時効不成立のプロポーズと、マイク越しの殺害予告について(4)
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早瀬くんは、自分の失態——マイクがオンだったこと——に気づいたのか、一瞬だけ「あ」という顔をしました。
しかし。
彼はすぐに表情を整え、「まあ、聞かれちゃったものは仕方ないか」と言わんばかりの——憎たらしいほど爽やかな笑みを浮かべたのです。
それが、わたしの逆鱗に触れました。
全校生徒の前で転倒をさらされ。
壇上でフリーズする醜態を晒し。
挙句の果てに、幼稚園時代の最大の黒歴史をこの男に握られている上に、「可愛い」と「昔から」をスピーカーで全校放送されたのです。
なのに、この男は笑っている。
爽やかに。余裕綽々で。
許せません。
論理的に、物理的に、感情的に、宇宙の法則的に、一切合切、許容できません。
わたしは、早瀬くんの手からマイクをひったくりました。
そして。
震える唇で——いいえ、怒りに燃える唇で。
わたしの高校生活における、記念すべき第一声を、発しました。
「あ……あの約束は、時効ですっ!!!!」
体育館が、しん、と静まり返りました。
全員が、何の「約束」なのか分からず、困惑しています。
(え、わたし、今、何を——)
自分で言ってから気づきました。
これではまるで、わたしの方が「約束」の存在を認めているではありませんか。
しかし、もう止まりません。理性のヒューズは、とっくに飛んでいました。
「そ、それから……さっきから何なんですか、あなたは!」
マイクを握りしめたまま、全身をわなわなと震わせながら、叫びました。
「勝手に人を抱きとめて! 勝手にフォローして! 勝手に可愛いとか言って! しかも全校放送で!!!! あなたのその無神経さと無責任さと自己満足的な親切心は万死に値します!!!!」
「誰が助けてくれと頼みましたか! わたしは完璧に暗記した原稿を三重にバックアップして準備万端だったのです! それをあなたが勝手に壇上に出てきて! わたしのスピーチの機会を簒奪して! 代わりにあんな即興の挨拶で済ませるなんて! わたしの三十回の音読を何だと思っているのですか!!!!」
「しかもッ! わたしが緊張していた? 緊張などしていません! あなたのいかがわしい振る舞いのせいで一時的なパニックが発生しただけです! 責任は全面的にあなたにあります!!!!」
そして。
ああ、こんなこと叫んでるわたしが客観的にどれほど異常かは分かっています。
でも止めることはできません。
このまま声を出さなかったら、胸の奥のこの熱い塊が、わたしを内側から焼き尽くしてしまいそうだったから。
「こ……殺っ、殺しますよっっっっっ!!!!!」
体育館に。
橘恋春の絶叫が。
スピーカーを通して。
轟き渡りました。
——これが。
冒頭で申し上げた、「入学式の壇上で殺害予告をしました」の全貌です。
一拍の沈黙。
そして。
体育館は、大爆笑に包まれました。
生徒も保護者も教師も(一部の青筋を立てている担当教諭を除いて)、あまりに予想外の展開に、笑いが止まらないようでした。
前の列の男子が「殺害予告出たぞ!」と叫び、女子のグループが「入学式の壇上でフラれてる!?」「フラれたのイケメンの方?」と大騒ぎしています。
……ちなみに、新入生代表挨拶は結局、早瀬くんのスピーチを以て代表挨拶とする、という扱いになりました。
わたしのスピーチは一文字も日の目を見ることなく、鞄の中で三部とも眠っています。完璧に準備された三重バックアップは、一度も起動しませんでした。
この件についても、後日、謝罪と訂正を求めるつもりです。
わたしの原稿は早瀬くんの即興より完璧だったということを、必ず証明してみせます。
早瀬くんは。
壇上で、わたしの絶叫を浴びながら、腹を抱えて笑いそうになるのを堪えていました。
しかし、わたしは気づきませんでした。
彼が笑いを堪えているその目が、わずかに潤んでいたことに。
それが面白さゆえの涙ではなく——もしかしたら、もっと別の、温かい感情が込み上げてきていたのかもしれないということに。
彼は小さく呟きました。
「……やっぱり、覚えててくれたんだな。恋春」
でも、マイクはもうわたしの手の中でした。
その言葉は、誰にも聞こえませんでした。




