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あの頃のあなた  作者: yui
9/15

*家庭科室


美術室の窓から水のみ場に向けていた視線を外して、美術室を出る。

階段を登りもときた道をたどる。本館に戻っててきとうに廊下を歩いていると、なにやら楽しそうな声と、美味しそうな甘い匂い。でどころをたどると、"家庭科室"と書かれた扉に行きついた。そーっと覗くと、料理部らしき女の子達がパウンドケーキを焼いて、試食しているところだった。

家庭科室は、7年前と全然変わってなくて、調理台が8つ並んでいる。ドアの目の前にある調理台には、今は誰もいない。

けれど7年前、わたしはこの場所から、斜め前の調理台にいる祐輝が気になってしょうがなくて、もやもやした心を抱えながら、何度も見つめたんだ。



それは、人生初のやきもち。




***




〜中2 春〜



運動会が終わり、5月ももうすぐ終わりそうだ。

眩しい朝日に目を細めながらも、1年で一番過ごしやすいこの時期に、少しうきうきしながら校門を通る。

「おはよ! 柚菜」

下駄箱で美奈と一緒になった。

「おはよ〜」

「数学の宿題やったー?」

「やったけど、わけわかんない」

「わたしもー! 中間テストやばいなあ」

美奈と他愛のない話をしながら、教室に向かって歩いていると、「おっす」と肩を叩かれ、隼人がわたしたちを追いこしていった。隼人に返事をしようとしたら、「おはよう」と今度は違う声。その声に、慌ててぱっと振り向くと、笑顔の小山くんと目が合った。

わたしに言ってくれてるんだよね……?

「お、おはよ」

またドキドキが始まって、"おはよ"のたった3文字を言うだけなのにつまってしまった。どんどん鼓動が加速するわたしの横をすり抜けて、小山くんは隼人の横に並び、2人は階段を1段飛ばしで登っていく。


運動会の日に、小山くんへの想いを気づいてしまってから、以前にも増して、小山くんと目が合うだけで心臓がドキドキする。運動会の日以来、小山くんはたまにこうやって話しかけてくれるんだけど、緊張しすぎて、挨拶程度で終わってしまう。わたしからはなしかけるなんてできなくて、というか、見ているだけで精一杯。いつのまにこんなに好きになっちゃったんだろうと自分に呆れてしまう。こんなんでこの恋心をどうすればいいのか、と思いながら、ため息が出た。




***




3、4時間目は家庭科で、今日は調理実習。

家庭科室に着くと、ホワイトボードに調理実習の班分けが貼ってあった。どきどきしながらホワイトボードに向かう。

クラス発表でもそんな緊張しなかったのに、たかが調理実習の班分けにこんなにもどきどきする。その理由なんて簡単で、一緒になりたいって思う人がいて、ちょっぴり、ううん、内心すごく期待しちゃうから。

平静を装って、でも心の中では祈るような気持ちで、班分けの表を見る。3班のところに、自分の名前より先に"小山祐輝"の名前を見つける。そして、同じ欄にわたしの名前はなくて、ずーっと下の8班の欄に"川村柚菜"とあった。

期待してしまった分、心が一気に萎む。3班の欄をもう一度見てもわたしの名前はやっぱりなくて、代わりに"白石美紅"という名前を見つけて、今度は胸がもやもやした。

白石さんってたしか、運動会のときに小山くんのこと応援してた。すごいふんわりしたかわいい女の子。




***




班ごとに調理台を囲んで座って、プリントを見ながら先生の説明を聞く。

斜め前の調理台には、小山くんと、その隣に美紅ちゃん。美紅ちゃんが何か小山くんに話しかけて、小山くんが美紅ちゃんに笑いかけた。その姿を見て、今度は胸がもやもやするどころじゃなくて、ぎゅうって締め付けられる。もしかしてこれって……やきもち?

いやだわたし、小山くんの彼女でもなんでもないのに、こんなことでやきもちやくなんて。柚菜、小山くんから目を離して。離さなきゃ。心の声はそういうのに、それでも、見たくないのにどうしても見てしまう。こんなことなら、小山くんたちに背を向けられる向かい側の席に座ればよかったなとさえ思う。

せーのと心の中で唱えて視線を無理矢理ずらしても、視界の端に無理矢理入り込んでくる、2人の仲むつまじい姿。胸が苦しい。やきもちなんて初めてで、対処法なんてわからない。わたしどうしたら……


「川村、シャーペン貸してくんない?」

隣の席の本郷くんがそう言ってくれたのは、そんな時だった。

「え?」

頭の中でごちゃごちゃ考えていたわたしは、突然、あんまり喋ったこともない本郷くんに声をかけられて、なにを言われたか分からないくらい動揺してしまった。

「シャーペン、貸してほしいんだけど。筆箱教室に置いてきちゃった」

「……あ、シャーペン! はい、これでいい?」

「お、さんきゅ。てかさ、プリント全然埋めてないけど大丈夫?」

本郷くんが苦笑しながらわたしのプリントを覗き込んだ。

「え? ……あ!」

「あ、ちなみに俺もシャーペンなくて埋めてないから写させてあげられないよ」「わかってるよ」

わたしも苦笑しながら返す。

「あ、でもねーここはみじん切り」

「ん? たまねぎを……ってこれくらいわたしだって分かるよ」

「なんだよ、人が親切に教えてやったのに」

山田くんは拗ねたように、でもちょっと笑いが残った顔でそっぽを向く。

「ごめんごめん」

「しゃーないなあ。菊地、見して?」

本郷くんが向かいに座る菊地くんのプリントを借りてくれて、2人で急いで写す。小山くんが勝手に菊地くんのプリントに落書きしたりして、菊地くんが怒る。そんなことが、なんだかすごい楽しくて、気付いたら説明は終わってて、皆立ち上がって班ごとにエプロンを着て、準備しはじめていた。

小山くんのいる調理台をみると、すごくかわいい白いエプロンを付けた美紅ちゃんと、また楽しそうに話してて、胸がぎゅうってなる。でも、本郷くんが声をかけてくれてから、説明が終わるまで、わたし1回も小山くんの方見なかった。ちょっとだけ心の中で、本郷くんに感謝した。




***




「柚菜〜!このお皿しまってきてー」「あ、柚菜これも!」

「う、うん、わかった」

やっぱり名前で呼ばれるのってなれないなあ。お皿を運びながらそう思う。

さっき食べている時に、蒼太くんの提案で、名前で呼ぼうってなって、この通り柚菜って呼ばれている。

調理実習は、蒼太くんのお陰で班の子みんなとなかよくなれて、5人でわいわい作り、おいしく食べた。

わたしは人見知りだから、中1の時から男の子の友達なんてあんまりできなくて、心置きなく話せるのは美奈の幼馴染みだった隼人くらいしかいなかった。だから、一気にこんなに友達ができて、なんだか信じられない。なんだか嬉しいな。

そんなこと考えながら、

食器棚にお皿をしまっていると、「柚菜」と後ろから声がした。胸がとくんと鳴る。やっぱり、彼に呼ばれるのは蒼太くんたちとどきどきがちょっと、ううん、全然違う。

「ハンバーグ、うまくいった?」

振り返ると笑顔の小山くんが、お皿を持って立っていた。

「う、うん」

わたし、顔赤くなってないかな、大丈夫かな。

「そっか。俺のとこは、俺がちょっとこがしちゃってさ」

「え!? 小山くん料理できそうなのに」

「だめ、やっぱ俺は体育しかだめだ」

ちょっと肩を落として落ち込む小山くんがなんだかかわいくてつい笑ってしまう。でも、励まそうと思って口を開いた時、小山くんのうしろから別の声がした。

「ほんとだよ〜わたしも祐輝くん料理できると思った」

うしろからひょこっと顔を出したのは、美紅ちゃん。

「悪かったな、できなくて。美紅のお陰でなんとかなって助かったよ。さすが料理部だな」

小山くんの言葉に、頬をピンク色に染める美紅ちゃん。

「ありがとう。あ、今度料理部遊びに来てよ! 試食できるよきっと」

「まじで?いいなそれ」

祐輝くん、美紅。呼び方まで変わっている。美紅ちゃんすごく嬉しそう。

小山くんがわたしのこと下の名前で呼んでくれることすごく嬉しかったのに、わたしだけじゃないんだ。そりゃそうだよね。

すごく仲良さそうな2人を目の前にして、どきどきしてた心臓は今度は締め付けられるように苦しい。どうしよう……

そんな時、助けてくれたのはまた同じ声だった。

「柚菜なにやってんだよーお皿たまってんぞ!」

蒼太くんが調理台から大声でわたしを呼んだ。

「ごめん!」

そう返しながら、2人のもとを去る。

ありがとう蒼太くん。また助けられちゃったよ。




***




ぼんやり見つめていた食器棚から目を離し、パウンドケーキのいい匂いのする家庭科室の扉を閉める。

蒼太……元気かな? 蒼太にはたくさん心配かけちゃったな。祐輝のことで辛かったときいつも助けてくれた蒼太。


恋って、どうしてすんなりいかないのかな。

神様、いじわるだよ。

何度そう思ったことだろう。



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