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残光

作者: 山田文公社

 灰になった燃えかすが種火をかかえて煌々と赤く光を放っている。呼吸にあわせて小さな火種が強く輝き消えていく。燃えていた物はいまや白く変わり果て、残った灰に光を抱えて小さな輝きを放つばかりであった。

 暖炉にこうして顔を近づけて眺めるのは幼い頃からの悪い癖だった。ほんの二三時間前までは薪から赤い光の固まりを伴って燃えさかっていたのにもかかわらず、いまでは白と黒の灰が赤い光を放ち人肌程度の暖かさしか持っていないのだから、燃える事の不思議は幼心に強く印象に残った。

 そんな残光も一度紙など投げ込めば、白い煙を上げて燃えていく。結果の悪い答案用紙を投げ込んで、初めて意識して何かを燃やした。その背徳心は幼い私の心を震わせた。

 それから私は納屋に火を放った。轟々と音を立ていまにも襲ってきそうな火を目の前にしてそばかすの目立ち始めた私は激しく興奮した。

 いまにして思えばそれは初めての精通だった。

 それから私は町のあらゆる物に火をかけた。背徳心と天をも焦がす火の柱に畏怖し恍惚とした。しかし私は捕まらなかった。父が有力な権力者であることや、私の持っている外見が私を助けたのだった。誰も私を疑う事はなく、町はずれの醜悪な青年が疑われ、そして捕らわれた。彼は自分の無実を訴えていたが、誰も彼を信用しなかった。その醜悪な容姿と風貌が誰もが彼を犯人としたのだ。

 勿論これが父の仕組んだ身代わりであり、私もその引き替えにもう放火をしない誓約をさせられた。それから私は暖炉で小さな模型の家を焼き続けた。

 父が病床に臥した頃に、私は大学に通うために上京していた。狭い道には人が家畜のように押し込められ歩いていた。人混みよりも我慢ならなかったのが、その酷い臭気だった。誰もが勘違いのように香水を体につけて、その髪からは言いようのない悪臭を放っていた。

 そんなことが私の背中を押したのか、通りにある何とも汚らしい納屋に似た木造の家に火をつけた。

 大木に済む羽虫や甲虫のように煙を上げて燃える中から人が飛び出してくる。慌てふためく者、大声で奇声を上げる者、火の中に飛び込んでいく者、いろんな者がいた。

 その様子は人なのか虫なのかどうにも私には判断がつかなかった。

 野次馬が集まってくる。何をするわけでもなしに燃える家を眺めに来る。写真を撮る者もいれば、落胆する者に声をかける者もいた。

 やがて火は隣の家に燃え移り始めた。叫びながら抗議した。その声はただの怒声にしか聞こえないが、やがて悲鳴に変わる。

 私はどちらにこの気分が昂揚するのだろうか、燃え上がるそれなのか、はたまた悲鳴怒声の絶望からなのだろうか、とにかく私は興奮のままに炎を眺めた。やがて秋風が私の濡れた股間を冷やしていく。それに伴うように消防車が火を消した。

 真っ黒に染まった残骸が白い煙を上げて消えた。私も興が冷めたので、その場を後にした。住人らしき男が崩れ落ちているのを見下ろした。

 口を開けたまま呆然とした姿が何とも言えない姿だった。しばらく私は男を見ていた。

 やがて男は警察の胸ぐらを掴んだ故に仲間の警官にめった打ちにされて連れて行かれた。

 

 寮に戻ると下着は乾いた残物がこびりついていた。乱暴に洗濯かごに入れ、点滅を続ける留守電の再生ボタンを押した。

 内容は父が亡くなった……そんなものだった。私は留守電を消去してシャワー浴びに向かう。ようやくあの忌々しい邸宅が燃えて無くなると考えると鼻歌が自然と出ていた。自由が体からあふれ出そうな感覚だった。


 シャワーを終え部屋に戻ると扉がノックされた。

「すいません警察の者ですが……」

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