銭湯にて1
翌朝、目が覚めると彼は煙草に火を付けた。横では子猫が寝息を立てている。時計を見ると、朝の5時20分だった。年末の空はまだ暗がりの中で立ち込める冷気が彼の頬を刺した。外でカラスが鳴いている。まだ夜明け前だというのに二羽三羽と集まってギャアギャアと鳴いている。活動を始める前の町に響き渡るカラスの鳴き声。ここが本当の田舎町だったら鶏舎からニワトリが鳴いたことだろう。しかしここは中途半端な千葉都民が暮らす、中途半端な町。
朝6時になると、決まって人々は起きだし、顔を洗って朝食を食べ仕事へ向かう。ひどく決まりきった、退屈な町だった。
彼はコーヒーを入れた。スーパーで大量に買ってくる、安い、ドリップのコーヒーだった。
やかんの立てるカタカタカタという音で子猫は目覚めた。
彼はカップになみなみコーヒーを注ぎ、次の煙草に火を付けた。
昨日よく眠ったせいか彼は腹が減っていた。冷蔵庫を開けるとチーズとハムが入っていた。
そういやコンビニで買ったんだっけ。彼は思い出した。
コーヒーとチーズとハムをテーブルの上に置いた。子猫が足元に寄ってきた。
「ごめんな、今日キャットフードを買ってくるから」そう言って子猫にハムをあげた。子猫は喜んでハムを食べた。子猫がのどにハムをつまらせた。子猫は苦しそうにしている。
彼は急いで皿に水を入れて持ってきた。しかし、子猫は自分で飲もうとする気配がない。
彼はため息をついて子猫を掴み上げた。口の中に指を突っ込み、ハムを取り出してやった。子猫は落ち着き、皿の水をごくごく飲んだ。飲み終わるとまたハムを欲しがった。彼はハムを細かくちぎり、子猫に与えた。
今度は子猫もうまくハムを食べきった。
彼は熱いコーヒーをすすった。
7時から朝ごはんだからまだ時間がある。少し外へ出てみよう。
彼はコートを着て玄関の外へ出た。子猫も一緒に外へ出た。
吐く息は白く、空は真っ暗だった。
一階の食堂では既に換気扇から朝食の匂いが立ち込めていた。
ガチャっと二階の彼の隣の部屋のドアが開いた。髪を短く丸めた少年のような顔立ちの子が出てきた。
彼は坂下に気が付くと頭を下げた。彼も頭を下げる。
それからは坂下に視線を合わせないように食堂へ入っていった。
社会性が無いなと、坂下は思った。すぐに彼のことは忘れることにした。障害を持つということは、本人の社会生活をひどく困難にする。
そんな障害者の中でも坂下は楽天的だった。一宮さんを見てもそうじゃないか。
一宮は障害を持ちながら20年以上仕事を続けている。そこら辺の定職につかない野郎と比べてみたって何倍も社会に貢献している。
最近はランニングが趣味です。




