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早瀬くんを殺したい99の理由  作者: ウソカラマコト


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6/10

自己紹介における機密保持義務違反と、発声モジュールへの不法な電波干渉について(1)

 新学期2日目。

 今日こそ、本当の橘恋春たちばな こはる、高校デビューの日です!


 昨日の入学式は最悪でした。

 新入生代表として、輝かしいデビューを飾るはずだったのに——入場で転んで見知らぬ男子に不必要なまでに密着され、壇上では彼に原稿を横取りされ、極めつけに「昔から可愛い」などという根拠のない妄言を全校放送されました。


 …………。


 すべて! あの訳のわからない男のせいですっ!!


 早瀬蓮はやせ れん

 わたしの致命的なエラー履歴(黒歴史)を保持する、極めて危険な存在。


 あれは事故です。不可抗力です。わたしはすでに記憶から完全消去のエンターキーを叩き割る勢いで押しました。

 なのに消えませんっ!

 思い出すだけで怒りで血圧が急上昇しますっ!!


 ……落ち着きなさい、橘恋春。

 冷静になるのです。

 あなたは完璧。

 完璧な知的女子。

 頭のてっぺんから足の爪先まで、知性と論理で完全構築されたパーフェクトな高校一年生。


 深呼吸です。


 すう、はあ。

 よし。


 完璧な橘恋春として振るまいます。


 昨日という名の無効データは、今この瞬間を以てマリアナ海溝の底に隔離されました。二度と浮上することはありません。


 教室に入ります。

 仮の席は出席番号順。わたしのタ行と、あの男のハ行は数列離れています。


 物理的距離、確保。

 これは極めて重要な安全マージンです。


 そして何より、今日のわたしには絶対に守らなければならない固い誓いがあります。


 絶対に、あの男に動揺しない。

 話しかけられても冷静に。目が合っても徹底的に無視。間違っても大声を出さない。

 橘恋春は、品格ある知的な女子高生です。

 ……あんな男のペースに巻き込まれて、二日連続で大声を出すなんていう非論理的な真似は、天地がひっくり返っても絶対にしません!


 自席に着きました。

 鞄を置き、筆記用具を整え、メモ帳を開いて準備完了です。


 数列向こうの席に、早瀬くんはもう座っていました。

 窓際の光を浴びて、朝から無駄に整った黄金比に近い顔面を晒しています。


 見ない。見ません。視界に入れない。

 存在しないものを認識する必要はないのです。


 朝のホームルームが始まりました。

 担任の松崎先生が教壇に立ちます。


「はいはい、おはようさん。昨日は入学式で色々あって疲れただろうが、今日から気を取り直して自己紹介からいくぞー。出席番号順に前に出てこい」


 自己紹介。


 来ました。昨日の不具合を修正する、最初のステップです。


 わたしは既に完璧なスピーチ原稿を脳内に用意しています。

 名前、出身中学、趣味は「読書と論理的思考」、目標は「生徒会長」。所要時間30秒。


 簡潔かつ知的。

 隙のない完璧な構成で、クラスのみんなに「孤高の知的女子」という正しい認識を植え付けるのです。


 昨日のようなシステムダウンは、絶対に許されません。


 出席番号順に、生徒たちが一人ずつ前に出ていきます。

 わたしはメモ帳に、みんなの名前と特徴を素早く書き留めていきました。情報収集は管理者の基本です。


「じゃあ次、橘さん」


 わたしの番です。


 席を立ちます。

 教壇へ向かいます。

 背筋を伸ばし、歩幅は均一に。昨日と同じフォームですが、今日のレッドカーペットにたわみはありません。教室の床は水平です。完璧。


 教壇の前に立ちました。

 39人のクラスメイトの視線が集まります。


 その視線の中に、数列向こうのあの男の目も混ざっていることを、なぜか足元から這い上がるような奇妙な感覚でキャッチしてしまいました。


 気のせいです。ただのクラスメイトのうちの1人です。39分の1です。


 口を開きます。


「橘恋春です。桜ヶ丘中学校の出身です。趣味は読書と……ろ、ろり、ろりり、論理的思考! 目標は生徒会長です。……よっ、よろしくお願いします」


 あーっっ、噛みました!


 「論理的思考」の「ろ」で、発声モジュールが深刻なフリーズを起こしました!

 原因は明確です! 視界の端——左方向の窓際に座る不法侵入者が、やけに楽しそうにこっちを見ているのが検知されたせいです!


 あの男のせいです! 存在そのものがわたしの言語中枢に対するジャミング(妨害電波)なんですか、あの人は!


 教室のリアクションが、じわじわと広がっていきます。


「あ、入学式の子だ!」

「例の彼氏と同じクラスじゃん」

「今日は殺害予告しないのかな?」


 お調子者の男子やミーハーな女子グループから、遠慮のないヒソヒソ声が上がりました。


 し、しませんっ! 「カレシ」などという非科学的で破廉恥な関係性を捏造しないでください! わたしとあの男は加害者と被害者です! 辞書の定義からやり直してきなさい!


 ……わたしは教壇の上で拳を強く握りしめ、孤高の知的女子としての矜持を保つために、唇を噛み締めました。


 足早に席に戻ると、数列向こうのあの男がにこにこしていました。


 そしてわたしの方を見て、口パクで何かを伝えてきます。


『噛んでたの可愛かったぞ』


 見るなーーーーーーーーーッ!!!!

 しかもまた「可愛い」とか! そういういかがわしい評価基準でわたしを観察するのはやめなさい!


 しかし、声は出しません。

 出しません。

 今日は出さないと誓ったのですから。

 わたしはペンを握りしめて、メモ帳の余白をぐりぐりと真っ黒に塗りつぶすことで、なんとか理性のヒューズが飛ぶのをこらえました。

 ギリギリです。あと1バイトの負荷がかかれば、確実に爆発します。


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