第三話 タイチ
試験当日、タイチたちはブリーフィングルームに集まった。中央に二畳ほどの円形のテーブルが置いてあり、周囲に椅子が並べられている薄暗い部屋だった。
試験は数日間にわたって開始される。初日はブリーフィングと準備、翌日出発し、目的地に到着するまでが試験となる。
タイチは初めて入ったが、他のメンバーはこれまで何度も入室しているようで、各々が以前と同じ席に着席している。
「タイチ君、こっち」
入り口でまごついているタイチを手招きしていたのはアオイだった。彼女のすぐ隣にもう一つ椅子が用意されている。
「アオイ、さん。どうして」
「どうしてもこうしても、怪我して交代したとはいえ、私も一員やし。授業として受けとく必要あるし。それに、多分君はここ来んの初めてやろから説明と引継ぎも兼ねてるんよ。それとも、嫌やった?」
陰キャ相手に小首傾げて瞳潤ませ不安そうにのぞき込むの、心臓に悪いからやめてほしい。
『まさかこの人僕に気があるのでは』から始まり『いや、これが彼女の平常運転だ、誰にでも優しくするのが陽キャ美女のパッシブスキルだここで勘違いして突貫したらごめんなさい、で済めばまだ軽傷、何勘違いしてんのキモ、で致命傷、そのあと噂が広まり彼女狙いの男女からの誹謗中傷によってめでたく塵へ還る』まで一秒にも満たない時間で葛藤と妄想が脳内に映像付きで浮かんでは消えて、かろうじて「い、いえ、助かります。本当にありがとうございます」と頭に残った無難な答えを返した。
妄想のせいで一瞬とはいえ固まったことを不審に思われていないか心配するタイチをよそに、アオイはすぐに笑顔を取り戻し「よし、ほんなら座って」と椅子を引いて彼を促した。おずおずと座ると隣から良い匂いがして、体が緊張で固まる。
「緊張せんで。ちゃんと全部教えたげるから」
耳元でささやかれ、顔がさらに赤くなるのを止められない彼を守るように、部屋の照明が落ちた。代わりに中央のテーブルがほのかに光り、中空に今回の経路、多摩川島から箱根島までの立体的な地図がホログラムで投影される。
『これより、ブリーフィングを開始します』
機械的な音声が、天井に備え付けられたスピーカーから聞こえた。テストとはいえ、正式な依頼のため、多摩川島全体を管理する島庁司令部からの指令が流されているはずなのだが。
「何で、合成音声?」
率直な疑問が、タイチの口から洩れた。全員の視線が向けられ、まずいとすぐに口を閉じる。
「それはやね」
アオイがこっそり耳打ちする。
「司令部の人間は、身分を隠しているからなんよ」
今度は口に出さず、視線でどういうことかと問いかける。
「私らって、アンチを使いこなすためにマテリアルやワイルドのコアを埋め込むやろ。難しい事は知らんけど、それって人の神経や脳に新しい器官として認知される事らしい。その時、脳のブラックボックスに繋がって、特殊な能力が開花する場合があるんよ。よう知らんけどな」
知らないのに、知っているように彼女は話す。
「で、こっからが本題なんやけど、司令部の人間は予知能力を持っとるらしいの」
「予知ですか?」
「そう。もちろん何でもかんでも全部未来が見えるんやのうて、こういう依頼に特化した未来予測しかできんらしい。まあ、難しく考えんと、天気予報みたいなもんやと思たらええよ。このルートやと雨降るから別のルートから進み、みたいな。そんな感じのアドバイスを『予報』として提供してくれる。でも、世の中には全部わかると勘違いする奴もおる。そんな奴による誘拐事件が過去にあったらしい。だから、司令部に出入りする人間は能力の有る無しにかかわらず身元をわからんようにしてるわけ」
彼女のわかるようなわからないような説明に曖昧に相槌を打ちつつ、目の前の地図を見る。
多摩川島から箱根島まで、直線距離で約七四キロ。しかし、かつて存在した高速道路は完全に破壊されており、また旧神奈川県海老名にはマテリアルの基地が残っていると言われており、事実まだ多くの兵士が徘徊している。そのため、輸送ルートは旧東京都八王子市を経由する山岳迂回ルートか、旧神奈川県鎌倉市を経由する海沿い迂回ルートの二つになる。地図では、その二つのルートが線でひかれていた。
『君たちは今回、山岳ルートによって箱根島まで向かってもらいます』
「質問よろしいでしょうか?」
ヤマトが挙手した。『どうぞ』と返答があった。立ち上がって尋ねる。
「過去の記録から、西に向かう際は海沿いルートの方が敵に遭遇する確率が低い。その上で山岳ルートを選択する理由を教えていただけますでしょうか?」
一拍時間を置いて、司令部からの説明が始まった。
『理由は二つ。君の言う通りこれまでの記録では、海沿いルートの方が遭遇率は低い。しかし、ここ半年に絞ると、海沿いルートでの遭遇率は山岳、内陸ルートよりも高い。つい先月別のチームが旧千葉県勝浦島への移動中、マトリクス兵士の襲撃を受けています。また、三か月前は旧山形県鶴岡島への山越えルートでは、予想よりもワイルド兵士の数が少ないという報告が上がっています。これまで兵士がいた場所におらず、いなかった場所にいるという現象は稀にですが存在します。その時は決まって、マトリクスとワイルドそれぞれの兵士が衝突することが判明しています。これが意図してのものなのか、偶然によるものなのかは、今のところ判明していませんが、いわゆる当たり年、と呼ばれる事態だと考えられます。今年もそれに当たると司令部は判断し、通常とは違うルートを選定しました』
「想定外の動きがある、という事ですね」
『そうです。そしてそれを裏付けるのが、もう一つの理由。我々司令部の『予報』では、山岳ルートの方が成功率が高い、と出ています』
出ています、なんて、本当に予報の言い方だ。成功率が高い、という言い方が、タイチには恐ろしく思えた。絶対ではないのだ。どれほど厳しい訓練を乗り越えても、どれだけリスクを減らしても、未来予知すら用いても、必ず成功するとは言い切れない。それが配送業なのだ。
「わかりました。ありがとうございます」
質問を終えたヤマトが着席する。
『他に質問は?』
スピーカーからの問いかけに、他から挙手はない。
『無いようですね。ではブリーフィングを終了します。各自、明日に備えて準備をしてください。皆さんの無事の帰還を、司令部一同、心より願っています』
スピーカーが切られた。無事の帰還、という言葉に、嫌でも反応してしまう。
ふう、とヤマトは大きく息を吐いた。彼も少し緊張していたようだ。全員を見渡し、笑顔で提案した。タイチをはじめ、メンバーたちの不安を和らげるよう振舞っているようだ。そんな彼の心遣いに少しでもこたえられるよう、表面上だけでもタイチは怯えを隠した。隠し通せたか自信はないが。
「じゃあ、日程とか、細かい部分をすり合わせていこうか」
一日の走行距離と野営ポイントの選定、かかる日数に応じた食料や武器弾薬などの備品、夜の見張りのスケジュール、緊急時の対応などを取り決めて、初日は終了した。




