*ベランダ
斜め前の席から視線を逸らして窓から空を見ると、少し空が赤くなっている。席を立ち、ベランダのドアを開けて外にでて、昔よくしていたように、手すりに寄りかかって校庭を見下ろす。
サッカー部は今練習が終わったばかりのようで、練習着を着た男の子がぞろぞろと引き上げていく。
何度ここから校庭を見つめたんだろう。
***
〜中2 初夏〜
席替えをして、2週間が過ぎた。
小山くんと蒼太くんは仲がよくて、おかげで小山くんと話す機会が増えた。授業中、前よりも近くで小山くんをみることができる。居眠りの横顔とか、問題がわからなくてしかめっ面する横顔とか、時計を何度もみてだるそうにする横顔とか……今日も、つまらない数学の授業も小山くんが斜め前の席にいるだけで、楽しくなる。ノートを取りながら視界に入る小山くんの寝癖なのか、ちょっとはねた頭。
そしたら、わたしの消しゴムがころころ転がって、小山くんの足元までいって止まった。
「あ……」
わたしが声をかけるより先に、小山くんはすぐに気付いて消しゴムを拾い上げてわたしの方を振り向いた。ずっと横顔だった小山くんの正面からの顔に、鼓動が一気に速くなる。
「柚菜の?」
「う、うん」
「はい」
小山くんが消しゴムを、差し出したわたしの手のひらにぽんと置く。ちょっと触れた指先。肩が少しぴくんとなった。
「ありがとう」
「うん」
小山くんは何事もなかったかのように、またわたしに横顔を向けた。
消しゴムが乗った手のひらを見つめる。
小山くんに触れたのって、資料室ぶり……
ただほんのちょっと指先が触れただけなのにその感覚が忘れられなくて、胸の鼓動はチャイムが鳴るまで速いままだった。
***
放課後、職員室に呼ばれたと言う美奈を教室で待つ。開け放たれた窓から聞こえるホイッスルの音に、ついベランダのドアを開けて校庭を見下ろした。少し赤くなった空の下、いつものようにサッカー部が練習している。
わたしの特技……
あれ? 小山くんがいない。
もう一度校庭を見回しても、薮先輩や蒼太くんは見つかるのに、小山くんだけ見つけられない。
うそ……そんなはず……
「柚菜なにしてるの?」
探していた人の声が突然、近くで、後ろから聞こえた。あわてて振り返ると、練習着を着た小山くんが立っていた。
「小山くん……」
小山くんはベランダに出てきて、わたしの横に並んで校庭を見下ろした。小山くんがこんなに近くにいるのと、2人きりで話しているという事実に、心臓のどきどきという音が聞こえてしまいそうだった。同じように校庭を見下ろして、なにを話せばいいのか頭の中をぐるぐるさせていたわたしに次に聞こえた声は、わたしの思考を停止させた。
「……薮先輩?」
「……え?」
「知ってるよ。いつもこことか音楽室から薮先輩のこと見てるよね」
え……ちょっと待って……
「あ、俺着替え取りに着たんだった。戻らなきゃ。じゃーね」
小山くんはそう言うと、わたしが何も言えないでいるうちにベランダを出て、教室のドアが閉まる音がする。
小山くん、もしかしてわたしが薮先輩のこと好きだと思ってるの……?