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天使の涙  作者: 聖 怜夕
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邂逅6

 屋敷に戻ると、野菜はすでに切り終わっていて、フロムローズは火の前で鍋を覗いていた。


「ただいま。何を作っているの?」


「ゆで玉子」


「ふ~ん。おいしそうだね」


「着替えてきたら?もういいくらいだから潰して手伝って」


「いいよ」


 鍋の中のお湯を捨て、玉子を水の中につけると、手をその中に入れてかき混ぜる。こうすることで殻にひびがつき、簡単に殻が剥がれると、ラクシーがそうしていた。


 すべて剥き終わったところで、クレスラスが司祭服からロンTとジーパン姿でやってきて、フロムローズの隣に立つ。


 踏み台の上に立っても、まだ彼の身長には届かない。だが、いつもよりも見上げる角度が小さい点は、少し優越を感じさせた。


 ボウルに玉子を入れ、プッシャーで潰していく。マヨネーズと香味ソルトで味付けして完成だ。余った野菜でスープもつけた。


 器に盛った具材をカートに載せ、テラスへ運ぶ。テーブルはすでにセッティング済みで、皿とティーカップも用意されていた。


「準備万端だね」


「今日は早く目覚めたの」


 器をテーブル中央に並べていく少女を見て、最近の中では少し元気になっているように見えた。


 毎日のように夢にうなされている彼女の未来が少しずつ明るくなってくれればいい。十三歳にしてはあまりにも感情がなかったので心配していたのだ。


―――……俺と同じ目には遭わせたくない。


「早く起きるのは、いいことだよ」


 そう言って、沸騰したての湯をカップに注ぐ。


 席に座ったフロムローズの目は、慣れた手つきで紅茶の準備を進める少しごつめの手を追う。


「今日は、マイセンに合うように、濃いめに淹れてね」


「かしこまりました。お嬢様」


 この家に来たとき食器はそのままだったのでありがたく使わせてもらっているが、あまり銘柄に興味のないクレスラスは、彼女がマイセンと呼んだことから大事に使うようになった。


 彼女はマイセンが好きなのだと言う。それは、彼女の母がマイセン好きで、よく仕入れに行っていたから。これを見ていると、幸せだった家族の風景が思い浮かぶのだろう。


「どうぞ、召し上がれ」


 砂時計が下に落ちたのを確認すると、熱されたカップから湯を捨て、ポットのお茶を注ぐ。華やかな香りが一面に広がった。


「アールグレイね」


 フロムローズは一口飲むと、正直な賞賛を彼に与える。


「美味しいわ。本当に意外よ。クレスがお茶をこんなにも美味しく淹れることができるなんて」


「……神父様に付き合ってもらって、『茶葉を極める講習会』に行ったことがあってね。無知だったのに、帰るころには誰にも負けないくらい美味しいお茶になっていたよ」


「ふ~ん。神父様も面白い人よね」


「そうだね。……さあ、食べよう」


「うん」


 クレスラスはフロムローズの正面に座ると、胸の前で十字を切り、食前の言葉を唱えた。


「いただきます」


「アーメン。いただきます」


 二人はあめ色に焼けたパンを手に取り、中に具材を入れてサンドしていく。天然酵母のパンは、そのまま食べても美味しいが、表面を焼くことによって食感や香りを楽しむことができたので、フロムローズのお気に入りだ。


 はみ出してしまうほどに具材を挟み込むと、小さい口で頬張りついた。しばらくもぐもぐした後、


「クレスすごいわ!美味しい!朝食抜きで待っていた甲斐があったわね」


 早口で言った後、二口目に入っている。


 クレスもしっかりと噛んで味を確認する。ドレッシングを昨日のうちに作っておいたのが効いたようだ。


「これはまた作っておこう。魚料理にも使えそうだしね」


「うん!私、この味好きよ」


「それはよかった」


 満腹になるころにはパンはすでに無く、具材もほとんどが空になっていた。


「ご馳走様。また作ってくれる?」


「いいよ」


「あははは!……は……あ……クレスは、私の前からいなくならないでね……?」


 笑っていたフロムローズが突然意味深なことを言い出したので、クレスラスは表情に出さないようにフロムローズの続きを促した。


「……マムも……ダッドも……メイアもケットもラクシーも……みんな、みんな私をおいて死んじゃった!私一人だけを置いて行っちゃったからっ!クレスは私の前から消えたりしないでね?」


「……しないよ。そんなこと」


 そういうことだったと頭の中で冷静に考える自分と、彼女の心の拠り所になりたいと願う自分がいた。


「本当?」


 潤んだ瞳で返されて、昔の自分に重なった。


 彼女は……犠牲者だ。


「本当だ」


 非道な殺人鬼に家族をすべて殺された。きっと、彼女自身も殺人鬼に追われていたのではないだろうかと、クレスの想像は確信へと近づいた。





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