*教室
家庭科室の横の階段を上る。4階まで上ると、なんだか懐かしい風景。長い廊下に、窓と扉。教室を1つ分過ぎると、2−3のプレート。窓から中を覗くと誰もいなくて、懐かしいがらっという音と共に扉開き、かつてのホームルームだった教室に入る。たちどまって見渡してしまうくらい、教室はそのままで、わたしはあの席に足を進まさずにはいられなかった。
ベランダ側の一番後ろの席。かたんと椅子を引いて、座ってみる。
「うわ、まだぴったり!」
7年も前に座っていた机は、高校大学とほとんど背が伸びなかったわたしには、残念なことにちょうどよかった。
机からふと顔をあげてみてしまうのは、やっぱり斜め前の席。黒板をみるふりをしてひそかに見つめたあの背中。突然振り返られたときのどきどき。斜め前の空席を見つめ、目を閉じると、蘇るあの頃の記憶。
***
「終わったー!」
1学期中間試験最後のテストの終わりを知らせるチャイムが鳴ると同時に、歓声に包まれる教室。
「柚菜、柚菜! 今日さ、帰りにぱーっとカラオケ行こ!」
試験監督の先生が出ていってすぐに美奈がわたしの席まで駆け寄る。
「うん!」
テストは嫌いだけど、テストが終わった瞬間は最高! それに、うちの学校はテスト最終日には……
「席、近いといいねー」
「うん。美奈とはいっつも離れちゃうもんね」
「ほんとだよー」
そう、席替えがある。ほんとは数学の試験なんかより、今日はそっちの方がずっと大事。
「よーし、席替えするからちゃっちゃと席つけ〜」
そう言って森下先生が教室に入ってくる。
神様! 小山くんと、隣になりたいです!!
***
「よーし、全員引いたな?じゃあくじを開いて荷物もって移動しろ〜」
ドキドキして紙を開くと、6番。ベランダ側の一番後ろか……
「柚菜〜どこだった?」
「ベランダ側のうしろ」
「え〜わたし廊下側から2列目」
「え〜また全然違うね」
「ほんと〜なんでだろうね」
「ほら騒いでないで早く移動しろ〜」
森下先生の声に、慌てて、でも恐る恐るベランダ側の席に向かう。
「あれ? 柚菜ちゃん6番? わたし前だよ!」
席につくまえにわたしを呼び止めたのは、美紅ちゃん。
「ほんとに? よろしくね」
美紅ちゃん前かあ。ちょっともやっとした胸を無視して応え、一緒に席に着く。まわりを見渡すと、男子は黒板の前で座席表をみようとかたまってて、そのかたまりがだんだん小さくなって席が埋まっていく。わたしの隣はまだ空席。小山くんはまだ黒板のとこ。すると小山くんがちらっとこっちを見て、荷物を持って近づいてくる。うそ、もしかして……隣!? だんだん鼓動が速くなる。でも、小山くんが立ち止まって椅子を引いたのは、わたしの隣の一つ前の席だった。
「え! 祐輝くん隣?」
すごく嬉しそうに小山くんに微笑みかける美紅ちゃん。
「うん、よろしく」
笑顔で返す小山くん。
今度は見ていられなくて、思わず目を伏せる。神様、たしかに小山くんとは近いけど、わざわざこんな席にしなくてもいいじゃない。さっきまでのどきどきは一転して、心がどんどんしぼんでいく。わたし耐えられるかな……これならいっそのこと、離れてればよかっ……
「柚菜隣じゃん」
突然頭の上から降ってきた弾んだ声に顔をあげると、笑顔の蒼太くん。
「あ、蒼太くん……」
「よろしくな!」
「う、うん」
蒼太くんは隣に座ると、色々な話をしてくれて、なんだかだんだん楽しくなってきた。悪くないかも、この席。蒼太くんは面白いし、小山くんだって近いことにはかわりない。そう思いながら、帰りのHR中、小山くんの背中を見つめた。