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天使の涙  作者: 聖 怜夕
19/20

解放2

 ル・シャトーホテルに着くと、血に染まった服を見て驚かれたが、ワイズが何かを言うと、フロント係は納得したように何も訊くこと無く通してくれた。


 最上階の部屋に到着すると、あてがわれた部屋でシャワーを浴びた。


 脱衣所には少し大きめのシャツがあり、着ていた服はゴミ箱に捨てられていた。スラックスも新品同様のノリが効いた物が置いてあった。それらを着て、つい最近入ったことのあるサンフロアに向かった。


「クレス、暖かいのと冷たいの、どっちがいい?」


 すでに風呂から上がっていた、今までとは異なる姿のフロムローズに、温かい方と答えると、淹れたてのハーブティが運ばれてくる。


「ワイズは私の後に入ったから少し遅くなるわ。それまで私の話をするから」


 壁に寄りかかるクレスラスに、湯気の立つティーカップを渡すと、フロムローズはふかふかのソファに座り、一口含んだ。


「ああ。ぜひ聞きたいね」


「……ずっと以前から、両親の不仲のことを、私は知っていたわ……。そして、ダディがマムを殺そうとしていることも……」


 きっかけは、眠れない夜に聞こえた父と誰かの話し声だった。


 書斎で見た二人の姿に、フロムローズは危機し、対策を練ろうとした矢先だった。目撃した日から三日後、みんなが殺されてしまったのは。


 必死で母と屋敷を抜け出し、駅へ続く街道で追いつかれた。


『これからは、二人でがんばろう』と誓った直後だったのに。


「……マムは、私を庇うように倒れ、周りに人影が無いことを確認した私は、マムノからだから這い出して物陰に隠れたの……。そこを偶然に通りかかった、背丈が似ているアッシュ色の髪をした少女が、追いかけてきた奴に惨殺された……。私は……声に出さないように……唇を噛んでその場を逃れた……」


 母親と見知らぬ少女を殺した犯人を、この手で暴くことを胸に刻みながら……。


「私の姿は、ワイズが事件前に危険から逃れるように施してくれていた術だったの。……結果的にクレスを騙してしまうことになって……。悪いことをしたとおもっているわ」


 犯行計画を知ってから、どうやったら父の計画を防ぐことができるのか、それだけを考え、偶然にワイズと出会った。


「昔から嫌いだった、言葉だけのダッドを、マムと同じ目に遭わせて欲しいと願ったわ。そして、その願いをワイズが叶えてくれた……!」


 裏社会でとても有名な闇医者。または調合師。そして……暗殺者。


「ダッドも知らないダラス家の一番高価な宝物を交換に、マムの命を狙っている奴らを殺してもらうって。まさか、それが神父だったなんて!」


 初めは知らなかった。クレスラスと出会い、彼に連れられて対面するまで。ミサのときには気づかなかったのに、突然記憶のフィルムが巻き戻っていくように、あの日父と話していた姿と、神父の姿が重なっていった。


 半信半疑だったところに、クレスラスがいない間に遭遇した、決定的な神父の犯行現場。


「クレスが教会に行ってしまった頃合をみて夜中抜け出した先で、町長の娘が殺されるその瞬間を見てしまって。このときも運がいいことに見つからずに済んだ。これで、復讐ができる……!」


「そして、無事成し遂げたということだ」


 クレスラスの隣にある扉から、ワイズが歩いてきた。


 部屋の主はクーラーから取り出したミネラルウォーターを片手に、フロムローズの隣に腰を下ろした。いつもは背で泳がせている鮮やかな青銀の髪が、片方に纏められていて三つ編みされている。


「フロムローズがお前のところにいることは知っていた。偶然の重なりというものは恐ろしい。フロムローズから連絡をもらい、神父を見定めるために訪れた教会で実物のお前を見つけた」


 形良いくちびるが、笑っているように見えるのは気のせいだろうか。


「お前は気づかなかったようだが、神父はお前に近づくたびにある呪いを振りかけていた」


「まじ……ない?」


「聖水よ」


「教会内部に備え付けてある聖水入れがあるだろう?それを利用して呪いをかけていた」


 訝しい表情のクレスラスを無視するようにして、ワイズの話は続く。


「皮膚からその水を摂取することにより、その呪いは効力を発揮する。何年も毒素に犯されていたお前のからだは抵抗力をなくし、あの時まさに神父の餌になるところだったのさ」


 だから、毒素を吐き出させるか、中和させるためだった。


「それが、くちづけの理由?」


「からだが軽くなっただろう?強い呪いだったからな。アルコールを利用して完全浄化させた」


「……神父様が……そんなことを」


 ショックを隠せないクレスラスは、沈黙が続いたままのこの空間にほっとしていた。 相手も、こちらが何かを言うまで黙ったままだ。


「……俺は……これから何を信じて生きていけばいいんだ……?」


「忠告していたはずだ。神に依存しすぎるからそうなる」


「あんたに何が分かる!親すら見放した俺を、神以外に救ってくれないと教えたのは、神父様ではなく、他の人たちだった!親なんてものは、神に愛されてはいないから、神に近い俺が憎くなったに違いないっ!」


 神を冒涜された気がして、クレスラスは頭に血が上り、立ち上がって叫んだ。


 やはり、誰も神のことを分かっていない。


 今まで当たり前だと思っていた。神がすぐ傍にいることを。悩み、苦しいときにいつも傍に感じることができた。夢の中でしか会えないが、すぐ傍に……。


 クレスラスの今までは、そうやって培ってきたものだ。それを真っ向から否定されていいはずがない。


 ところが前の男は嘲笑を浮かべる。


「他人の人生など、理解したいとも思わん。己の人生だ。己で決めるものだろう?神や仏に一生を左右されて、自分の人生を決めきれないなどと、笑止。……かくいう私も、周りの大人たちに振り回されて育ったからな……。自分の思うように生きているのもここ数年だけだ。あまり、子どもとして大人と接したことが無かった」


 それが、神が導いた道だなどと言うのならば、その神を真っ先に殺しにいく。それほどまでの、憎悪。


「どういう意味だ?」


「天才を育てるためには、天才が徹底的に指導する形を取る。天才とバカは紙一重というだろう?それぞれが違う思考回路を持っていて、それを絶対的な位置としたとき、他の考え方を否定する・・・・・・。それぞれがそれぞれに集まってみろ。まだ一桁の歳の間に多方面から教えられていくうちに、全体的な観察どころか、何が正しくて何が間違いなのか判断がつかなくなってくる……」


「それが、あんたか?」


 目の前の男は相変わらず口の端を上げて笑っている。


「最高規格(フォーミュラー‐ワン)の名が証拠だ。……あれは、限られた狂者に贈られる皮肉の銘。利用させてもらってはいるがたいした効力は無いな」


「何の最高規格だ?」


「さあ。話が逸れた」


 ワイズはミネラルウォーターを飲み干すと、どことなく落ち着いていない様子のクレスラスを、じっと覗く。


「何?あれ?フロムローズは?」


「帰ったようだな」


 近づいてくるワイズから逃げるようにして、クレスラスは壁伝いに移動する。寄越される視線に、耐えられない。


 美しい、空と海が融合したような瞳の中に自分が映っていることが、辛い。


 だんだんと逃れなくなっていっている。


 角まで追い込まれ、二つの瞳は交わった。


「……くっくっく……」


 突然笑い出したワイズに、クレスラスはとまどう。


「期待に添えて悪いが、押し倒した方がよかったのか?」


「―――……!」


 腰に直接響くような美声で呟かれる皮肉に、クレスラスは赤面した。


「あんたがそこを退いてくれたら、すぐにでも出て行くが……」


「……それでこそ、捜していた逸材だ」


 そう言うと、ワイズは一歩後ろへ下がった。


「お前を、欲しいと言っていただろう?」


 そういえば……。フロムローズがこの男を連れてきたとき、確かにそう言われた。


「私と契約を結んでもらうぞ」


「け……い、約?」


 ワイズは左の掌の上に、右手で作った拳を乗せた。


「кровь луна ночь」


 ぼそぼそと小声で呟き、右手を開いてみせる。


「ピアス?」


「お前のからだの浄化と、私の目的への協力が条件だ」


「あんたの、目的?」


「お前の未来予知と神の啓示の研究」


「俺の?分かったところで、あんたには何のメリットも無いはずだろう?」


 意図が分からないと言うクレスラスに、ワイズはただ一言、興味があるだけだと言い切った。


「……じゃあ、俺からも一つ。俺の夢は、いい夢だろうが、悪い夢だろうが必ず現実に起こる。それが、どんな悲劇だろうとな」


「構わん。あくまでこれは私の興味の範囲だ。では、契約成立だな」


 クレスラスの両耳朶を指で挟む。指が離れると同時に、小さな黒いピアスが耳朶に嵌められていた。


「私の能力を収めた黒耀石だ。これが、少しはお前を護るだろう。お前が恐れている夢も、少しだがコントロールすることにする。これからは熟睡できる日が増えるかもな」


 にやりと嗤う男を前に、クレスラスはふと、何か大事なことを忘れている気に陥った。だが、思い出そうとしても分厚い雲がかかっているようだ。


「今日は空いている部屋を使わせてやる。疲れたからだをゆっくりと休めるといい」


 ワイズが導くのは、主寝室の隣の部屋だ。


「礼を言う」


 クレスラスは言われたとおりに部屋の中に入って行った。その姿を、ワイズは面白そうに見つめている。


「……嫌なものはすべて忘れてしまえ……」


 一言呟くと、扉を閉め自分も主寝室に入った。キングサイズのベッドには横たわらず、窓際に寄せてある椅子に腰掛ける。


 右耳朶に嵌めている十字のピアスに触れると、節のいい指に豪華な装飾が施されたリングが現れた。 


 フロムローズと交わした契約は、大切な人を殺した犯人を殺して欲しい、というものだった。ワイズは報酬として、金ではないものを望んだ。


―――大きなダイヤのリングで構わないかしら?ダラス候爵家に代々伝わる家宝よ。ダッドも知らない、マムの宝物だわ。


 指輪の中央に嵌っている大きなダイヤにくちびるを落とし、誰にも見せたことのない優しい笑みを浮かべた……。





「ようやく、手に入れた……。これからが愉しみだ……」








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