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あの頃のあなた  作者: yui
8/15

*運動会2


すぐに立ち上がって本郷くんにバトンをわたしたときには、赤色のゼッケンだけでなく、黄色と白ゼッケンも前を走りはじめていて、3組は一気に4位になってしまった。開いてしまった差を縮めるのは難しくて、結局1組が1位、3組は4位だった。この時点で3組の優勝の可能性はなくなって、3組のクラス席はさっきまでの盛り上がりは一転して、静かになる。

小山くんがバトンを渡してからもずっと、立ち上がったまま、小山くんを見つめる。顔を歪めて、涙を堪えているような、そんな気がした。本郷くんが小山くんの肩に手をおき、他の選手も周りを囲んだ。小山くんの表情は見えなくて、もう3年生のレースに向けて盛り上がり始めていたけど、「柚菜……?」という美奈の声にも応えずに、わたしは立ち上がったまま、小山くんの背中をただ見つめていた。




***




運動会が終わった校庭はなんだか寂しい。

土の校庭に先生が水を撒いている。朝、小山くんたちが引いていた白線も、もうほとんど見えない。


中3のリレーは薮先輩の1組が1位になり、3組は2位。運動会は結局、1組が1位、3組は2位だった。

あの時の小山くんの辛そうな顔を思い出して、胸がぎゅうって締め付けられる。


「柚菜着替えないの?」

美奈が隣にきて、同じようにベランダの手すりによりかかる。

「着替える」

そう答えながらも、動くことができなかった。

「残念だったね」

「……うん」

それから2人で校庭を見つめた。なにも言わなくてもいい雰囲気が、そこにはあった。


「柚菜行こ?」

しばらくして美奈の言葉に押されて、校庭から目を反らして、教室の中に戻る。

更衣室に向かいながら、水のみ場のところにタオルを忘れたことを思い出して、美奈に先に更衣室に行っててもらって、別館の前の水のみ場に走った。




***




校庭に戻る。

目を閉じると、小山くんの走る眩しい姿が、悔しそうに顔を歪ませた表情が、瞼の裏に浮かんで、胸がすごくすごく苦しい。なんか、涙が出そう。でも、わたし何に対して涙が出そうなんだろう。どうしてこんなにも胸が苦しいんだろう。

目を開けて、水のみ場に向かう。


水のみ場が見えるとこまでくると、水のみ場の前のひさしの下で、床に体育座りして、顔を埋めている人がいた。顔は見えないけど、誰かなんてすぐわかった。まだ青いゼッケンを着たままの彼に、ゆっくり近づいて、すこし間を開けて、隣に同じようにそっと座る。ちらっとこっちを見た気がしたけど、目があったらどうすればいいのかわからなくて、前だけ見つめた。


彼は慌てたように、腕で目のあたりを擦った。

……泣いてたの?


「……あー俺かっこわる!」

沈黙のあと、小山くんが顔を上げてすこし声を張り上げて言った。

「あんなとこで転ぶなんて、ほんとだっさいよなー」無理してるって声でわかるよ。

「優勝、できるとおもったんだけどなあ」

無理して明るく振る舞っている声に、胸がぎゅうってなって、気付いたら呟いていた。


「……かっこよかったよ」

「え?」


胸がいっぱいで、想いが溢れるのを止められなかった。

「すごく……すごくかっこよかった。……だから」


元気だして。1人で泣かないで。だって、少なくともわたしは、小山くんの姿にこんなにも胸が熱くなったんだよ。

でも、うまく言葉が出てこない。もどかしい。


「……ありがとう」

小さく呟いた小山くんの声には、涙声が混じっていた。小さく肩を振るわせる小山くんに、わたしはただ隣に座っていることしかできなかった。


夕焼けが、グラウンドと一緒に2人を包み込む。


……わたし小山くんのこと、好きだ。


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