凄愴3
神父がフロムローズに連れられ部屋に戻ったとき、クレスラスはベッドに腰掛けてはいたが、窓の外を見たままで、形のよいくちびるに綺麗な指が添えてあった。
「クレスラス……。寒くはないですか?」
そう問いかけると、ようやく気がついたように、神父とフロムローズの姿を漆黒の瞳に捉える。
「神父様……。長い間お世話になりました。フロムローズと帰ります」
「構いはしないけど、急だね??」
「これ以上これが増えても困りますので……」
と、視線の先には長机。
やはり見せたのは拙かったと、胸のうちで舌打ちする神父だ。
「……本当はもう少し体力が回復してからがいいかと思うんだけどね……」
「花は後日教会に飾ります。食べ物は……フロムローズ、食べたいものは持って帰っていいよ。生ものは神父様食べてください。残りは休みのときに参拝者に振舞いましょう」
「クレスは?」
好きなものを持ち帰っていいと言われても、この部屋にあるのは果物や焼き菓子類しかない。小さい頃からお菓子を食べつくしているフロムローズにはあまり魅力は無い。それに……。
「本人が食べないと駄目だわ。女の人ってあとから感想聞きたがるのよね?」
神父と目が合うと、神父もにっこり笑って、
「そうですね。クレスラス、少しずつ分けますので持って帰ってください。あとはミサに来てくれた子どもたちに振舞うことにします。あなたのことですので、明日後のミサは出席するのでしょ?」
「……分かりました。……フロムローズ、神父様と隣の部屋で詰めていてくれるかな?俺はシャワーを浴びるから」
二人に説得される形でしびしぶ承諾したクレスラスは、早速行動に移す。
長机を運び、二人がいなくなると、着ていた服を脱ぎ捨てて、クローゼットに入っていた服を取り出した。
シャワーブースで汗を流すと、Yシャツに腕を通す。寒くないように、下は黒のレザーパンツ。グレーのVネックシャツとダウンジャケットを着れば完成だ。
隣室に顔を出すと、こちらも詰め終わったようで、クレスラスが出てくるのを待っていた。
「はい。これがお持ち返り分」
と、フロムローズが立ち上がり、クレスラスの傍へやってくる。
手渡された手のひらサイズの小袋は、中が見えるような包装紙でラッピングしてあり可愛く出来上がっていた。机の上にいくつも作られた分が、日曜に配られる分だろう。
「ありがとう。さあ、行こうか」
「うん」
フロムローズの手をつなぎ、神父に軽く会釈した。
「では日曜日に」
「神父様ごきげんよう」
「はい。二人とも気をつけて」
手を振るフロムローズに合わせるようにして神父も手を振った。
姿が見えなくなり、しばらくすると廊下の窓から、裏口から出て行く二人を見ることができた。
そして、神父は呟く。
「……純真無垢な人だ……」
その顔は、今まで誰も見たことが無いほどの、冷徹……。
久しぶりの邸に着くと、フロムローズは休む間もなく働いた。クレスラスをリビングのソファに座らせ、部屋の換気をし、暖炉に火を入れる。それぞれの部屋のシーツを新しいものに替え、使用済みを洗濯機に放り込んだ。
「……なんかしようか?」
「私がするから、クレスは黙ってそこにいること!」
「はい……」
こんなに働きまわる彼女を、今まで見たことが無い。
自分が熱に魘されている間に彼女を変えたものがあったはずだ。それが自分ではないことが、少し寂しかった。
「クレス?終わったわよ。お茶に……って」
洗濯物を干し終わりリビングに戻れば、そこにはソファに座ったまま眠っているクレスラスの姿があった。
「……」
自分の部屋に行き、毛布を持ち出すと、静かに寝息を立てる、少し火照ったからだにかぶせた。
ようやく大きくなった暖炉の火だが、まだ部屋を暖めるまでには至っていない。フロムローズは、換気のために開けていた窓を閉め、クレスラスの隣に落ち着いた。
じっとその寝顔を見つめる。
あのとき緊張した魔性の瞳は閉じられていて、また近くで見てみたいと錯覚を起こしてしまう。クレスラスはどういうつもりであんなに戻りたかったのだろうと。
「……」
クレスラスに気づかれないように顔を近付け、目の前にある頬にチョンとくちびるをぶつけた。
それくらいの衝撃では目を覚まさないらしい。
どきどきしながら、次は軽く開いたくちびるに触れた。
「……」
全身が赤くなっていくのがわかる。
どうしよう。
この気持ちを、どうすればいいのだろう。
「……クレス……、私があなたを好きって言ったら……、私を追い出す……?」
この二週間で痩せてしまったクレスラスの肩に、こつん、と頭を添えて、初めての恋が実るように祈って眠りについた。
「……」
フロムローズから聞こえるか細い寝息が一定になって、クレスラスは目を開いた。
まさか、そんな告白を彼女からされると思っていなかったので驚きだ。
クレスラスに言わせてみれば、彼女を保護したのは未成年が独りで生きることができないからだし、強引な手で屋敷に帰るように仕向けたのも、見舞い品をこれ以上受け取りたくなかったからだ。長く留まれば、それだけ品数は増えてしまう。
まだ幼い少女を手懐けるには、物で釣るか、大人にさせることだろう。フロムローズは初めから子どもらしくなかったが、大人ではなかったので後者を選んだに過ぎない。
それがきっかけで恋心を持たれてしまえば、世の中の女性たちはすべてクレスラスの虜だ。
はっきりといって、恋というものは必要ないと思っている。
愛だの恋だの言っていても、所詮言葉のアヤというもので、幸せなどではないものだから……。
肩を動かさないように、縋るように寝ている少女の横顔を見ると、その考えが曲げられることはないと再確認できた。
「フロムローズ……。君がもし、俺を手に入れたいと思うのなら……好きにならないでくれ……」
それだけが、二人で過ごす唯一の条件だと言ったならば……君は、どうする……―――?
薄暗い部屋の中。遠くに街頭の明かりが見えるが、仄かに輝くだけでこちらまでは光は届かない。
部屋の主は優雅にソファにもたれると、電話をかけた。3コール目で相手が出る。
「……私だ。見つけたぞ……。予定と少々違うが、そこは気にしなくていい……」
一笑する声は、どこか楽しそうだ。
「さあ、私を楽しませてくれるか?クレスラス……」
男の左中指には、大きなリング……。




