*渡り廊下
「懐かしいだろう、その写真」
森下先生の声に写真から顔をあげ、頷く。
「川村たちはもう大学生なのか。早いなあ」
嬉しそうに笑う先生に、わたしまで嬉しくなる。
「思い出話もしたいところだけど、まずは絵をとりに行くか。美術室にあるから、一緒に行こう」
「はい」
職員室を出て美術室に向かう。
美術室は、理科室や大家庭科室などと一緒に、別館にある。本館と別館は隣接されているが、3階にある渡り廊下からしか行くことができない。あとから別館を付け加えるように建てたからそうなったらしい。面倒だと不評の別館だが、音楽室もあるためわたしにとっては親しみ深い。
3階まで登り、渡り廊下を渡る。
別館が好きな理由は、この渡り廊下でもある。両側に窓が付いていて、光が差し込むこの空間はなんだか落ち着く。それに、ここからも校庭が見えるんだ。
「川村さん!」
ここを歩くと、祐輝の声が聞こえる気がする。
あの時の声が。
***
〜中2春〜
クラスで隠れんぼをしてから1週間が過ぎた。
教室では、いつものように小山くんは友達と教壇のあたりで喋ってる。
すごく楽しそう。
何話してるのかな……?
「柚菜? もーしもーしゆーなちゃーん?」
「あっ! 美奈! なに?」
「もうなにぼーっとしてんの。次、音楽だよ。移動しなきゃ」
苦笑しながら言う美奈。
「あ! そ、そうだね」
いけないいけない、またやっちゃった。
あれから、自分でも気づかないうちに、小山くんを探してて、気づいたら目で追っている。変なの。ストーカーみたいじゃん。ほんと、わたしどうしちゃったんだろう。
でも、知らなかった小山くんのことが、いっぱい分かった。
朝はいつもギリギリなこと。走ってくるのか、汗だくなんだよね。
国語の山本先生の授業で居眠りしてること。たまにかくんってなって驚いて起きるよね。
昼休みはすごい勢いで食べて外に行っちゃう。焼きそばパン、好きなのかな?
新しい小山くんを知るたびに、嬉しくなる。幸せな気持ちになる。
こんなの、初めてだよ……
***
少し遅刻ぎみで、美奈と2人で走って音楽室に向かう。
「間に合わないかも〜」
「やばいやばい!」
階段をかけおりて、渡り廊下を渡る。
その時、「川村さん!」と後ろから呼び止められた。
その声に、心臓がとくんと鳴る。
鼓動が速くなる心臓を抑えて振り向くと、やっぱり小山くんだった。
目があうと、さらに心臓が速くなった気がした。
「これ、落としたよ」
差し出された、わたしの楽譜。
「あ、ありがとう」
心臓が苦しいくらい煩くて、目もまともに見れずに受けとる。
なんだか顔が熱い。息も止まっちゃう。
「小山〜」
小山くんを呼ぶ声が聞こえて、小山くんは走って行ってしまった。
渡された楽譜を見る。また胸がきゅーんと締め付けられるような感覚。
「柚菜〜なにしてるの? まじで間に合わないって!」
遠くから聞こえる美奈の焦った声で我にかえり、音楽室に向かって走ったわたしの心臓は、まだいつもより速かった。
あの時はまだ、恋なんて知らなかったから、ドキドキの1つ1つが初めてだったんだ。