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天使の涙  作者: 聖 怜夕
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邂逅3

 この世に生きる人間の中で、まれに天才と呼ばれるものが現れる。


 彼も、その中の一人だった。


 八歳で大学に合格し、十二歳で医学大学院へ進むと、十六歳で卒業し医師免許を取得、医学界の注目の的として四年半ほど手腕をふるい、突然姿を消した男が目の前にいたとき、ケイト・アルフレッドは歓喜に震えた。


「ワイズ!」


 そう呼びかけると、ロンドン中心部にある、人ごみのチャイナタウンを歩いていた長身の男が振り向いた。


 彼の名は、ファウンダー・Wワイズ・フォーミュラー‐ワン。


「―――……ケイト?」


 大学院生時代。いつも一緒にいたルームメイトの顔を、彼は覚えていた。


「久しぶりだな!ワイズ。……十年ぶりくらいか?相変わらず目立つ髪色をしているから、観光客の中でもすぐわかったぞ」


 と、ケイトは少し薄くなった自分のブロンドに触れた。


 近づいてきた『ワイズ』と呼ばれた美丈夫の、美しい、日の光を反射して紺碧に見える、腰近くまである青銀色の髪に手を伸ばす。


「伸ばしているのか?……髪質も変わっていないし、ますます年齢不詳だな!」


「……ケイトほどではないですよ……。三十五を過ぎたのでしょう?」


「まあな!結局あの後研究室に残ることにして助教授にまでなったよ」


 ケンブリッジ大学文学部に籍をおいていたケイトはいつも寮で本を読んでいて、とても物知りで、兄のような存在だった。


 彼の文学に対する熱意は半端ではなく、英語やフランス語の起源、果てはヒエログリフの研究といったところまで進出している。当時十ヶ国語以上の挨拶程度の日常会話を身につけていたはずで。カルテのためのドイツ語取得に手を貸してくれた。


「私は言っていましたよ。あなたはこの道から逃れられないのだと……」


 ワイズが大学院を卒業するとき、最後のはなむけとして皮肉を言ってのけたケイトに対して、ならば予言してやると、周りの卒業生たちと一緒に盛り上がったのだった。


「俺も言っていた。お前は医者として名をあげるか、狂人としてゴシップ紙の一面を飾るか……ってな。そのとおりだったな。俺はこの道以外に行く先を見つけられず、お前は医者を辞めた……」


 あまりにも有名な話になってしまった。名医の失踪。それは人格を壊れさせるには充分な内容だった。


 突然姿を消した医者の代わりに執刀した医師たちは、周囲の不安を一身に背負う羽目になり、すべて失敗。みんな死んでしまったのだ。


「まあ、あのときのお前が悪いなんて、お前を知っている奴は誰も言わないさ。だから教授たちも黙秘を続けていた。……お前の苦悩は、凡人には分からないだろうよ」


ニッ、と歯を見せて笑う。その仕草も、昔と変わらないままだ。


「そういえば、今ロンドン大学にいるんだけどな。そこで面白いものを見つけたんだ。今からその映像の上映会をするんだが、お前も来るか?お前のことを知っている奴らばかりだから話も合うだろうし」


 何か楽しそうな表情だ。ウキウキとしていて、昔ケイトが何かの化石を見つけたときを思い出す。あの時も、こんなふうに笑っていた。


「いいですよ……。行きましょうか」


「そう言うと思ったぜ!さあ、新しくなったキャンパスだ。案内するよ。道すがら今まで何していたか聞かせてくれよ」


 そうして、二人は止めていた足を進ませ、ロンドン大学へと向かった。





 つい最近完成したという、三番目の研究用キャンパスは、まだ新築特有の匂いが漂っていた。


 第一研究室の扉を開けて、ケイトの後に続いて足を入れる。見渡せば、最新鋭のコンピュータや化学検査薬などが綺麗に陳列されている。いうなれば、科学研究所のようなところなのだろう。


 奥に進むと、三人の白衣を着た男たちが、一台の小型テレビを前に向かって座っていた。


「待たせたな」


 ケイトが声をかけると、三人が振り向いた。


「遅いぞ、ケイト。お前が呼ぶから集まったんだぞ!って、……おい、ワイズか?」


「本当だ!ワイズ!久しぶりだな!」


「相変わらず雰囲気出しやがって!」


 大学院時代に、ケイトと共に盛り上がっていたメンバーだ。彼らはすぐにワイズに気づくと、ケイトによく遇えたなと訊いてくる。


 偶然の出逢いだったのだ。ケイトもいい気分になる。


 彼らは二人分の椅子を用意すると、DVDを再生し始めた。


「ワイズの為に一言。これは一年前に二代目キャンパスで撮られた貴重なものだ。驚くぞ~!」


 画面の中には、微かに見覚えがある、彼らの昔の研究室だった。


『これより、未来予知についての臨床実験を行います』


 無機質な白い部屋の中央に、病室で見るようなベッドが置いてあり、一人の少年が横たわっていた。


 漆黒の髪をした少年は目を閉じたまま、規則正しい呼吸を繰り返している。


『麻酔をかけて十分が経ちました。効いているようです。……始めます』


 固定されたデジタルカメラに向かっているのは、もみ上げが印象深い、白衣の男だった。


 少年の周りに、彼を含めた三人の白衣を着た男たちがいる。全員、さほど年をとっているわけではないようだ。


『彼は、眠っている間に未来を見るという……』


『起きたぞ!』


 短時間の麻酔が消え、少年の目が開かれた。


 ぼんやりと天井を見つめている漆黒の瞳は、ブラウン管の外から見ても、美しい色だった。


『さあ、何を見たか言ってくれるか……?』


『……割れ……る……。薬品が……燃え……て……」


 男たちが、もっと詳しいことを、と迫る。


『第五研究室で火災が発生する……。そこにいる人たちは、助からない……。早く、助けに行ってあげないと……』


 少年は起き上がると、研究室の外を指差した。その方角は……。


『もうすぐ……』


 虚ろな表情をしているが、指はしっかりと第五研究室を捉えている。


 途端、何かが爆ぜた音。次にたくさんのガラスが割れる音が耳に入った。


『予知だ!』


『あそこは、何の研究をしていたんだ?』


『人間の脂の燃焼率じゃなかったか?』


『なぜ、爆発するようなことになったんだ!』


 ここはとりあえず後から運べばいいとして、第五研究室の火災を止めないと自分たちの避難経路まで閉ざされてしまうため、彼らは少年を置いて、消火活動に向かった。


 そして、取り残されたカメラは、空室を撮影したまま、研究員たちの手には戻らなくなった。








「これが……キャンパスが無くなった原因か?」


「掘り出し物だったな!しかし……よくこれだけ残っていたもんだよ……」


「あの研究室だけが辛うじて無事だったんだ。他は全焼したのにね」


 考え事をしている風のワイズに、ケイトが声をかける。


「お前なら、あの被験者が実はESPの持ち主で、彼自身が爆発を起こしたと思うか?それとも……ただの事故でそれを当てたのか……」


「―――……あれだけの映像では分かりませんね」


「さすがのお前も、あれだけじゃ無理か……」


「少年は、何も触っていませんから。なにか接触があればなくは無いでしょうけど。予知夢……ですか」


 何か思うところがあるのだろうか、ワイズは腕を組み、無言になる。


 ケイトはそれを見ながら、連れてきて正解だと思った。町で再会したとき、彼なら自分たちが動く前に、この少年の正体を突き止めてくれるだろう。そして、もう一度研究室に連れてこさせる。


「ワイズ、興味が湧いただろう?少年が当時住んでいたという住所だ……。お前なら、どうする?」


 ワイズはケイトの狙いが分かった。


 出会いは偶然だったかもしれないが適任者がいれば誰でもよかったようにも思える。


 ワイズは住所が書かれた紙を手に取り、


「まあ、会ってもいいかなと言いたいところですが……」


 一目見てケイトに返す。DVDのデッキに視線を送るが、すぐに飽きたように、


「興味は湧きませんね……。残念ですが、面白いものを見させていただき、ありがとうございました」


 無表情のままきびすを返し研究室の扉を開く。長い青銀の髪が緩やかに風になびく姿を、彼らは姿が見えなくなるまで見ていた。


 ワイズが去って、ケイトがもう一度見ようと再生ボタンを押した。が、


「おい、これ再生できないぞ……」


「なに?まさか……」


「電源は切れていないんだろうな」


「―――……どういうことだ……?」


 いくら再生を押しても、電源は入っているのに映像は現れない。他のDVDで試すと映像は現れた。


「気味悪いぜ」


「呪われていたとか……?」


「おいおい、俺たちまで伝染するじゃないか!」


 三人はケイトの方を見る。ケイトはため息をつき、


「……とにもかくにも、俺たちがこれを証拠にあの少年を連行することが叶わなくなったことだけは、確かだな」


 と、呟いた。


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