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故にそれは醜く歪んで

 うっすらともやがかかった意識の片隅でコンコンと、戸を叩く音がする。

「少し待て、まだ眠っている……。」

 それはとても聴き慣れた声で扉の向こうに語りかけている。

「ごめんなさい、また後でくるわ……。」

 扉の向こうからエルスの声が聞こえる。

「もう起きました、おはようございますクロノス様、エルス……。」

 体を起こしながらそう言うと、クロノス様は少し困ったように微笑んでいた。

「起こしてしまったか?」

 私より少し先に起きていた彼は、すぐ近くで、私が起きるのをずっと待ってくれていた。

「いえ、大丈夫です、ちょうど起きる頃でした。」

 そう言って、笑ってみせてそうやって安心させたくて。

「お越してしまったのはきっと私ね?」

 そんな声とともにエルスが部屋の戸を開ける。

「あら、随分仲がいいのね?」

 それを聞いて、クロノス様はニヒルに嗤う。

「どうせ見えておったのだろ、千里眼の魔女よ?」

 エルスは少し困ったように応える。

「知ってたんだ? 本当に厄介ね……。」

 クロノス様は僅かに鼻を鳴らして、皮肉を言う。

「情報とはいかなる能力よりも強力な武器だ。」

 途端にエルスの顔は険しくなる。

「一体どこまで知ってるの?」

 それは、無理にでも希望をつかもうという険しさだった。そしてそれは、絶望的な魔女の状況を映した鏡のような瞳だった。

「王都、騎士寄宿舎、騎士長の机を監視し続けろ。」

 まるで答えになっていなかった。当たり前だまるで答えられる問ではなかったのだから。

「どういう意味?」

 まるで予定調和のような予測し得る返答だ。

「敵の動きを知れという意味だ。」

 おそらく、私たちが襲われるのならそこにはいつか作戦指令書が置かれるだろう。エルスにもようやく合点がいったようだ。

「わかったわ、とりあえず今のところは私たちの味方でいいのね?」

 クロノス様がそれに頷くと、エルスの表情から険しさが一気に失せていく。

「ところで、何用だ?」

 すっかり剣呑な雰囲気に飲まれていたが、おそらく彼女の用事はそんな重要なことではない。

「あ、そうだった。朝ごはん食べに来る?」

 そう、この程度の要件のはずだった。

「腹は空いているか?」

 クロノス様は私に尋ねた。

「はい、少し……。」

 ただ短くそう答えるとクロノス様はエルスに言った。

「だそうだ、案内を頼もう。」

 エルスはそれを聞いて踵を返した。

「わかったわ、ついてきて。」

 言われるがままにあとに続く。昨日辿った部屋への道を今日は逆から辿っていく。そのまま、メインホールを抜けてその先に食堂があった。

「ここが食堂、いつもみんなここで食べてるから。」

 そう言ったあと、去り際にエルスは私の耳元で囁く。

「もう一歩前を歩いてもきっと怒られないわよ?」

 私は、いつもクロノス様の二歩後ろを歩いてしまう。となりに並びたくても、少しそれが怖いような感覚があってなかなか踏み出せずにいる。そんなことを、悟られてしまったのだろうか。だから、まずは一歩踏み出せと、きっと私を扇動している。

「ルーフェ、そこに座っていろ。」

 そう言って比較的人の少ない席を指差してクロノス様はどこかへ行こうとする。

「クロノス様は?」

 尋ねると一度こっちに視線を向けてさも当然のように言う。

「食う物を取ってくる。待って居れ。」

 そんなことクロノス様がすることじゃない、少なくとも私はそう思ってしまう。

「私が……。」

 だから、反論しようとするがいつだって丸め込まれて罪悪感すら奪われてしまう。

「ちょうど良い場所だ、見張っていてはくれないか?」

 甘えっぱなしだ、それでもいいのだろうか。それでも許されているのだろうか。

「わかりました、お待ちしております。」

 食堂には、他同様女が多い。友好的なものも、寡黙なものも、詮索屋ですらだいたい女だ。だから、正直面倒な相手も大体は女だ。

「ねぇ、あんた。確かルーフェだっけ? あの強面の彼、誰? 恋人? ご主人様?」

 だから、中にはこういう手合いもいるのだ。

「えっと……クロノス様は、私の大切な人です。」

 正しく答えることが私にとってどれほど勇気がいるのかなどお構いなしに土足で踏み入ってくるのだ。

「へ~、でもさ、あんな怖そうな顔してるのに彼すごく優しいじゃん? 私、好きだな、ああいう人。」

 だから、こういう手合いは私は大嫌いだ。

「大切な人って恋人じゃないの? 違うなら私、もらっちゃおうかな。」

 そんなことお構いなしに、畳み掛けてくるその心根が嫌いだ。

「あいにくと、我はこれ以外を大切にするつもりはない。」

 いつの間にか帰ってきていたクロノス様が私のすぐ隣に腰を下ろす。

「ルーフェ、とってきたぞ。朝餉にしよう。」

 そう言って、私の目の前に朝食の乗ったプレートを置く。

「あちゃー、男のほうがゾッコンか。こりゃ太刀打ちできないなぁ、ごめんね?」

 普段は、あまり本心を口になさらないクロノス様が私のために言ってくださった言葉はまるで私には愛を告げるかのように届いてしまう。

「ありがとうございます!」

 だから、思わず顔も少し緩んでしまうものだ。

「礼には及ばんさ。苦労をかけたか?」

 こんなもの、苦労のうちに入れるのも馬鹿馬鹿しくなってしまう。

「いいえ、クロノス様の方がご“苦労”様です。」

 クロノス様は、私に微笑むと今度は私にちょっかいをかけた女の方を見て言った。

「こういうわけだ、あまり困らせずそして、仲良くしてやって欲しい。」

 できればこんな女とは仲良くはしたくないのだが、なにか考えがあるのかと思わず勘ぐってしまう。

「いやぁ、ごめんって。そんなつもりじゃなかったの。恋人だったら見ててもどかしいし、主従なら付け入る隙があるかなってカマかけたわけ。」

 もどかしがっているのはきっとこの女だけじゃないのかもしれない。

「残念ながら、付け入る隙はなかったな?」

 そう言って、少し皮肉を込めた笑いを浮かべてみせる。

「ほんと残念だよ、ここには男なんて全然いないし。久々にいい男きたと思ったら彼女持ちだもんね……やってらんない!」

 そう言って、女は乾いた笑みを浮かべる。

「ところで、我が名はクロノス。」

 女は察したように、名乗りを返す。

「私はリーシャ、魔女じゃないけど魔法は得意だよ?」

 それを聞いてクロノス様はその素性を暴いてみせた。

「魔術師リーシャ、帝都魔術大学主席だな。」

 それは、まったくもってその通りだったようで彼女は、リーシャは感心したようか顔をしている。

「よく知ってるね? 情報は最大の武器ってやつかな?」

 それを、クロノス様は鼻で笑って返した。

「さて、そろそろ機嫌を直してはくれないか?」

 クロノス様の影でむくれていた私に気づいてクロノス様は急に私に声を掛ける。あまりに急だったもので少し驚いた。

「へっ?……あ、怒ってません。」

 だから、驚いておかしな声が出てしまう。

「そっか、良かった。よろしくね?」

 やっぱりどうにも私はリーシャのことが苦手だ。会話の展開が早すぎて。

「よろしく……お願いします……。」

 それでも憎むことができないのはきっと彼女に悪気がないからだろう。

「よかったぁ、許してくれて! あ、私食べ終わたっからまた今度ね? 困ったことがあったら言ってよ。」

 

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