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相成る二重の円環

 結論から言おう、彼は幾度となくこの世界を見てきたのだろう。彼が発した言葉はそれを物語っている。

「貴様等はいつだってそうだ! 眼前に囚われ世界を見ることなど無い。」

 一体、彼は何を見たというのだろう。運命を司る第三の神、ウロボロスによって勇者の加護を受けた彼は何故今、魔王と呼ばれているのだろう。

「ならば眠るが良い。久遠の狭間にて、我と同じ夢を見続けよ! 祖なる者のように! あの時のように。」

 答えなら出ていた、彼が私の名を呼んだ時から分かっていた。彼は萎えた私の体に布を被せ、肉無き四肢を魔法で癒し、腐った心という臓器に瀝青を塗ってくれた。

「終わった……。これでこの世界も終わってしまう。朽ちてしまう……。何か私に出来ることはないか?」

 彼が殺した勇者は祖なるもの。第一の神ヤハウエの神託を受けた最輝の勇者であった。故にヤハウエはこの世界を手放した。創造を司るヤハウエの力なき世界は腐敗し、朽ちては崩れていく。この世界に新たなる命は芽吹かず、何れは生も死も無き静寂が訪れるのみ。

「望むことなどございません。私は御側に在るだけで幸せにございます。それ以上、何も思い当たりません。」

 良薬は口に苦し、確かに体に効く薬は苦いものなのかも知れない。

「ならば、もっと側に、私のこの(かいな)の届くところに。決して離れぬ、決して離さぬ。私が孤独を感じぬよう私を癒し続けろ。この世界の終りまで。」

 されど心に効く良薬ならば全身を持って甘美と感じるものなのだろうか。その言葉は少しの苦味もなく、私の心を癒してくれる。彼の抱擁はとても甘いのだ、味覚など失った舌にのどが渇くほどの甘味を与え、潤いを失った喉に冷たい水を流し込むような。それでも、腐りきった心は煮えたぎり熱など失った体は熱く火照る。

「御身が汚れてしまいます。私にとって最も清き貴方を汚すことなどできません。」

 それでも、理はその熱を拒んでしまう。心は求めていても、頭は拒んでしまう。ならばどうか、無理にでも求めて欲しい。離れゆくこの心を轡で引き止め、貴方がくれた四肢に枷をはめて無理にでももう一度、この心が腐り落ぬよう瀝青を塗って欲しい。貴方のその両腕で。

「もとより穢れしこの命。ならば、構いはしない。さあ、終わりにお前を感じさせてくれ。」

 意地悪なお方。心の轡は握っても、体を自由に遊ばせて、縛っては下さらない、命じては下さらない。なら私は私の意思で貴方を穢そう。貴方の願いを、私の禁忌を聞き届けよう。初めてあなたに触れよう。

 轟音とともに彼の荒城は崩れゆく、彼とともに、私とともに、この世界とともに崩れゆく。ならば私も枷を貴方にはめよう。我が儘でも、構わないだろう。生まれてから死ぬまで、世界は私の周りにしか存在しないように思えるのだ。そうであるのなら、最期の時に主役になって精一杯の我儘を叶えよう。あなたの腕の中で消えてゆきたい。

ウロボロスは二匹ひと組の蛇がお互いの尾を相喰み続ける。それは再生や、不死の象徴たる不気味な怪物である。

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