邂逅
メイン舞台は、架空の土地名です。
イギリス。
北アイルランド郊外にある、自然によって鎖国された土地。
中世ヨーロッパの面影を色濃く残している、貴族たちの屋敷が軒並み連ね、縦横無尽に走る石畳を馬車と俥が行き交う。
国境を越える際に受ける入国審査よりもはるかに厳しい検査を、玄関口である駅でクリアすれば、目の前にのどかな風景が訪れた者を魅了する。
ここは、そんな楽園。
名を、アキンタウン。
邂逅
ⅰ
クレスラス=ハイドロヂェンは、アキンタウンで知らない者はいないという程に目立つ人物だ。
北アイルランドの郊外に位置するここは、金髪碧眼が八割を占める貴族たちが集う町で、茶髪や銀髪が疎らにいる中、彼だけが唯一漆黒の髪色と金環に縁取られた黒の瞳を持っているためだ。
そんな、派手派手の華やかな世界を好む貴族たちが楽しみにしていること。それが、この町に一つしかない教会で毎週末に行われるミサだった。
酔狂なまでにキリスト教を愛するクレスラスは、教会に住む神父ととても仲が良く、常日頃から神父の補佐として一緒に教壇に立っていた。その美しい姿を一目見ようと出席者が絶えず、貴族たちがこぞって金を出し合い、教会が大きくリニューアルしたのは有名な話で。
聖書の大半の暗唱はもちろん、キリスト協に関する書物について博学。東洋の真珠と称されるほどの美貌。独身。神父ではないため結婚OK子作りOKという点で、町娘や許婚がいる独身貴族女性たちの想いを今一身に受け止めざるを得ない状況になっていた。
そんな彼に、最近女性の影が見えるという噂が立った。
ミサの最中、女性たちは神父の斉唱をそっちのけでひたすらクレスラスを目で追いかけていた。もしかしたら視線の先に噂の女性がいるかもしれないと、互いが互いを見張るような状況。
最後の神父の話が終わった後に何人もの女性たちがクレスラスを捜すが、彼の姿はいつの間にか消え、神父に問いただしても、息を荒くして迫ってくる女性たちを前に所在を教えるはずもなく。結局来週のミサまで貴族女性たちの中で牽制しあう羽目になった。
誰もいなくなった教会。
蝋燭の火を消しに現れた神父はクス、と笑い、
「クレスラス……もう大丈夫です。ご婦人方はいなくなったよ」
教壇の隅に話しかけた。
周りを窺うように出てきたのは、ゆるやかな巻き髪をした銀髪の少女だ。翡翠色をした、丸っこい瞳を、きょろきょろさせている。
「クレス~。もういいみたい」
少女の後から、ゆっくりと出てくる青年。
肩を少し過ぎるくらいに、丁寧に整えられている黒髪。それに反するように色素が薄い肌。金色で縁取られた瞳が、蝋燭の火を鮮やかに反射している。
彼を、クレスラス=ハイドロヂェンという。
「神父様。いつもすみません」
そう言って、軽く頭を下げた。
痩せた、優男の神父はにっこりと笑い、
「あれだけのご婦人方を相手するのは、さすがに気の毒だしね」
君をここに立たせているのは、他でもない自分だし。と、神父の方が陳謝した。
「まさか、このレディの噂がこんなにも早く広まるなんて、思ってもみませんでしたから」
クレスラスは、隣に立つ銀髪の少女をちらりと見る。
「私がクレスに遇ったのは二週間前よ!」
視線を受けた少女は腕を組み、クレスラスを見上げ、
「今日以外外出は夜以外していないし、その外出だって人の目を避けているのよ!ああっ!クレスがこんなに有名じゃなければ安心して過ごせるのに!」
「レディに言われたくないね。俺よりも目立つ存在なのはそちらの方だ」
少しイライラ気味のお姫様に、躊躇することなくずばりと言い切ってしまう。そうなれば、口げんかをしたことが無い彼女に勝ち目は無い。家族と住んでいるときは散々我儘放題だった少女は、突然大人の男を前にして、いかに自分が無力な存在かを思い知らされてしまう。
つい数日前まで少女は貴族の一人娘として、大変裕福に過ごしていた。ところが、突然襲った悲劇により、彼女の幸せな生活は、みごと打ち砕かれたのだった。