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喰み喰まれ

ウロボロスは現実世界にも存在する怪物で一匹の大蛇が自らの尾を喰らい続けるように書かれたり、二匹の大蛇が互いに喰らい合うように書かれたりします。本作品では後者をイメージしております。


 生まれた瞬間は誰もが思う、私も例外ではない。世界に愛されていると思い込む。生まれたばかりの私の世界には私を望み、愛するという覚悟を決めて暖かな笑みを浮かべる私を産み堕とした者たちしかいないからだ。

 私はすべてを神から与えられたような気で居た。何も知らず描いた絵が美術館に飾られ、初めて歌った歌は美しく響いたらしい。だけど、全て奪われるために与えられた気がしたんだ。

 父は衛兵の仕事をしていた、だけど私が五歳になる頃に私は魔女裁判にかけられた。この声が魔術だというらしい。父は私をかばった、そのせいで父は磔刑で殺された。同じく私をかばった母の命を永らえるために私はその法廷で自らの喉を掻き切り二度と声が出ぬようにしてみせた。

 それでも私には絵があった。だから描いて伝えた。女手一つで私を育てるのは生半可ではなかった、だから母は私の絵を売った。私もそのために何枚も絵を書いた。美術展に並ぶ絵だ、それは高値で売れた。今考えれば間違えだった、今度はその絵が魔術だというらしい。ならば、取り上げるがいいと叫んだ。私は、私を愛する最愛なる母を失いたくなかった。母は魔術の加担者として私から腕を取り上げるという罰を受けた。

 当たり前のことだろう母は言った。

「できません、ほかの罰ならばなんで受けます。でもそれだけはできません。」

 人間というのは残酷なものだ、罰を拒めばさらに残酷な拒めない罰を与えることを考える。私の両腕は母の見ている前で皮を剥がれ、肉を削がれ骨だけになった。痛かった、当然だ。神経という神経が音を立てて無理やり引き裂かれていくのだ。幸いだった、私には声がない。母に悲鳴を聞かせずに済む。

 私は、もう絵もかけない、声も出ない。物をつかむことだってできないんだ。当たり前だ、つかむためのうでは骨しかなく、喉は引き裂かれたた声帯が空虚な吐息を流すだけだ。なにか残っているなら伝えたかった。私は幸せだと、あなたに愛してもらっているだけで誰よりも幸せだと。手も、声もないから地面をなぞって伝えようと何度も地面に文字を書く。なのに、伝わってなどいなかっただろう。日に日に母はやつれた。全てを失った私が笑うのを見てやつれていった。こんなにも幸せだというのになんで伝わらないのだろうか。

 やがて、残された骨が原因で両腕の傷口が膿み壊死して行った。母はとうとう狂ってしまった。私に一言。

「お母さんもう疲れちゃった……。ごめんね……。」

 そう言い残すと、街で一番高い尖塔の上に私を連れて行き私を抱きしめて飛び降りた。

 一緒に死ねるのならそれでもいいと、そう思った。だから一緒に、怖かったけど足を踏み出した。数秒の後に訪れたのは地面に激突する轟音と足の骨が砕ける激痛。頭蓋の一部も砕け視神経が全て崩れ去る。なのになぜだろう、全く意識が遠のいていかないんだ。近くで冷たくなっていく母を感じるのに、私に覆いかぶさった母の骸を感じるのに意識だけははっきりして真っ暗な世界で粉々になった全身が発する激痛に慣れていく。あまりに苛烈な痛みだから、ほかの何もかもを感じなくなっていく。

 どれほど時間が経っただろうか。光を失った目に、何が映る訳もなく。粉々の四肢に感覚などあるはずもなく、ただ空虚な時間だけが過ぎていく。私は全てを奪われるために生まれたのだ。そう思った。気が狂いそうだなんて頭の中で何度も半鐘する。まるで狂っていないとでも思っているかのように。狂気など既に感じない。やけにはっきりとしたまま、徐々に心が虚ろに帰っていく。死とは程遠い勢いでゆっくりゆっくりと。

 止まっていたはずの鼓動が再び動き出す。初めは心臓の音だけが耳に届く。やがて何かの音が聞こえ、それはやがて声になる。私は、これでなおもずっと死ぬことができなかったんだ。とんだ化物だ。本当に魔女だ、私は魔女だ。生まれてなんてこなければ良かった。そう思った。

 霧が晴れていくように音は徐々に鮮明さを増して行く。その声は確かに私に向かって言っていたんだ。

「やっと見つけた……。もう二度と一人になどしない。」

 視覚が戻っていく。見下げると生き物とは思えない異形が映る。これが私の体なのがわかってしまう。肉は腐り、まるで泥の塊のようだ。その中でかすかに鼓動するむき出しの心臓とそれを包む骨が見える。

「触るぞ、再生がまだ済んでいない……。」

 声のするほうを見ると男が一人。それから伸びてくる手はまるでかつての父の手のように慈しみを持って私の腐りきった肉体をすくい上げる。

「さぁ、喰らえ。私の肉をやろう。」

 それは詠唱のようでありつつ、私を縛る命令のような魔法の言葉だった。魔術とはこういうものを言うのだ。かつての私など可愛いものだ、今のあり方に比べたら。こんなにも抗えず、動かぬはずの体を動かしてしまうものこそ魔術なのだ。私の腐りきった粉々の四肢は今やこの男に食らいついているのだから。

 そして、男は私の腐りきった体に喰らいつく。まるでいつか見た神の紋章のようだ。二匹の大蛇が喰らい喰らわれ永遠の輪環になる。それはかつて私が書いた絵、魔女の遺作、ウロボロスの輪環のようだ。

 やがて、腐った肉は完全でないまでもほとんどが元のように戻る。ぎゃくに五体満足だった男は体の所々が腐っている。私は右目と左腕が、男は右腕に少しと左目のあたりの肉が腐っている。それを見て、思わず私は口を離した。

「なぜやめたのだ?」

 声などでないと思っていた、でも一度口を開けば声が出た。出てしまった。失っていた声が、掻き壊した声帯が帰ってきたのだ。かつての、私の声が。

「あ……な……た……が……。」

 まだうまくしゃべれない。それでもかつての声だ。伝える声がある、伝える腕がある。嬉しかった、同時に悔しかった。母に伝えられなかった。幸せだったと伝えられなかった。そこには、葬られることなく路端に転がる母の骨があった。

「泣いているのか……? 悲しかったか?」

 違う。

「あ……与え……。」

 あなたが与えてくれたんだ、私が奪われたものすべてを。あなたによって私は再び伝えることが出来るんだ。そう伝えたかった。

「かつてお前が我に与えたものだ。おかげで再びお前に与えることができた。」

 伝わっていたんだ、そう思うと涙が止まらなかった。やがて、声は嗚咽へと変わりそれは再び私に声が戻ったことを実感させた。

「嬉しかったか……?」

 尋ねる男の声に私はがむしゃらに全力でうなづいた。

「そのままでは良くない。見繕っておいた、着るといい。」

 渡されたのは深いフードのついた服だった。未だ腐った右目を隠せるものだった。気づけば私は裸だ、少し恥ずかしいな、もしも彼がこのさっきまで腐っていた体に魅力を感じているのであればだが。

「さっさと着ろ。」

 その少し怒声を孕んだ声が嬉しかった。

 着替え終わると、私の体と一緒に散乱していた母の骨がなくなっている。代わりに男が差し出したのはきれいな布にくるまれた骨だった。きっと母の骨だ。

「全部かはわからない。集めておいた。後で墓を作ろう……。」

 そう言って渡された。今日はダメだ、また泣いてしまう。感覚なんてずっと忘れていたからそのせいだ。涙が止まらないんだ。

「遅くなって済まなかった……。もう離さない。」

 男はそう言って私を抱き寄せた。男の背は高くまるで私が子供のようだ、頭ひとつは背が違う。

 私の体だって腐っている、気にすることはないのに。彼は腐った手が私に当たらないように、左手だけで私の頭をそっと支えてくれた。いつまでも私が泣き止むまで。

「な……ま……え……?」

 しかし、歯がゆいな。まだうまく言葉が紡げない。

「クロノス。お前がくれた名前だ。お前とは別のお前が。」

 難解だった、私とは違う私とは何かわからなかった。私には、彼に名前を与えた記憶などない。今はただ読んでみよう。敬愛し、溺愛し、恋慕するかのお方の名前を。彼の名を。

「ク……ロ……ノ……ス……さ……ま……。」

 呼ぶと、彼は嬉しそうに、少し寂しそうに私の頭を撫でてくれた。その手は私に差し伸べてくれた手だ、泥のような私をすくい上げてくれた手だ。

 ふと思ってしまった、私にしたように母の骸を蘇らせることはできないだろうか。

「お……か……さ……む……り……?」

 不敬だと思った。良くないと思った。

「すまない……。あれは、我とお前だからできるのだ。」

 きっと、私はおかしかったんだ。きっと私は死んでいなかったんだ。きっと私の番の蛇はクロノス様なのだ。そう思うと嬉しかった。全く、良くないことばかり考えてしまう。

「さて、行くぞ……。」

 そう言ってクロノス様は歩き出した。何処へ行くかも告げないまま、それでも私はクロノス様について行こう。与えてもらったその瞬間から私の全てはクロノス様のものでありたいとそう願うからこそ私は彼に永遠に付き従おう、クロノス様が私を棄てるその時まで。

 それから私は、クロノス様の後ろを歩き続けた。街の中も、どこだって構わず。街を歩くのは怖かった、私から全てを奪ったこの国を歩くのは怖かった。しかし、不思議と昔ほど怖くはない。奪われれば、クロノス様はまた私に与えてくれる。奪われぬよう、私を守ってくれるだろう。そんな根拠のない自身が私の足を動かした。与えてもらえずとも構わない、彼のためならどこへでも行こう。

「もう少し近くを歩け。我が手の届くところを歩け。」

 言われるがまま私はクロノス様に歩み寄る。

「それで良い、お前は我が隣に在れば良い。」

 それは、まるで覇王のような風格を漂わせる彼とは裏腹にまるで願いのように私の心に届く。恋う私は乞われては焦がれてしまう。故に、きっと笑みを浮かべ御身のとなりを歩み続ける。

「歩むだけは退屈だ、話を聞くがいい。我を教えよう、お前自身を教えよう。」

 クロノス様は唐突に語りだした。

「我は、第三の神ウロボロスにより神託を授かった勇者であった。勇者ならば魔王と呼ばれるものを打倒し平穏をもたらすものだと思っていた。」

 違っていたのだろうか。私はそんな疑問に苛まれた。そして、それをクロノス様はわかっていた。まるで私の全てを知っているかのように。

「違ったのだ。魔王を打倒し、そして平穏が訪れれば人はまた魔王を産み落とす。ならば、打ち倒すだけ無駄なことだった。」

 まだ魔王が打倒された歴史を私は知らない。

「与太話だな。まだ魔王が打倒されたことなど無い。打倒されることなどないのだ。」

 それは、まるで独り言のようだった。

 遠くから群衆の声が聞こえる。怨嗟に満ちた半狂乱の笑い声だ。

「見るがいい! これが魔女だ! 火に焼かれる恐怖に無様にも涙を流し命を乞うこれこそが矮小なるそれらの正体だ! 火をくべよ! 魔女を焼き尽くせ!」

 思わず目をそらした。私もあのようになっていたかもしれない。私も火に焼かれ灰になっていたのかもしれない。そう思うと恐ろしくて仕方が無かった。

 火に焼かれようとする女に、ついつい自らを重ねて私は懇願しそうになる。彼女を助けてくださいと願いたくなる。

「今、我が助けてもどうにもならぬ。それに、あの女は死なない。」

 直後に黒い影が視界をよぎる。それは一直線に魔女の磔刑に向かっていく。

「あれが、我がこの手で殺した魔王だ。迫害される者たちを愛する魔女の王だ。」

 一瞬燃え上がった炎をその影は振り払うと、磔刑の中から魔女と呼ばれた女を抱えてどこかへと姿を消していく。それだけで、私までも救われた気になったんだ。

ヒロインは腐女子(物理)、そして重め。

ヒロインの視点で描かれていますが彼女は主人公と対になる存在です。


※補足解説

・魔女と魔法使い

 魔法とは、後天的に得る世界に対する理解による力。それらは即座に効果を表し維持されることなく短時間で消える。それらを扱うものを魔法使いと呼んだ。

 魔術とは、先天的に得る改変する才能である。それらは、永遠に維持され続け対象を大きく変えてしまうだろう。それらを扱うものを魔女、呪師と呼んだ。

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