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天使の涙  作者: 聖 怜夕
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邂逅5

 休日になり、この町唯一の教会に、信者たちが集まっていた。


 相変わらず礼拝堂は満員だ。女性たちは、今日も楽しく会話をしつつ周りを見渡し、噂の女性を見つけるのに血眼になっている。


 クレスラスは壇上の袖口でため息をつき、それも見た神父は楽しそうに笑った。


「今日も、レディはマナーハウスに?」


「……はい。……心配なんですけどね」


 邸から一歩も出ようとしない少女の力になれないことがはがゆかった。だからといって新聞の内容をいくら調べても、不審な点ばかり出てきて遊ばれているようだった。


 あの日から平常心を装っているが、たまに目を腫らしていることがあったので、クレスラスが居ないときに泣いているのだろう。


 真実を閉ざしたフロムローズに、優しく接することで、彼女の強張った表情をほぐすことくらいしかできなかった。


「悩める男もいいね~」


「―――何を?」


「ん~。君みたいな男が悩んでいるのを見ると、女性は見過ごしてはくれないってことさ」


 そう言って、神父は壇上へ向かう。


「……」


「主は皆さんと共に……」


「また司祭とともに」


 静かに祈りを述べ始めた。


 シン、とした中で聖書の文章を唱え始めた神父の横顔を見ながら、自分はそんなに人に愛される人間なんかじゃないと、壁に寄りかかり、ひとつため息をついた。


「俺は……しょせん、忌み子だ……」


 神に縋ってしか生きていられない、ただの弱い人間だ。


 神父の流れるような詠唱に、心が洗われるような気がする。


「アーメン」


 胸の前で十字を切り、首に下げていた十字架に触れた。大きく深呼吸をして、反射するステンドガラスのカラーに染まった神父の隣に歩いていく。神父がちらりとこちらを見たが、すぐ斉唱に入ったクレスラスは、自分の仕事をこなす事に専念した。


 聖体拝領が済み、参列者全員で聖歌を歌うと、ミサは終了。


 クレスラスが途中から参加したことで女性たちの志気が高まり、皆すがすがしい表情で帰って行った。


「―――……失礼ですが、ハイドロヂェン様、お時間を少しいただけないでしょうか……?」


 壇上の脇に設置してあるパイプオルガンの前で会話をしていた神父とクレスラスの傍に、ミサに参加していた女性が声をかけてきた。


 見事な金髪は緩やかに巻かれており、シンプルなモーニングドレスを見に纏い、フォックスファーのコートを着ている。白磁のような肌に、桃色の頬が愛らしい女性だった。


 指名されたクレスラスは頷くと、教会奥の談話室へ案内して、備え付けのポットにお湯を沸かし、ティーの準備をする。


 彼女は必要ないと言ったが、気分も落ち着くだろうと差し出した。思っていた以上に今日は冷え込んでいて、外に出る前に風邪をひかれても困ると言うと、彼女は笑って口にしてくれた。


「で……話というのは?」


 深く座ったソファから身を乗り出して、彼女が話を切り出すのを待つ。


 しばし考えた後、彼女はクレスラスに視線を合わせ、戸惑い気味に呟いた。


「……申し送れました。私、町長の娘の、ダリアと申します。……ぶしつけとは重々承知しているのですが……最近、町に出回っている噂の真相を教えていただきたくて……」


「……噂、ですか?」


 彼女は頷く。


「……銀髪の女性と……ご結婚されたとか……」


「―――……はい?」


 寝耳に水だ。


 表情が固まったクレスラスを見た途端、ダリアは碧の瞳に涙を浮かべて、ハンカチーフを手にしっかりと握ったまま、真実を問いただす姿勢へ。


「噂は……本当なのですか?」


「ちょっと、ちょっと落ち着いてください!」


 テーブルを乗り出して寄ってくる彼女を手のひらで制して、


「私は何も知りません……。とりあえず、その噂とやらを聞かせていただけませんか?その上で訂正等あれば、この場でお返事致しますので……」


 そう言うと、少し落ち着いたのか、ダリアは恥ずかしそうにソファに座った。


「……すみません。私、興奮してしまって……」


「いえ。構いませんよ。……話を、聞かせていただけますか?」


 顔を赤らめるダリアに、紳士的に、優しく問いかける。


「はい。確か、先週のミサの後、午後のティーパーティで友人たちと話をしていたときでした……」


 商家の娘の話だったと思う。彼女とは、身分は違えど幼い頃から仲がよかった。


『夜眠れなくて、窓を開けたらちょうど大きな月が見えたの。そういえば満月だったと思ってぼんやり見ていたら、二人連れが歩いているのを見かけて……。深夜だから酔っ払いかと思って見ていたら、月が照らす人は……一人は間違いなくハイドロヂェン様だったわ。月の下で見る漆黒の髪もお素敵で……。で、ハイドロヂェン様と手をつなぐようにして歩いていたのが……―――」


「銀髪だったと?」


 クレスラスが続けると、ダリアはしっかり頷いた。金髪碧眼のダリアと友人たちは、とにもかくにもその目撃証言を確かめたかったのだ。そうして捜しているうちに噂となってしまったという。そして、尾びれがつき、気付けば結婚の話にまで進展し、その話を人からの噂で聞かされたため動揺してしまったというのだ。


「私たちは、噂するつもりはありませんでした……。ただ、ハイドロヂェン様のお傍に、銀髪の女性の影が……と。申し訳……ありませんでした!」


 深く頭を下げるダリアに顔を上げて欲しいと頼むと、涙で膜ができたように潤んだ目でクレスラスを見上げてきた。


「……まったく、噂は誤解だと申し上げておきましょう。ご安心ください、ダリア嬢。まだ私は勤勉の身。結婚など、到底夢のまた夢」


 突如嫌な予感がして、早く立ち去りたいといわんばかりに口先のでまかせを言ってみる。


「そんなことはないですわ!……私……ずっとクレス様をお慕いしておりますの!」


 結果、クレスラスの標的を大きく外れ、逆に逃げ道を塞がれてしまった。








 


「あははは……!」


「神父様、笑いすぎですよ……」


 お腹に手を当てて笑う神父を前に、クレスラスは、ダリアとの会話を報告していた。今後他の女性たちが彼女のようにクレスラスに詰め寄らないとは限らず。逃げ道を確保するには神父の協力が不可欠だった。すると彼は、協力はするがそのかわり、こんなことになってしまった状況を教えるといった交換条件を飲まなければいけなくなってしまったのだ。


 神父の部屋にある応接ソファに二人、向き合ってランチ兼用のお茶を飲む。ミサ後の恒例の時間だ。


 はじめは、クレスラスも告白かと思って構えていたところに噂の真相の話になり、安心しきっていた話のネタを自らぶり返し、挙句の果てに告白されてしまうという大どんでん返しに神父は大うけ。独り後悔しているクレスラスとは対照的に、先ほどから思い出しては笑い続けている。


「あ~。ごめん、ごめん。涙がでてきたよ」


 一口お茶を含む。沸騰したてだったのに、いつの間にか冷え切っていた。


「―――……」


「ほんと、ごめん。君が困っているのは充分承知したよ。私はこれまで以上に、君に近寄ってくる美女たちから君を護ればいいんだよね?」


「護るほどでもないですが……。まあ、そんなところです」


「いいよ。わかった。引き受けるよ」


 神父は約したことを違えたりはしないから、一度了承を得れば、後は大丈夫だろう。


 クレスラスは立ち上がると、神父の方を見て、


「ありがとうございます。とりあえず、お嬢様を待たせていますので今日は帰ります。では」


「うん。気をつけてね」


 ひらひらと手を振って労う神父に、軽く会釈して部屋を出た。


 更衣室で着替え、教会の裏口から出ると、冷たい風に身震いする。コートを持ってきていて正解だった。晴れ空ではあるが、日陰になっているところでは予想以上に寒くなっている。


 腕に持っていたロングコートを羽織ると、急ぎ足で屋敷へと戻って行った。


 今日はフロムローズとテラスでランチをする約束なのだ。朝、屋敷を出るときにパンを軽く炙って、好きな野菜を切っておいてくれと伝えておいた。


 お嬢様育ちの割にはキッチンに立つことが好きと言う彼女は、率先して炊事をしてくれる。そして、自炊歴が長いクレスラスが脱帽するくらいに、包丁捌きが巧い。


 今日は寒くなってしまったので温かいスープでも作ろうと頭の中に具材を浮かべながら、クレスラスは通い慣れた道を上った。


 町より少し丘になった、緑が多い中にあるクレスラスの屋敷は、たまたま母の知り合いが持っていた別宅を譲り受けたもので、貴族たちが住まう、豪華に建立された屋敷と庭園を見渡すことができた。


 両親がいる家は、どちらかといえば古く小さいものだったので、今の屋敷は独りで住むにはあまりにも広すぎた。


 邸の周りには、蔦が絡まるように生えており、一見するとホーンデッドハウスのようで町の人たちは皆近づかない。たまに訪れる珍客には、以前から取り付けられた防犯設備で対策をしている。これも、譲り受ける前からのものだったが、おそらく町中の屋敷につけられているものよりも重厚なものだろう。フロムローズが入るようになってからはさらに強化したが、あまり心配はしなくていいようだ。




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