52. キョウスケ vs 特任部隊隊長レオ
「……ん?」
つい先ほどまでいた場所とは違う景色、そして見知らぬ顔ぶれ。
「アヤノさんじゃなくて、別の奴が来ましたけど?」
「やり直しはきくか?」
「レオ隊長も知ってるでしょう。あの能力は一度使うと待機時間が長いんですよ」
アヤノに飛んできた物体を手のひらで防いだ瞬間。
少し前までいた場所とは、全く別の場所に移動してしまったキョウスケ。
彼を囲んでいる者たちの中に、希少な「転移能力」を持つ覚醒者がいるようだった。
自分たちで話している内容を聞く限り。
狙撃銃を持っている女が、その転移能力の主らしいが……。
転移能力をもう一度使うには、かなりのディレイがあるようだった。
「……どうやら、場所を間違えたみたいですね。俺はこれで失礼します」
その場を離れようと、深々と頭を下げたキョウスケ。
だが、そんなことは無駄だと言わんばかりに、レオ隊長と呼ばれた男が彼を指さして言った。
「どこへ行こうというんだ? せっかく遠路はるばる来たんだ、休んでいったらどうだ」
「はは、俺もそうしたいんですけど……俺がいないと不安がる連中がいましてね」
「そうか。ふむ、それもそうだろうな。だが、不安がるからと過保護に接していては、人は成長できない。それにだな……本来我々が求めていたのは君ではなく別の人だったのだが、困ったことに君が来てしまった。不本意だろうが、こうなった以上は次善の策として、君に同行してもらいたい。名前は……そう、キョウスケといったかな?」
「……ええ。ですが俺を? どこへ連れていくつもりか知りませんが、連れていったところで何の役にも立ちませんよ?」
「それは追々わかることだ。私は微力ながら特任部隊の隊長職を任されている。ここにいるのは私の隊員たちだ。本来は混乱に乗じてアヤノを連れ去るつもりだったが、今の時局にあの場に乱入し、米軍の覚醒者たちとやり合うのは、労力の割に計算が合わなくてね。……まあ、状況を見る限り、アメリカ人の連中が企てていることも失敗しそうだし、あえて邪魔立てする必要もなさそうだ」
「俺はアヤノじゃありませんよ? しかも男だ……なぜ俺を……?」
「はは、それは見ればわかる。国家から俸給を受け取る身として、日本の覚醒者でありながら覚醒の届け出もせず、秩序を乱す者たちを黙って見過ごすわけにはいかないのだよ。根を絶てるなら絶っておくべきだ。そのために、君が役に立ってくれると思って紳士的に勧誘しているんだ」
レオ隊長という男の言葉を聞いたキョウスケは、相手が自分に「仲間を売れ」と平然と言い放ったことに、その場を去るべきだという事実を忘れるほど頭に血が上った。
自力でこの場を離れようとしても、彼らの行動を見るに、素直に帰してくれるはずがないことも理由の一つだったが、何より仲間を売るという人間以下の行動をしろというのか。容認しがたい言葉だった。
「……俺も自分がろくな人間じゃないことは分かってるが。俺が仲間を売るような奴に見えるか? そう思ってるなら、人を見る目がないな」
――ゴォッ!
両手から火炎を生み出したキョウスケ。
隙を作るため、その炎を四方八方へと撒き散らした。
次の瞬間、身を翻してビルの屋上の端へと全力で疾走し始める。
屋上の縁に到達したキョウスケは、欄干に足をかけ、向かい側のビルに向かって力いっぱい体を投げ出した。
ガラスを突き破り、向かいのビルの中へと突入するキョウスケ。
「キャーッ!」
「うわっ!」
「何事だ!?」
突然乱入してきたキョウスケを見て、パニックが起きる。
「うるせえ!」
キョウスケが眉をひそめて一喝すると、辺りは死んだように静まり返った。
周囲を見渡し、階下へ降りるルートを探す。
人の多い場所よりも、非常階段を使って降りる道を選んだ。
先ほど屋上から飛び降りる際、アヤノたちの周囲を米軍が包囲しているのが見えた。
レオ隊長という男は、アメリカの計画は失敗すると言っていたが、だからといってここで一人で逃げ帰るわけにはいかない。
それでは、仲間を裏切るのと変わりないではないか。
非常階段を駆け下り、素早くビルを抜けようとしたその時。
ビルの出口で、レオ隊長という男が立ち塞がった。
先に動いたはずの自分よりも早く地上に降りているとは……一体どうやって?
周囲を確認すると、レオの周りのアスファルトが砕けているのが見えた。
どうやら自分を捕らえるために、高い場所からそのまま落下してきたようだ。
相当な実力を持つ覚醒者。
一団の隊長を務めているだけあって、能力は卓越しているのだろう。
下手に構えれば、アヤノたちへの合流どころか、そのまま連行されるかもしれない。
「恨むなよ。君が選んだことだ」
その言葉を最後に、キョウスケはレオに向けて能力を放った。
――ゴォォォッ!
薪のように燃え上がるレオ。
覚悟していたよりもあっけなく終わったことに安堵した。
本来、人間に向かってこのような形で能力を使うことは滅多にない。
覚醒者だから全身火傷を負ってもすぐに立ち直るだろう、そう判断しての攻撃だった。
そのままレオを通り過ぎようとした、その時。
――ガシッ。
燃え上がっていたはずのレオが、キョウスケの腕を掴み取った。
「な、なんだ……!?」
狼狽するキョウスケ。
だが、ここで時間を食えば他の連中が合流するという状況を瞬時に察知し、自分を掴んでいるレオの腕を握りしめ、再び能力を叩き込んだ。
――ボトッ。
焼け落ちるレオの腕。
だが、レオが並の覚醒者ではないことを悟るのに、時間はかからなかった。
火炎が収まるとともに、レオの姿が露わになったからだ。
人間の皮膚はどこへ行ったのか、銀色の鈍い光を放つ皮膚が彼を覆っていた。その姿は、不気味でさえあった。
「はは、熱いな! 適当にやっていては死人が出るかもしれん。……少し、本気を出してみようか」
そう言いながら、レオが腕をビルに叩き込んだ。
「遊ぶなら一人で遊んでろ、俺は行くぞ!」
何をしようとしているか知らないが、誰が待ってやるものか。
何か大きな技を準備しているようだが、相手にせず逃げれば済む話だ。
そうして身を翻し、アヤノのいる場所へと向かって一ブロックほど走った頃だろうか。背後から凄まじい地響きが聞こえ始めた。
ふと後ろを振り返ると、そこには巨大なものが。
人間を模したゴーレムの手が、キョウスケに向かって伸びてきていた。
レオの能力は、身体を鋼鉄に変えること。
鋼鉄を摂取すれば、損壊した身体を復元できること。
そして、限界はあるものの、鋼鉄を吸収して重量を増やすことができるため、建物にある鋼鉄を吸収して体格を大きくする方法を選ぶことができたのである。
「クソッ! それは反則だろ!」
キョウスケは身体強化系の覚醒者ではないため、逃げ切る前にレオに捕まった。
足が宙を掻き、ゆうに人の背丈ほどの高さまで吊り上げられた。
「もう一度言う。協力しろ」
「ふざけんな! 寝言は寝て言えって言っただろ!! うああああーっ!」
キョウスケの体から火柱が上がる。
彼を掴んでいるレオの手が熱で赤く染まっていく。
先ほど腕を一本失ったレオとしても、キョウスケの抵抗をこれ以上放置するわけにはいかなかった。
レオは残った方の手で拳を握り。
その巨大な拳をキョウスケに叩き込んだ。
――ドォォォォン!!
凄まじい衝撃を全身に受けたキョウスケは、そのまま意識を失った。
自然と赤く焼けていたレオの手は本来の色を取り戻していく。
レオは気を失ったキョウスケを、静かに地面に横たえた。
あまりにも一瞬の出来事だった。
すべてが終わった頃に、特任部隊の隊員たちが駆けつけてくる。
「連れていくぞ」
アヤノの代わりにレオが手に入れたのは、キョウスケだった。




