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早瀬くんを殺したい99の理由  作者: ウソカラマコト


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5/10

時効不成立のプロポーズと、マイク越しの殺害予告について(5)

 帰宅しました。


 橘恋春の「完璧な高校デビュー計画」は、完全に、壊滅的に、修復不可能な形で終了しました。


 「孤高の知的女子」?


 いいえ。

 全校が認識する「橘恋春」のイメージは、以下の通りに書き換えられたのです。


 「入学式でイケメンにお姫様抱っこされ、壇上でフリーズし、全校スピーカーで『可愛い』と告白され、マイクを通して殺害予告をぶちかました新入生。関わるべからず」


 わたしの人生は終わりました。

 社会的に。完全に。永久に。


 入学式の後にホームルームがあったらしいのですが、正直に申し上げて、何一つ覚えていません。

 教室に移動したこと。担任の先生が何か話していたこと。プリントを何枚か受け取ったこと。

 全て、推定です。鞄の中にプリントが入っていたので、きっとそうだったのでしょう。

 わたしの意識は、壇上で絶叫した瞬間から、自室のベッドに突っ伏すまでの間、完全に途切れていました。


 自室のベッドに突っ伏し、枕に顔を埋めて、声にならない悲鳴を上げ続けます。


(終わった……。わたしの人生は、今日をもって終焉を迎えました。全部、全部、あの男のせいです!)


 あの男。

 早瀬蓮。

 旧姓・佐藤蓮。

 幼稚園時代、わたしが「結婚する」と約束した——いえ、約束などしていません。あれは幼児期特有の認知バイアスに基づく誤認発言であり、法的効力は一切持ちません。時効です。完全に時効です。


 ……にもかかわらず。


 「相変わらず」という囁きが、脳内でリピートされます。

 「可愛い」という言葉が、脳内でリピートされます。

 「大丈夫」というあの声が——


(いやっ! なんで消えないんですか! なんでこんなに心臓がうるさいんですか! これは怒りによる動悸です! 純然たる怒りです! 彼に対する正当な憎悪から来る生理的な反応です!)


 わたしはベッドから起き上がり, 机の引き出しから、新品のノートを取り出しました。


 美しい装丁のノート。

 完璧な高校生活のために用意していた、学習計画記録用のノート。

 しかし今、このノートには、学習記録よりもはるかに切迫した用途が与えられることになりました。


 ペンを握ります。

 最初のページを開きます。

 表紙の裏に、大きく、力強い字で書き込みました。


 『早瀬くんを殺したい99の理由』


 ページをめくり, 最初の行にペンを走らせます。

 手が震えていて、字がいつもより乱れます。何度か書き直します。でも結局、怒りが先走って、全部盛り込んでしまいます。


 理由1:入学式の入場において、わたしの完璧な歩行フォームが崩れた際、不必要かつ過剰な身体的接触(お姫様抱っこに類似する体勢)を全校生徒の前で強行し、さらに壇上でマイクの電源管理を怠り、「可愛い」「昔から」等の破廉恥な私語を全校放送するという前代未聞の事故を引き起こし、わたしの完璧な高校デビュー計画を永久に、かつ修復不可能な形で破壊した、赦し難き大罪。なお、緊張していたかのごとく壇上に出てきてスピーチを横取りした行為も、越権行為として付記する。わたしの原稿は完璧だった。


 書き終えました。

 パタンとノートを閉じます。

 深呼吸を一つ。


 よろしい。


 このノートは、あの男の不当な干渉からわたしの完璧な日常を守るための、論理的な聖戦の記録です。

 感情的な日記ではありません。あくまで客観的事実に基づく告発文です。

 今日から、あの男がわたしに対して行った全ての暴虐を、一つ残らず、この1冊に刻みつけてやります。


 ノートを机の引き出しにしまいます。

 鍵をかけます。


 ……ふと。


 脳裏に、あの笑顔がよぎりました。

 壇上でわたしにマイクを渡す前に見せた、あの表情。

 幼い頃のれんくんの面影を残す、懐かしくて、温かい笑い方。


 ——いいえ。関係ありません。

 あの笑い方がどうであれ、マイクをオンにしたまま破廉恥な発言を全校放送した罪は消えません。

 温情の余地はありません。情状酌量も却下です。


 理由1がこのノートの先頭に刻まれている限り、わたしと早瀬蓮は「被害者と加害者」の関係なのです。

 それ以外の解釈は、一切認めません。


 ***


 翌朝。


 昨日の惨劇が嘘のように、空は澄み渡っていました。

 わたしは深呼吸をして、校門をくぐりました。


 大丈夫です。

 昨日は昨日。今日は今日。

 橘恋春は、何度でも立ち上がります。完璧な日常を、今日から再構築するのです。


 昇降口で靴を履き替えます。

 背筋を伸ばし、前だけを見て、堂々と。


 ——その時。


「おはよう、恋春ちゃん」


 心臓が、飛び跳ねました。


 振り返ると。

 隣の下駄箱の前に、あの長身の男が立っていました。

 前髪を軽く搔き上げながら、実に爽やかな笑顔で。


 早瀬蓮。


(な……っ!? な、なぜあなたがここに……!?)


「なぜって、同じクラスだからだよ。当然この昇降口を使うだろ? ……あれ、もしかして気づいてなかった? 昨日のホームルーム、ずっと同じ教室にいたんだけどな」


 同じクラス。


 同じ、クラス。


 同じ! クラス!!!!


 あの男と、わたしが, 同じ教室で、これから毎日、顔を合わせる。


「俺ってそんなに影薄いかなあ。ちょっとショックだな。……まあ、昨日の恋春ちゃん、魂抜けてたもんな」


 彼は困ったように笑いました。

 その笑い方に、一瞬だけ、あの幼い頃のれんくんの影が——


(見るな。見るな見るな見るな。この男を見てはいけません。こいつは加害者です。犯罪者です。前科一犯です)


「じゃ、改めて。同じクラスの早瀬蓮です。1年間よろしくな, 恋春ちゃん」


 彼はそう言って、ひらひらと手を振りました。

 その仕草が、腹立たしいほどサマになっていました。


(……………………)


 わたしは、鞄の中のあのノートの理由1の下に、すぐにでも理由2を書き加えなければならないという強い衝動に駆られました。


 理由2は、もう決まっています。


『わたしの許可なく同じクラスに在席し、不用意に話しかけてきた不遜な態度』。


 ——こうして、橘恋春の殺意は、たった一日で2つに増えたのです。


 そしてこれは、まだ始まりに過ぎませんでした。


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