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魔導書を拾う  作者: kjms
43/54

43. ロシアKGBのポポフ

ロシアの、ある聖堂。


「ポポフさん」


一人の老紳士がポポフの前で頭を下げ、弔意を表した後に立ち去った。

聖堂の前方には香木で作られた棺が置かれており、その中には両手を揃えた少女が、まるで眠りについているかのように目を閉じて横たわっていた。


棺の中で眠る少女はポポフの孫娘であり、彼が日本から戻った時には、すでに彼が追いつけない場所へと旅立った後だった。


「あの子、最期までポポフさんのことを何度も探していたそうですよ」


こうなると分かっていたなら、孫娘が去る最後の瞬間には傍にいてやったのに。

孫娘が寂しがりながら自分を探していたという事実が、ポポフの胸を重く押し潰した。

その後も弔問客の足取りは長く絶えることなく続いた。

だが、彼らがかける慰めの言葉は、ポポフの心には届かなかった。

自分の欲のために、孫娘が最も自分を必要としていた時に傍にいてやれなかったのは、否定できない事実だったからだ。


時間が過ぎ、ポポフ一人がその場に残った時、聖堂の扉が開いて招かれざる客が彼を訪ねてきた。


「ポポフさん。ロシアに戻られたのなら、まずは我々のところへ顔を出してほしかったですね」

「今は気が動転している。落ち着いたら後でこちらから伺う」

「我々もそうしたいのは山々なのですが、ボスが今すぐポポフさんに会いたいと仰っておりましてね。仕方がありません。ご理解いただけると信じています」


不審者が口にした「ボス」とは。

ロシアの目に見えない経済を左右し、大統領であるプーチンでさえ慎重にならざるを得ない人物だった。


そんな人間が、世界で唯一の吸血鬼ヴァンパイアの特性を持つユキオを渇望していた。

ユキオの活動当時の記録を調べれば、伝説に登場する吸血鬼に似た能力を見せていたという。

確実なことではなかったが、ボスはその話の半分が事実だとしても、老いることのない「不老」の能力は期待するに値すると考えていた。

さらには、これまで何度も実験を通じて能力の移譲は不可能だと思われてきたが、もし能力の移譲まで可能だとしたら……?


しかし、ユキオが活動していた頃は日本でも注目されていた覚醒者だったため、日本との関係を考えると下手に動くことはできなかった。


そうして時間が流れ、現役で活動していたユキオが潜伏し、何らかの理由で死んだという情報を入手した。

ユキオの一人娘がその覚醒能力を受け継いだという状況まで捉えたのだから、ボスの体は熱く火照った。


ボスが常に日本に注視していたからこそ早く気づけたのであって、今の時代、情報の拡散は一瞬だった。他の誰かがこの事実に気づき、エレナを狙う前に先手を打たなければならなかった。


わずかな可能性ではあったが、ボスは歴史上のどの支配者も手に入れられなかった「不老」を得られるなら、多少の損害は甘受する価値があると考えていた。

かといって、他国に干渉してまで自身の基盤を揺るがすような冒険はできなかった。

代わりに、失敗しても尻尾切りができる人間を、ロシア全土をくまなく探させた。


そんな中……運命のように、かつてポポフの下で働き、彼の顔を知っていた部下が、薬局で彼を見かけたと報告した。

後をつけた結果、KGBの伝説と呼ばれたポポフに、病で明日をも知れぬ孫娘がいるという事実を知り、これを利用することにした。

ポポフには仕事に必要な断片的な情報だけを与え、「日本の覚醒者の力を借りれば、孫娘を治療する方法がある」という甘い言葉で懐柔した。

そして、ポポフが現役時代に剣を愛用していたことを知り、協力を惜しまないフリをして、彼に適した武器を探し出し、その手に握らせた。


「これのために私を訪ねてきたのか?」


ポポフがコートの内側にあった剣を取り出してみせた。

宝具を抜き放った瞬間、緊張感に包まれる聖堂。

ポポフを訪ねてきた男たちが、銃のあるポケットに手を突っ込んだ。


「戦うつもりはない。老いぼれをいじめるのが趣味ではなかろう……。戻ったら私から伺うと伝えろ。そして、これは返してやる」


ポポフは訪ねてきた男の前に、持っていた剣を投げ出した。

ボスの命令で聖堂を訪れた男が、落ちた剣を拾い上げながら言った。


「ポポフ殿もお連れせよというのがボスの命令です。折り入ってお話があるとのことです」


ビッグ・ボスがポポフの事情を哀れんで善意を施したわけではない。

ロシアではない日本ではボスの影響力は微々たるものであり、外交的問題もあったため、引退して世間に知られていないポポフを引き入れたのだ。

ビッグ・ボスの支援を受けたポポフは、このような事態を招かないためにも、どんな手を使ってでも成果を上げなければならなかったのだ。


しかし、エレナをロシアへ連れてくることに失敗したばかりか、彼女が覚醒したという事実まで広まってしまった今、大きな異変がない限り、以前と同じやり方はもはや通用しなかった。


ボスが関心を寄せていた計画に失敗した以上、誰かがその責任を取らなければならない状況。


ポポフは自ら出向くと言ったが、彼の孫娘はすでにこの世を去っている。

ポポフを抑制する手段が失われた状況で、招かれざる客たちがその言葉を信じるはずもなかった。


単に互いの利益のために一時的に手を組んでいたに過ぎない。互いの不信感が深まるのは、当然の成り行きだった。


「私のような老人と、今さら何を話すことがあるというのか。……少し待て」


ポポフは香木の棺に横たわる孫娘の手を、優しく整えた。

そして両手を挙げ、自分を訪ねてきた連中の中へと歩み寄った。

武器を持っていないことを示すために手を挙げたのだが、連中はかえって緊張し、ひどく萎縮している。最近のロシアの若造どもは臆病風に吹かれすぎだと、ポポフは冷ややかに思った。


招かれざる客たちに囲まれるポポフ。

もはや隠すつもりもないのか、彼らの手にはいつでも火を噴く準備ができている銃が握られていた。


ふと、若かりし頃の記憶がポポフの脳裏をよぎる。

彼が現役だった頃、まだモンスターこそ存在しなかったが、

情勢は今よりも混迷を極めており、今のような修羅場は日常茶飯事だった。

年を取れば思い出の中で生きるというが、この歳になってみると、その言葉に間違いはないとしみじみ感じた。


孫娘を救いたいという利己心から始まったことではあったが、日本で彼はついに己の信念を裏切った。

まだ未来ある子供たちに作ってしまった借りを返すためにも、将来、彼らの足枷となるであろう障害は、必ずここで取り除かねばならない。そう決意した瞬間。


ポポフの放った凄まじい殺気が周囲を圧した。

至近距離にいた者たちの体が、反射的に硬直する。

一秒にも満たない刹那、ポポフは機械のごとき正確さで自分を囲む男から銃を奪い取ると、別の男の体を肉の盾にして、周囲の「掃除」を開始した。



ロシアの、ある別荘。

三人の男が一堂に会し、ウォッカを啜っていた。


「今回日本に送った奴は、失敗したそうだな?」

「現役時代は腕が良かったと聞いたから使えると思ったが、結局は錆びついた刀だったよ」

「精鋭も一緒に送るべきだったな」

「惜しいことをした」

「失敗したあの男はどうなった?」

「連行しようとしたが抵抗が激しく、死んだそうだ。地下に閉じ込めて拷問でもしてやろうと思ったんだが……」


人が死んだことを悼むのではなく、ただ「惜しい」と口にする男たち。


「すでに失敗したものは仕方あるまい。やはり正体不明の能力などというものに頼るより、人類科学の結晶である生命工学という確実なカードの方がいい。最近は昔と違って、複製臓器を移植さえすれば150歳までは余裕で生きられるそうだ」

「ほう、そうか?」


誰を殺すだの、拷問するだのといった物騒な話を、彼らは事もなげに口にする。

彼らにとって手を血に染めることは、腹が減れば飯を食うのと何ら変わりはなかった。


彼らの関心はただ一つ、利益のみ。

近頃は年を取るにつれ、その関心は「長生」へと移っており、

ポポフの件は、永遠の命という目標の下で行われた数多くの選択肢の一つに過ぎなかった。


「ふふ……配下の科学者どもが、70年以内には不老不死を実現できると言っている。我々は身の安全にさえ気をつけていればいい」

「ところで、あいつの娘だったか? 病気だったんだろう? 本当にそうだったのか?」

「何の話だ?」

「お前が手を回したんじゃないかと思ってな」

「まさか。私が見つけた時にはすでに不治の病で、手を下す必要もなかった。それに娘じゃなくて孫娘だ。私はただ、あいつの重い腰を上げさせるために、容体を少しばかり悪化させてやっただけだ」

「わはは、やはりそうか!」


その言葉に爆笑しながら、ソファーを掌で「タンタン」と叩く。


ガッシャーーーン!!


「なっ、何だ!?」


扉が乱暴に開かれ、一人の男が部屋に足を踏み入れた。

それはポポフを追って聖堂を訪れた男、フョードルだった。

彼のその手には、一振りの剣が握られていた。


「フョードル、何の真似だ? 報告は後で聞くと言ったはずだが……?」

「貴様の部下か!? ここをどこだと思って入ってくる! 警備、警備はどうした! 何をしている!」


騒ぎが起きたというのに誰も駆けつけてこないことに、男たちは狼狽しながら叫んだ。


「ここまで来る間に片付けた。当分、誰も来ないだろう。……それより、入る前に聞こえたが、貴様らの言ったことは事実か?」


そう言いながら、フョードルが片手で頭髪を上に掴み上げると、

顔の皮がズルリと伸び、皮膚が剥がれ始めた。


「う、うわああああ!!」

「ひっ……!」

「何だ!? 怪物か!? 警備!! なぜ警備が来ないんだ!!」


その光景は、拷問と殺人を繰り返してきた彼らでさえ、本能的な拒絶反応を示すほどおぞましいものだった。

だがその中の一人が、剥ぎ取られたフョードルの顔の下から現れた男の正体に気づいた。


「……ポポフ?」

「私を知っているようだな。貴様がフョードルという男のボスか。……今夜は長くなりそうだ」


その夜、三人の男は、自分たちに向かって迫り来る悪魔の姿を目の当たりにした。

別荘からは、己の罪を許してくれと乞う叫びが、夜通し途絶えることはなかった。

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