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早瀬くんを殺したい99の理由  作者: ウソカラマコト


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7/10

自己紹介における機密保持義務違反と、発声モジュールへの不法な電波干渉について(2)

 自己紹介は続きます。

 わたしはひたすらメモを取るふりをして、あの男のジャミングから意識を遮断しようと必死でした。


 しかし。


「次、早瀬くん」


 担任の声がした瞬間、教室の空気がパァッと変わりました。


 入学式のもう一人の主役——あの壇上でわたしの原稿を無に帰した、腹立たしいほど黄金比に近い男の登場です。

 女子たちの背筋が一斉に伸びたのが分かりました。男子たちも「あいつか」という顔で前を向きます。誰の客観的データから見ても、彼が規格外の顔面偏差値の持ち主であることは証明可能な事実でした。


 彼、早瀬蓮は、席を立ちました。

 長い脚で悠然と歩き、教壇の前に出ると、教室をぐるりと見回しました。


 その視線がわずかにわたしの上で一瞬止まった気がしましたが、気のせいです。心機能が一瞬エラーを起こしたのは、単なるカフェイン摂取量の問題です。


「早瀬蓮です。翠嶺中すいれいちゅうから来ました。趣味は散歩と、えーと……人間観察? 好きな食べ物はカレー。よろしくな」


 短い。

 爽やか。

 余計なことは、何一つ言わない。


 わたしのペンが、止まりました。


 ……え? それだけですか?


 この街に以前住んでいたことに、一切触れていません。

 「佐藤蓮」だったことも。

 わたしとの関係も。


 なにも、言いませんでした。


 当然、クラスメイトたちがそれで納得するはずがありません。入学式であれほどの騒動——「昔から可愛い」だの「約束は時効です」だの——を全校生徒の前で繰り広げたのですから。


「えー! それだけ!? 橘さんとのこと教えてよ!」

「そうだよ! 『昔から』っていつからの知り合いなの!?」


 クラス中から、質問——というか尋問が飛び交い始めました。


 わたしは自席で真っ青になっていました。


 やめて! お願いだから深掘りしないでください!! これ以上わたしの極秘データをパブリックネットワークに流出させないで!! 『幼稚園の泥んこ遊びから』なんて言われたら、わたしは今度こそ窓から飛び降ります!


 しかし。


 早瀬くんは、困ったようにちょっと笑いました。

 そして、ひらひらと手を振って、実にそつなく。


「あー、それは……彼女のプライバシーに関わるんで、ノーコメントで」


「えーーーっ!」

「ケチー!」

「意味深すぎる!」


 クラスが一瞬沸きましたが、それ以上の情報が出ないと分かると、興味は薄れていきました。

「じゃ次、佐々木さん」という担任の声と共に、教室の関心はあっさりと次の自己紹介へ流れていきます。


 早瀬くんは、のらりくらりと笑顔でかわし続け、一切の過去を明かさないまま、自席に戻っていきました。


 みんなにとっては「面白い噂のある転校生」程度の話題だったのでしょう。


 でも、わたしにとっては——そうはいきません。

 ペンは、メモ帳の上で止まったままです。


 ……なぜ。


 なぜ、言わなかったのでしょうか。


 ……どうでもいいことです。


 あの男が何を隠そうが、何を企んでいようが、わたしには関係ありません。関係ないのです。わたしは完璧な高校生活を送る。あの男は無視する。それだけのことです。それ以外の思考は不要です。


 不要、なのに。


 ペンの先が、メモ帳の余白をぐるぐると意味のない円を描いています。


 ……もし。

 もし、あの早瀬蓮が——本当に、あの佐藤蓮だったら。


 だったら、何だというのですか。


 ま、まさか——あの「約束」の履行を迫るとでも言うのですか!? 10年前の、あの、幼稚園の卒園式の日に、泣きじゃくる男の子に向かって、勢いと気の迷いだけで口走ってしまった、あの——!


 あれは黒歴史です! 

 完全なる黒歴史! 

 判断能力が未発達な幼児期における重大な意思決定エラーであり、現在のわたしの見解とは何の関連性もありません!


 むしろ。

 むしろ、このまま黙っていてもらった方が好都合じゃないですか。あの男が佐藤蓮であることを公言しない。わたしとの過去を誰にも言わない。「約束」の存在など、最初からなかったことにしてくれる——。


 それで、いいはずです。

 それが、最も合理的な結論です。


 …………。


 でも。


 あの男にとっても、あの「約束」は——黒歴史、なのでしょうか。


 忘れたいほど恥ずかしい、消し去りたい過去。

 だから、誰の前でも口にしない。名前すら明かさない。


 わたしと同じように、あの日のことを——なかったことにしたいと、思っている……?


 ……ペンが、止まりました。

 胸の奥で、名前のつけられない何かが、ちくりと刺さりました。


 なんですか、これは。

 怒り? 安堵? それとも——。


 ……わかりません。

 わたしの論理演算で処理できない種類のエラーです。

 原因不明。解決策不明。ただ、胸の奥がむずむずして、落ち着かなくて、早瀬くんの自己紹介の声がいつまでも耳の中をぐるぐる回っていて——


 ——考えるのをやめます!


 あの男の内面なんて、分析する価値もありません!

 わたしが知るべきは事実だけです。

 あの男が何者で、何を企んでいるのか。それだけ把握できれば十分です。


 ……なぜ「佐藤」ではなく「早瀬」なのか。

 なぜこの街を離れて、なぜ今になって戻ってきたのか。そして、なぜ過去を隠蔽するのか。


 わたしの中に、むくむくと強い義務感が湧き上がってきました。

 これは、自己防衛のための情報収集です。

 敵を知らなければ、完璧な防壁を築くことはできません。


 ……彼に直接接触して、隠蔽されたデータを引きずり出すしかありません。

 あの男のペースには絶対に巻き込まれず、あくまで冷徹に、計算通りに。


 わたしはメモ帳の新しいページを開き、力強い筆圧で書き込みました。


『ターゲットの個人情報を調査すること』


 これは、戦争です。


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