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掌編・つつじの街

作者: ルジェニ


つつじ、つつじ、つつじ・・・

ツツジの花言葉は、よっつ。白いのが「初恋」、赤いのが「恋の喜び」。ツツジ全般は「節度」と「慎み」。うーん、初恋をして恋の喜びを感じたのもつかのま、節度と慎みを持て、なんて言われちゃうのか。なんかダルイな。いや、それまで節度と慎みの中で生きてきた人間が、すてきな人にめぐり合って初恋、そして恋の喜びに目覚める、ってのもアリか。うん、そっちのほうがいいかも。ドラマのあらすじにありがちだ。でも、ちょっと陳腐かな。おまけに、こんなのいまどき流行らない。


ぼくはここ20年、つつじのために働いてきた。もちろん、「初恋」経験済みだし、大人として適度な「節度」と「慎み」だって持っているつもり。「恋の喜び」も知ってる。そのあとにやってくる悔しさといらだちも。ぼくの主な仕事内容は、つつじを守ること。堅い言葉で言うと、「ツツジ類全般の権利保全」。家の生垣、道路の片隅、その他街の区画のあちらこちらで、不当な扱いを受けているつつじの木が、本来木として与えられるべき権利を享受することなく、ただ座っている。ぼくは毎朝、役所で貰う資料に基づいて、こうした「守るべきツツジ」の元へ足を運んで、直に話を聞いてまわる。つつじの「権利保全」がここ何十年も完了していないのは、隣街からやってくるトケイソウに権利を阻害されているから。人間さまからしたら、そんなこと、って思うかもしれないけど、このご時世、植物の権利が保証されないことには世の中が回らないから仕方がない。


「あの、市役所のものです。どうもこんにちは」

ぼくはしゃがむ。閑静な住宅外のつつじの垣根。僕より背の低いつつじたち。うるさいつつじは立ったまま上から話すと怒るから。

「はい?私ですか?」

答えるつつじは左から2番目。僕が会いたいのは3番目だ。

「いえ、そのお隣の。もう一つ左の。」

言ってしまってから、自分の間違いに気づく。

「ひとつ?あんた、つつじなめてんのォ?一本、と言いなさいよ!」このつつじは「うるさい」方。

「申し訳ございません。もう一本、お隣の方。」

「これだからお役所のアンちゃんはね!あたしゃ嫌いよ。ね、あんた、呼んでるよ!」

「んあ、ああ、ワシか」

「どうもこんにちは。市役所のものです。ツツジの権利調査に参ったのですが。」「ああ?ああ。アンちゃん、大丈夫だよワシゃ。お日様もたくさん浴びちょる。ただ、最近ちいと根元がウズウズしてな。」

「それです。まさに。その調査で参ったのです。ちょっと、お根元よろしいですか?」

樹齢40年目にはなるいい太さの「お根元」を失礼する。案の定小さな別の植物の芽がすぐ近くに。これがトケイソウ。嘘みたいな話だけど、隣街の建物の垣根、生垣にはつつじではなくトケイソウが使われているそうだ。区画が密集しているから、家の前にどっしり木を置くよりも、壁にニュルニュルと這わせるほうがいいとか。ほかにも壁を這う植物はいっぱいあるのに、わざわざトケイソウにしたのは、なんでだろう。それは隣街のセンス。ぼくの関知できるところではない。それはともかく、こいつはツツジの近くに根を下ろすと、そのツルでもって幹に巻きついて、つつじの栄養を奪いながら成長する。最終的につつじを枯らしてしまうケースも多々あるものだから大変厄介だ。

「大変申し上げにくいのですが、トケイソウに寄生されていらっしゃいます。」


「やだっ!あんた!だから根元には気をつけろっていっつも言ってるでしょ!」とさっきのうるさいの。

「おいおい!勘弁してくれよ!俺の根元にもいるんじゃないか?」と、一番奥の。

「市政はどうなってるんだ!さっさと隣街のトケイソウを駆逐したまえ!」これは向かいの家のつつじ。

あたりはつつじの罵声、怒号でいっぱいに。大きな声じゃ言えないけど、住宅街にまわされるつつじの育ちは、概して悪い。いちばんゆっくり驚きを示したのは当の本人で

「ありゃあ、生えたかあ。」とのんきなもの。助かった。


「すぐ、お取りしますので、いましばらくお待ちください。」

手さげかばんのシャベルと携帯植木鉢を取り出して、丁寧に、根に傷がいかないように、小さなトケイソウを取り除く。そして、根元から土をいただくことは植物に対する最大の冒涜にあたるので、最新の注意を払ってトケイソウの方の土を払い、完璧にもとのように戻す。トケイソウの根元から土を奪ったのは、これも確かに冒涜だけど、まだ小さい根だから、セーフ。もとより不法侵入だし。


こうして役所まで持ち帰ったトケイソウは、早急に隣街に強制送還しなければならない。でも、ぼくの仕事は、不法移苗管理局に苗を届けておわり。そこから担当が変わって、毎日、数十苗が隣街に送還される。トケイソウのワタは種を積み、風に乗って、街境を越えてくる。人は、もうずっと、街境を越えたことがない。街の誰ひとり、なんで隣の街に行ってはならないのか、ということさえ知らない。わかるのは、ただもう、行ってはならないし、向こうから誰かが来てもならない、ということだけ。

隣街の人間は、みな高慢で、鼻持ちのならない連中だと、別の部署の友人は言うけれど、僕は知らない。生まれてこのかた、あの街の人に会ったことはないから。会った人がそういうんだから、たぶんそうなんだろう、と思うだけ。でも、どうだろう。もし、高慢で鼻持ちならないのが役所の人間だけで、隣街にもちゃんといい人がいたなら。街中ぜんぶがわるいやつらなわけがないじゃないか。もし、隣街の、トケイソウの生垣の家に住む誰かが、ぼくみたいに隣の街に思いを馳せていたなら。もし、その誰かとぼくが知り合えて、お互いに好感を持てて、二人だけでいろんなところにいっていろんなことを経験できたなら・・・・・・。


トケイソウみたいにぼくにワタがあるんだったら、飛んでいけただろう。きっと誰かの家のトケイソウの生垣に落っこちて、根を張ってつつじになるだろう。つつじはツルでトケイソウを枯らしたりしないから、ずっと生えたままにしておいてはもらえないだろうか。でもスペースがないから根をはれないのかな。誰かに見つかったなら引っこ抜かれて強制送還されるんだろうか。もし隣街の連中が、噂通りのわるいやつらだったら、切られて殺されてしまうだろうけど。


たぶん考えたって、一生あの街には行けないんだろうけど、まだ見ぬ世界に思いを馳せるのは悪くないと思う。なによりこの手の空想は単調な毎日を忘れさせてくれる。昨日と今日があったように、明日も明後日もやってくる。光も、風も、全ては、同様に。トケイソウのワタを乗せて。


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