*運動会1
〜中2春〜
「晴れてよかったねー!」
教室のベランダで青の鉢巻きを結びながら体操着を着た美奈が言う。見上げれば、雲1つない青空。
「うん! 運動会日和!」
わたしも髪をポニーテールにしながら言う。
今日は運動会。
開会式もまだなのに、校舎中、生徒たちの熱気と興奮で包まれる。
「あー! 薮先輩だ!」
美奈が校庭を見下ろして叫ぶ。
「え?」
美奈の視線の先を見ると、薮先輩がグラウンドに線引きをしていた。
「そうだ! サッカー部と野球部は線引きするんだ! わたしとしたことが……もっと早く気づくべきだったー」
と嘆く美奈の言葉に心臓が少しとくんと鳴る。
サッカー部ってことは……
校庭を見回すと、いた……!その姿を見て、心臓がさっきよりも強くとくんと鳴った。
小山くんは、もう青い鉢巻きを締めて、同じサッカー部の、確か本郷くんとかいう男の子と、線引きをしながら楽しそうに走って競争していた。
「今日もかっこいいなあ〜薮先輩っ」
「うん、そうだね」
美奈の言葉に頷きながらも、わたしの視線は小山くんから動くことはなかった。
***
運動会は順調に進み、もう昼休み。
薮先輩のリレー姿を1番良い場所で見るために場所取りをするっていう美奈に急かされながら教室でお弁当を食べて、昼休み終了の20分も前に教室を出る。
「美奈さ、場所取りなんてどうやってやるの? クラスごとに座る場所は決まってるんだよ?」
「なに言ってんの柚菜! クラスの場所の1列目を確保するの!」
「大丈夫だって! そんな意気込んでるの、美奈くらいだから」
「え? 柚菜も見たいでしょ?」
なに言ってんのといった顔で美奈が振り返る。
「え? あ、うん、まあそうだけど……」
そう答えながら思う。最近、薮先輩のこと、そんなに見たいとか思わないなあって。
「それに!」
美奈が頬を膨らませて言う。
「隼人目当ての女子もいるし」
「え? 隼人?」
「そう!本郷くんや小山ならまだしもなんで隼人のリレー姿まで近くで見たいって女子がいるのか理解に苦しむ」
え、今小山って……言った?
わたしの胸のざわめきは、階段の下からの大声にかきけされた。
「なーにが理解に苦しむって?」
そう言いながら階段をかけ上ってきたのは、隼人。そしてそのうしろには小山くんがいた。2人とももう代表選手の青いゼッケンを着ていた。
「で、なにがが理解に苦しむって?」
隼人が美奈の前に立って言う。
「隼人のために席取りなんて理解に苦しむって言ったの!」
「なんだとー!? お前、あとで俺の走る姿に惚れてもしらねーぞ」
「そんなことあるわけないでしょ!」
また美奈と隼人のいいあいが始まった。小山くんをちらっと見ると、目が合って、やれやれといった感じで笑いかけてくれた。わたしも笑い返すと、小山くんが隼人の後ろから、こっちに近づいてきてくれる。
実は、小山くんと2人で話すのは美術室の時以来で、鼓動が一気に速くなる。
「柚菜は玉入れだっけ?」
あ、また柚菜って呼んでくれた……! あの時だけかと思ってたから、すごくすごく嬉しい!
「うん、そうだよ。小山くんはリレーだよね。頑張ってね!」
ガッツポーズをして言うと、小山くんは一瞬びっくりした顔をした気がするけど、すぐにっこり笑って「おう。絶対勝つよ」と言った。でも、そこで会話は途切れちゃった。
どうしよう、なにか言わなきゃ……でも、胸がドキドキして、なに話せばいいのかわからない。小山くんをちらっとみると、体操着のズボンのポケットに手を突っ込んで、俯いてた。つまらないって思っちゃったかな……
なにか言わなきゃ、そう思えば思うほど焦って言葉が出てこない。
すると、小山くんが突然顔をあげた。
「あのさ……」
「柚菜行こう!もう隼人のせいで遅くなっちゃったじゃん!」
小山くんの言葉は美奈によって遮られてしまった。
「わるかったな!」
そう言う隼人にそっぽを向いて、美奈は階段を下りていく。
「あ、じゃあ頑張ってね」
何か言いかけた小山くんを気にしながらも、わたしはそう言って美奈のあとを追った。
***
玉入れや綱引き、騎馬戦も無事終わり、残る種目はクラス対抗リレーだけとなった。各学年、クラス対抗でリレーをする。今わたしたち3組は現在2位で、1組と50点差。リレーでうまくいけば、優勝を狙える。
わたしたちは無事1列目の席をゲットした。選手がグラウンドに入場してくる。
「3組勝てますように!」
「うん! あっ! 薮先輩だ! かっこいいー」
目の前を、赤色のゼッケンに、アンカーの印である赤色のたすきをかけた薮先輩が通る。たしかに、すごくかっこいい。でも、わたしの視線はそのうしろの方に並ぶ、中2の青組の列にすぐ動く。
小山くんは、中島くんとアンカーの本郷くんの間にいた。
「4番目なんだ」
つい呟く。
「え?なにが?」
「ううん、なんでもないよ」
わたしの呟きに反応した美奈に、慌ててごまかす。すると、わたしの視線に気づいたのか、隼人が手を振った。
「隼人のやつ、調子のっちゃってー」
と美奈が膨れっ面をすると、美奈の2席くらい隣に座っていた女の子たちが、
「ねえ! 隼人くん手振ってくれてる! かっこいいー!」
「蒼太くんと祐輝くんもこっち見てない?」
「ほんとだ! がんばって〜!」とか言うのが聞こえた。美奈は信じられないと言う顔でその子たちを見ると、「隼人が薮先輩にかなうわけないじゃんね!」とわたしをみていう。
「……うん」
美奈に返事しながらも、わたしは上の空で、もやもやする胸がなんだか重たい。
どうして? これから小山くんが走るんだよ?
ちらっと小山くんを見ると、グラウンドを見つめてて、なにかを決意したような緊張感のあるその横顔に、また心臓がとくんと鳴った。
***
中1は3組が1位で、1組が4位だった。1位40点2位30点3位20点4位10点なので、1組との差は20点になった。
「優勝できるかもね!」
「うん、隼人がんばって!」
美奈はさっきから薮先輩を忘れて、隼人のこと応援してて、なんだかおかしくなる。中3は薮先輩が1組にいることを考えると、負けられないレースだった。各クラスの盛大な声援の中、選手が円陣を組み、第一走者がスタートラインにつく。
""パーン""
スタートの合図が鳴り響き、レースが始まる。
3組はすごく速くて、でも1組も速くて、僅差で3組が1位、1組が2位のまま、小山くんまでバトンが回った。
「祐輝くーん! がんばってー!」
まわりの子が叫ぶなか、わたしは祈るように手を膝の上で組んで、走る小山くんを見つめた。
すごくかっこいい……!
いつも音楽室からしかみることの出来ない、小山くんが必死で走る姿。胸が熱くなって、息も出来ないくらい。目が離せなかった。
小山くんは1位をキープしたまま、バトンを渡すゾーンまで来た。1組の人も速くて、2人は相変わらず僅差だった。
小山くんが本郷くんにバトンを渡そうとした時、1組の子と少しぶつかったように見えて、次の瞬間、赤色のゼッケンがバトンゾーンを走り抜ける横で、隣にいたはずの青のゼッケンが、姿を消した。
「あ…!」
思わず立ち上がる。
小山くんは、バトンを渡す直前に、こけてしまった。