劇は、自分が欲しくてやってくるものではない。

バイブ音が響いて、机の上に置いていたスマートフォンを手に取る。画面には、『徳 しま』と表示されている。徳しまとは、徳が苗字で、しまが名前で、少し変わっているが本名である。しまは、貞夫にとって高校時代からの親友だ。二人は同じ部活に所属しており、よくホラー映画やグロテスクな映像を鑑賞していたりした。貞夫と同じく変わった奴で、お互い他の友達は出来なかった。貞夫としまは、共通の変わった趣味以外は全てにおいて真逆だった。

身長の高いイケメンで、女が好きそうな顔や髪型をしているのに、くしゃりと笑う笑顔は、幼さと同時に残酷さも秘めていて、少しだけ怖かった。さっき、お互いに友達はいないと言ったが、しまの方は自分から友達を作らない主義だったと思われる。対して、貞夫は根暗で理屈屋で、おまけに臆病な癖にプライドだけは高かった。もちろん、女性にモテたことなど生涯で一度もない。だから、その気になれば何でも手に入れられる、しまを羨ましがった。


そんな、しまから何年か振りに電話がきた。貞夫は着信に応じた。

「もしもし、俺だけど」

「よっ、久しぶり。ちゃんと出てくれて良かった。今、暇か?」

しまは、昔と変わらぬ柔らかい口調だった。

「暇か……って、お前いきなりだな。忙しくはないが」

貞夫は、回転椅子の回転軸を揺らした。

「ちょっと、話がしたくてね」

受話器越しの、しまの口元は何だかにやついているように思えた。貞夫は、これは何かネタがあるぞと思い、詳しくは聞かずに返した。

「ああ、分かった」

「じゃあ、とりあえず、いつもの上野駅前の珈琲屋で待ってるから。まだそっちに住んでるんだろ?」

「まあな。あそこだな。わかった。これから向かう」

「それじゃあ、また」

電話は切れた。旧友との久しぶりの再会だ。少し緊張する。というか、ここのところ知人に会う事自体が久々だった。その為、髪も寝癖でボサボサだし、髭も汚く伸びていた。貞夫は立ち上がって、伸びをすると、外に出るために支度をしはじめた。壁の鏡の中の自分は酷い有様だったが、たかだか同級生に会うだけで女と会うわけではあるまいし、貞夫は無精髭を撫でると、不規則に伸びた髪をそのままに、えんじ色のセーターと灰色のスウェット、その上に黒いダウンジャケットを羽織った。貞夫は欠伸を一つしてから、スマートフォンと財布だけを持って、外へ繰り出していった。



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