先輩は特異体質
先輩は特異体質の持ち主である。
超能力だったり、幽霊が見えるといったそういうポピュラーなものではない。きっと、こんな特異体質、俺の知る限りでは世界で初めてだ。もっとも、俺自身オカルトに対してそれほど明るい訳ではないのではっきりとは言えないが。
さて、その先輩がどういった特異体質かと言うと――
「青ヤギ君、そろそろ衣替えの時季よね。私の服が入ったボックス、一通り出しておいて」
「一通りって、先輩の服は十歳から四十歳まで、凄い量があるんですよ。それを俺一人で出せだなんて、無茶ですよ」
「仕方ないでしょう。今の私は十一歳の体なんだから。それともなあに、青ヤギ君は小学生を無理やり働かせようっていうの? 青ヤギおにいちゃんひどい!」
「都合のいい時だけ子供みたく振る舞わないで下さい。だったらもう十日ぐらい待って、先輩が大きくなってからにしましょう」
「……明日が来なければいいのに」
「たかが衣替え程度で世界の終わりを願わないで下さい」
――日付と連動して体の大きさ……いや、年齢が変わるのだ。
基点は十歳で、そこに日付の数だけ足していく。一日なら十一歳、二日なら十二歳といった具合だ。最高は三十二日で、年は四十二歳。
ちなみに。四年に一回しか来ないうるう年の場合はと言うと、それは全くの謎。謎と言うのはつまり、何歳になるのかわからない、ということ。下限上限も三十二日という枠から外れるらしい。
前回のうるう年の際は、八十八歳になったとそうだ。先輩のおばあちゃんと同い年で、二人仲良く米寿のお祝いをしたと聞いた時は、笑いを堪えるのに苦労した。
先輩のおばあちゃんも、まさか孫と一緒に米寿を祝うとは思ってもみなかっただろう。見せて貰った写真ではとても嬉しそうだったので、案外楽しんでいるのかもしれない。
更にちなみに。何で自分の年齢が八十八歳だとわかったかと言うと、先輩曰く「何となくわかるの」だとか。
安定しない自らの姿を把握するための、自己管理能力みたいだ。
「ねえねえ青ヤギ君。どう、似合う?」
「……似合うもなにも、何も来ていないじゃないですか」
「これはね、バカには見えない服なのよ」
「裸の王様ですか。でも先輩。先輩から見たら、世の中バカだらけですよ。ってことは、先輩は下着で町を徘徊する、痴女ってことになりますけど」
「……服着てくる」
「やっぱり着てなかったんですね」
先輩の外見を一言で言うと、日本人形というのがぴったりだ。真っ白い肌に、背中まで伸びた綺麗な黒髪。前髪は綺麗に切り揃えられている。容貌も俺が知る中で最も秀麗だと思っている。
もっとも、見た目に反して性格はお転婆極まりなく、今のように下着裸で人の前に出て来ては、揶揄するようなことをしてくる。自分で言っててアレだが、お転婆どころか人としてどうかとも思うのだけど。
他にも意味もなく要所要所で英語を使ったり、見てるこっちが胸焼けするぐらい食べたり。前者はただのルー大柴だし、後者は食べ方だけは綺麗なのが余計に性質が悪い。しかもそれが冗談ではなく、割と本気でやっているところが困ったところだ。
こういうのを、天然というのだろうか。可愛いと言えば可愛いのだが、他の人の前ではやらないよう注意して貰いたい。
以前、比較的高価な場所で晩御飯を食べた時、上の二つを同時にやるものだから、その時俺の居た堪れなさは尋常ではなかった。大食らいでルー語使い、手に負えない。あれが子供の姿でなく、大人の姿だったらどうなっていたことか。あんな注目の浴び方、二度としたくない。
「私、こんな服持ってたっけ?」
「どれで……。……なんちゅう服着てるんですか、先輩。思わず固まっちゃいましたよ」
「いいじゃない、別に。そんなことより、私こんな服着てた?」
「それ、リクルートスーツですよね。ぶかぶかですけど。確かに着ていましたけど、こんなことで人生決められてたまるか、私は自由に生きるんだ、って言って三日目ぐらいでクローゼットの奥に仕舞ってました」
「ああ、言われてみればそんなこともあったわね。ふっ、あの頃は若かったわ」
「むしろ今の方が若いですけどね。でもそこで止めなければ、今頃こんなニートにはならなかったでしょうに」
「ニートって言わないの! 立派な家事手伝「ってないですよね?」……うん」
「まったく……。ところでそのスーツ、来週辺りまた着てくれません?」
先輩と俺の関係というのは、実は意外とややこしい関係だったりする。
大学の先輩と後輩、という面とは別に、幼馴染という面もあったりするのだ。もっとも、これは身内しか知らないことだけれど。
昔の先輩と俺はお隣さんどうしで、まるで姉弟みたいに仲がよかった。どちらも親が共働きだったため、一緒にいる機会が多かったのが、その理由だろう。先輩は俺を名前で呼び、俺は先輩をお姉ちゃんと呼んだ。そういう関係だったのだ。
ところがどっこい。
先輩は家の事情で遠くへ行ってしまった。幼かったとは言え、それが納得できないほど子供でもなかった俺は、素直に見送ることができた。実は陰で泣いたけれど。
それから数年。俺が私立高校で長いようで短い寮生活終え実家に帰って来てみれば、なんとそこには大人になった先輩の姿があった(比喩ではなく、文字通り大人の姿。その日は確か、月の後半だったか)。
どうやら先輩は大学に通うにあたって、我が家で下宿しているらしい。大学にも近い上、先輩の特異体質について知っている。これ程打って付けの場所はないと、先輩の親御さんに頼まれたそうだ。ちょっと三年帰らなかった間に、そんなことになっていたとは。
久しぶりの出会いに喜んだのだが、どう接していいのか少し戸惑ったりもした。中でも一番悩んだのが、呼び方だ。
お姉ちゃんと呼ぶ年でもないし、名前呼ぶのも恥ずかしい。どうしたものかと考えていた時、ふと気づいたのがこれ。
先輩が通う大学と、俺が受かった大学が一緒だったのだ。ならばこう呼ぶのが、相応しいのではないか。即ち、『先輩』と。
これが俺と先輩の間における、ややこしい関係だ。
「今月もようやく中旬になったわ」
「そうですね、これで先輩もおおよそ実年齢通りです」
「これで子供服からおさらばできるのね。ああ、大人っていいわー」
「あ、それじゃあちょうど良かった。この前途中で止めた衣替えの続きをやりましょう。それから子供だからってやらなかった家事の分担と、あとはこの前にんじん残しましたよね、今日こそは食べて貰いますから」
「わたち、まだじゅっさいでちゅ」
「十歳でその喋り方はおかしいですし、その容姿でその喋り方もおかしいです。そしてそんなことしちゃう先輩の頭もちょっとおかしいです」
「……思った以上の罵倒に心が折れた。ということで今日は大人らしくヤケ酒だ」
「すいません、言い過ぎました。ですが、これだけは言わせて下さい。いつまで子供服着てるんですか。服パツッパツになってますよ」
「これはうっかり」
先輩の特異体質は、年をとれば自然と消えていくらしい。
具体的には、先輩が四十二歳を迎えたその日。
事実、先輩のお祖母さんが先輩と同じ特異体質だったのだが、四十二歳の誕生日の翌日からは、子供に戻ることはなくなったそうだ。
お祖母さんは若返りが楽しくて仕方なかったと話したが、特異体質を持って生まれなかった先輩のお母さんは、その分私が苦労した、と話していた。先輩のお母さんに深く共感し、思わず涙してしまったのはこれらの出来事は、まだ記憶に新しい。先輩は興味なさそうにお菓子食べてた。子供か。いや、実際子供の姿だったけど。
「青ヤギ君はさあ、女心ってものがわかってないのよね」
「また唐突に何言ってんだこの人(はあ、すいません先輩)」
「言ってることと思ってることが逆よ。……まあいいわ。とにかく、青ヤギ君はもっと私について勉強すべきよ」
「ちょっと待って下さい。女心のことだったのに、今先輩のことに変わってましたよね」
「私だって女なんだから、別に私のことでも構わないでしょう。私ほど扱いづらい女はそういないんだから、私のことがわかれば大抵はやっていけるでしょ」
「自覚あったんですね。まあ確かに普通とは言い難いですし、いろんな意味で相手しづらいですもんね」
「それでも私と一緒にいたいなら、それは相当変な男ってことになるわね」
「先輩と一緒にいたいのであれば、俺みたいに下は十歳から上は四十までと、常に広いストライクゾーンを持った男じゃないとやっていけませんよ」
「子供から熟女まで隙がないね青ヤギ君は」
「いいえ、隙ならありますよ。というか、先輩が好きです」
「……青ヤギ君ってサラっとそういうこと言うわよね」
「でもそういうとこ、私は好きよ」
先輩すごく学校が大変そう。でも一番大変なのは先生。
小学生に混じる大人。男だったら即通報物。
あ、これリコーダーとランド(ry