8. 温かいカレーとお酒
「こ、これは何だ!」
最初はモンスターが一体だけだったはずなのに。
いつの間にか手に負えないほど増えていた。
今は耐えるのが精一杯。
覚醒して向上した身体にも無理が来ているのか、息が荒くなる。
私の覚醒能力は念力。
精神に大きく影響される能力なので、いつでも冷静な精神を保つのが肝心だが、精神力がリアルタイムで消耗していくのが感じられる。
このままでは、そう長くは持たずに、増殖したモンスターの重みに押し潰されてしまいそうだ。
私より弱い奴らに踏み潰されて死ぬのはごめんだ。
パチパチ。
結局、数も計り知れない奴らを押し返していた念力の障壁が、ついに破れてしまった。
「来い!」
ただ座って死んでやれるものか。
ここで死ぬとしても、一人でも多く道連れにしてやる!
戦意を固め、ボクシングの構えを取った。
来い、先に襲ってくるやつから粉砕してやる!
私は恐れることなく、前に出てきたやつに拳を突き出した。
「ニャンニャンパンチ!」
ドカン!
口から出た言葉とは裏腹に、僕がやったとは信じられない結果が起きた。
あんなにいたモンスターが、跡形もなく消え去ったのだ。
「ゴクリ。」
慌てて奴らが出てきた入り口を見た。
懸念とは違い、モンスターはそれ以上現れなかった。
ゴロゴロ。
そして間もなく。
地震でも起きたかのように建物が揺れた。
「……」
やがて私は現実に戻ってきたことを悟った。
なぜなら、一時的に私たちを見ていた班長が、全身を赤くして片隅に倒れていたからだ。
近づいて彼を調べた。
助けには遅かったのか、息は絶えていた。
冷たくなった班長を見て、ふとレンを思い出した。
辺りをくまなく探した。
しかし見つかったのは、レンが防衛隊で受け取った剣だけだった。
剣を除いて、彼の姿はどこにも見当たらなかった。
現場から戻った私はマサヒロ隊長と面談した。
「タカシは刑務所を領域にしようとしていたモンスターと共倒れになったようだ。最後まで防衛隊員としての任務を全うしたのだろう。」
モンスターの推定等級はB級。
私が提出した報告書を基にした調査の結果。
寄生型モンスターと共生をなしていたようだと。
だが、私が知りたいのはそれではない。
「レンは見つかりましたか?」
「刑務所にいた囚人たちが蒸発して消えたのは知っているだろう。生死は確認されていないが、レンもそうなったのだろうと見ている。」
ドスンと落ち込んだ胸。
薄々勘づいてはいたものの。
レンの生死を他人から聞くと。
医者が両親の死亡宣告をした時のように、もういい加減レンが死んだことを認めろ、と言われているように聞こえた。
「残念なことだ。前途ある若者たちが死んでいくのを見るのは…ユマ、君はこれからも防衛隊にいて、今日のようなことをまた経験するかもしれない。いや、きっとそうなるだろう。だからといって自分を責めて潰れてしまうな。むしろその悲しみを怒りに変えてモンスターにぶつけ、二度とそんなことが起こらないように強くなれ。」
私は力ない声でそうだと答え。
その場を後にして訓練場へ向かった。
シャラン。
レンが使っていた剣。
防衛隊に入隊して以来、剣に触れたのは最初だけだった。
念力を使うようになってからは初めて手にした。
刑務所で見つけたものを返却しようとしたが、武器が必要なら持っていていいと言われたので、武器登録だけして私が持つことになった。
剣をあれこれ動かすと。
光を受けるたびに星のようにキラキラと輝いた。
私は心を落ち着かせ、剣に念力を送り込んだ。
念力の糸が蛇のように動いて剣に触れると。
冷たい剣の冷気が私にまで伝わってくるような錯覚に陥った。
今回出会ったモンスターは、覚醒者のように特殊能力を持つやつで、限られた刑務所という空間だけを操っただけあって、その範囲がもう少し広かったらB+級をもらってもおかしくなかっただろうと。
現場に到着した人たちの話では、私たちの班は運が悪かったのだと。
念力が剣を完全に包み込んだ。
すると、剣の鋭さが一層深まったように感じられた。
ブスッ。
剣で壁を刺してみた。
豆腐を切るように簡単に刺さった。
拳にまとわせた時は力が、剣にまとわせた時は鋭さが加わったのだ。
壁から剣を抜いた。
剣に宿った念力がわずかだが弱まっていたが、再び力を込めると元の姿に戻った。
そう、何事にも段階があるのに。
僕はこの間、あまりにも安易に考えすぎていたのだ。
しかも、剣を使うとあの形が見えないので、気に入った。
大切な友を失って初めて気づくなんて、僕はどうしようもない奴なのかもしれない。
家に帰る途中で病院に寄ろう。
ユイになんて言えばいいか分からないが。
植物状態の人でも意識があって、他の人の話を聞いていると言うではないか。
病院に行く前に花屋に寄った。
ユイは見られないだろうが、女の子の部屋だから。
殺風景なよりは花でもあった方がいいだろうという気持ちからだった。
「彼女さん、喜ぶでしょうね。」
「彼女じゃないです。」
信じていない様子だ。
次は別の店で買おう。
外に出た私は、花束に顔を埋めて大きく息を吸い込んだ。
すると、花の香りに心まで明るくなるような気がした。
病院に到着した。
「個室にいらっしゃるユイ患者さんを見に来たんですが。」
「ユイ患者さんを見に行かれるのでしたら、私も一緒に行きます。ちょうど診察の時間ですので。」
受付で看護師と話していると、隣から医師が近づいてきた。
「こんにちは。」
「初めまして。体の調子はいかがですか?」
「先生のおかげで、どこも痛くなく元気です。」
「それはよかったです。私は病気の人を治すことしかできませんから。」
私が防衛隊員だと気づいたのだろうか?
あ、私今剣を持っているんだった。
何となく頭を掻いた。
医師と一緒にユイのいる場所へ向かうと。
彼が花に関する話をさりげなく切り出した。
「花がしおれる頃には変わっているんですが…ユイ患者さんも知っているはずです。本人も頑張って目覚めようと努力しているでしょうから、これからもよろしくお願いします。」
「はい。」
言われなくてもやるつもりだ。
病室の前に到着し、ドアを開けると。
「今日、検査を受ける予定はありますか?」
「…ありません。」
どこに行ったのか、ベッドからユイが消えていた。
ユイがいなくなったことを確認した私は、病院をくまなく探したが、結局彼女を見つけることはできなかった。
一体何が起こっているんだ?
意識を取り戻したユイが、自分で病院を出たのか。
もしそうなら病院にいたはずなのに……
もしかしてと思い、レンの家を訪ねた。
ドアが施錠されている。
どうやって入ろう?
私は少しためらった後、ドアノブを掴んで力いっぱい引いた。
家の中とユイの部屋を見ても、誰かが入った形跡はなかった。
結局、私はユイがどこに消えたのか何の収穫も得られないまま家に戻った。
「ご飯食べなさい。」
「お腹空いてない。」
ドスッ。
「あああ。」
ご飯を食べたくないと言うと。
ケイコ伯母さんが背中を強く叩いた。
どれだけ強く叩かれたのか、背中が熱い。
「食べないってば。」
「何かあったのか知らないけど、そんなに塞ぎ込んでばかりいないで。泣くのだって力がいるんだから。」
結局、ケイコに引きずられるようにして食卓に着いた。
「何だ、カレーか。」
あまりにも食べ過ぎて、もうカレーは食べたくないと言って以来、しばらく食卓で見かけることがなかったのに、今日はどういうわけか夕食にカレーが出た。
スプーンで一口すくうと、熱い湯気が立ち上った。
一口食べると、温かいぬくもりが胸から全身に広がった。
なぜか今日は、カレーがひときわ美味しかった。
◇
ここはどこだ?
夕食を食べてから動きたくなくて、ベッドでゴロゴロしていたはずなのに。
周りを見渡すと、白いガウンを着た人々が忙しく動き回っている。
しかし、彼らは私に全く気づかないようで、一度も目を向けない。
あっ、人が今、私の体を通り抜けた。
自分の身に起こったことに戸惑っていると、再び同じことが起こった。
「あの!」
呼んでも返事はなく、触っても通り抜けるだけ。
まるで幽霊にでもなったかのような気分だった。
今の状況とは逆に、何もできないからか、かえって心が落ち着いた。
まずは周りを見渡そう。
白いガウンを着た男たちが忙しく動き回っていて。
施設の中央には、巨大な円形の機械で作られた骨組みが。
まるでいくつかの指が球体を包み込んでいるかのような形をしていた。
思ったより珍しいものも多くて面白いな?もう少し歩き回ってみよう。
そうしていると、人々が集まって互いに声を荒げている姿を見た。
「失礼します。通ります。」
何を見ているのかと、研究員たちをかき分けて中央に入っていくと。
先日、書店で見た魔導書が年老いた研究員の手の中にあった。
◇
目を覚ますと、見慣れた天井だ。
どうやら夢を見ていたようだ。
通常、どんな夢を見たのかは目覚めると忘れてしまうことが多いが、今日は夢が生々しい。
これがマサヒロ隊長が言っていた夢なのだろうか?
なんだかそうであるような強い予感がした。
忘れそうにもないし…後で会ったときに話してあげよう。
時間を見ると、変な夢を見たせいでいつもより早く起きてしまった。
ベッドから起き上がり外に出ると。
簡単な食事が用意されていて、メモが一つ置かれていた。
ー今日は忙しいから先に行くね、一緒に食べられなくてごめん。学校頑張ってね。ー
私は用意された食事を食べ、学校に行く代わりに防衛隊がある方向へ足を向けた。
訓練場で修行をしていると、思いがけない人が訪ねてきた。
「よう、元気にしてたか?」
「じょ、助長さん?···どうしてここに?」
評議会の仕事で席を外していた人が戻ってきた。
「なんだ?俺が来ちゃいけない場所にでも来たか?歓迎しないみたいだな?」
「い、いえ、そうじゃなくて。お忙しいと聞いていたんですが?」
「まあ、そうなった。何があったのか分からないが、日程が延期になったらしい。後でまた招集されて行くことになりそうだ。ところで、お前は朝から何をしてるんだ?」
「訓練です。」
剣を彼に見せた。
「それは見れば分かる。俺が知らなくて聞いたとでも思ったか?俺の言いたいのは、なぜ朝からここでこんなことをしてるんだってことだよ。」
そう言いながら近づいてきて。
私の頭にヘッドロックをかけるではないか。
「痛っ···な、何ですか?」
私の太ももより太い腕が頭を締め付ける。
馬鹿力ばかり強くて…痛くて死にそうだ。
「レンのことは来る途中で聞いた。二人は仲が良かっただろうに、辛い目に遭ったな……。俺なら酒でも煽っていたところだが、まだ青いお前がこんなことをしているから笑ってしまった。そういえばお前! 今、学校に行く時間だろうに、よくもここにいるな。この野郎!」
「学校に行ったって何を学ぶんですか?どうせ死んだら終わりじゃないですか。」
私の言葉を聞いたレオ助長が腕の力を緩めた隙に、頭を引き抜いた。
乱れた髪を直していると、彼が真剣な顔で言ってきた。
「お前の言う通りだ。今の高校に行っても、何も学ぶことはないだろう。元々頭が悪かったみたいだし。」
この人は誰をからかっているんだ。
「ついてこい。」
レオ助長が体を反転させながら、ついてくるように手招きをした。
「どこへ行くんですか?」
「おっと。少し顔を見ないうちに生意気になったな?酒を飲みに行くんだ。」
「私、まだ成人してないんですが?」
「いや、最近の子供は酒を飲まないのか?俺の時代はなくて飲めなかったのに。」
「匂いも嫌なものを飲んでどうするんですか。」
以前、レンが父親の大切な酒だと言って公園に持って来たことがある。
その時、少し飲んでみたが、苦いだけで、味もないし頭が痛くなった。
見つかってからは、すごく怒られたっけ。
「それはお前がまだ味を知らないからだ。行こう。大人がくれる酒は飲んでもいいんだぞ。」
「私は飲みません。」
「そうか、そうじゃないか。」
あまり気にする様子ではなかった。
修行は後回しにして、レオ助長と肉を食べに行った。
酒は飲まないつもりだったが、一杯だけと言われて飲んでみたら、私が知っていた味とは違った。
酒は甘かった。




