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魔導書を拾う  作者: kjms
42/54

42. 9人

東京の某所。

シンイチロウを筆頭に、9人の男女が集まっていた。


「最近、アメリカ側が俺たちの後ろを嗅ぎ回っているようだが、どうする?」

「どうするも何も、いつも通り処理すればいいだろう」

「いや、面倒なんだよ! 俺が言いたいのは、余計な考えを起こさないように一度きっちり踏み潰しておく必要があるってことだ」


不満が飛び交う中、シンイチロウがそっと手を挙げた。

すると、各々が好き勝手に動かしていた手を止め、視線をシンイチロウへと向けた。


「デボロの言う通り、我々を追う者たちに警告を与えることもできるだろう。だが、アメリカを除いても我々を狙う輩は多い。今の状況も決して悪くはない。当面、異状がなければ当初の予定通り事を進める」


シンイチロウの言う「事」とは。

「精髄」を使い、アヤノが持つ魔導書を一般人にもバラ撒くことで、覚醒者を大量に養成する行動を指していた。


そこには日本人のみならず、外国人も含まれていた。

その目的は、生まれ育った日本のために、日本に存在するモンスター勢力を弱体化させること。

日本の覚醒者は他国よりも優れた面を見せているが、アヤノが保管している無数の魔導書の呼び寄せに応じるように増え続けるモンスターを、捌ききれずにいるのが現状だった。


今までは日本の覚醒者たちが踏ん張ってきたが、このままでは戦況がひっくり返るのは時間の問題であり、政府が既存の方針通り力を独占し続けていれば、日本の没落は確定した未来だった。


官僚たちは「日本を再び偉大に」という名目の下、危険を察知していながらも、覚醒者という甘い力だけを見て事実から目を逸らしていた。

シンイチロウにとっては、肉が完全に腐り果てて手遅れになる前に、医者が患部を切り落とすように、今行っていることは日本という国に必要な「手術」であった。


ただ、真っ先にそれに気づき、行動に移したのがシンイチロウ本人だったというだけのこと。

その過程で発生した死を無駄にしないためにも、残された仕事を終えるまで最善を尽くすつもりだ。


それぞれの事情と、シンイチロウの説得の下に集まった9人。

アヤノを防衛隊から引き離しただけでも、残るはあと半歩。

千尋の谷で綱渡りをしているように、いつ転落するか分からなかったが、最善を尽くせば最後には笑えるようになると信じていた。


その時、サングラスを拭いていたアキが、おぞましい提案を口にする。


「いっそ、アヤノをアメリカに渡しちまえばいいんじゃないか?」

「おい、今まで何を聞いていたんだ? 彼女をアメリカに渡せば、結局今と同じ轍を踏むだけだ」

「私には関係ないし。アメリカの連中なら、むしろ喜ぶんじゃない?」

「俺もその意見に同意だ。太平洋の向こう側で起きることなんて知ったこっちゃない」

「無責任な発言。それにアメリカはいつだって日本の信頼を裏切る国。信じるに値しない」

「皆さん、その当事者が今ここで聞いてるんですけど?」


アヤノが呆れたように口を挟む。


「聞こえるように言ってるんだが、あんたにとってもその方が都合がいいんじゃないか?」

「うーん、アメリカも私をコントロールしようとするでしょうし、それでは防衛隊を出た甲斐がないんですよ。むしろ、私は今のやり方の方が好きです。時間はかかりますが、確実な方法があるのに、わざわざ虎の穴に入るような冒険はしたくありません。皆さんのように、身を守る能力があるわけではないですからね」

「母親でもないのに、面倒な女だな。……じゃあ、殺すのは?」

「さあ……それはもっと懐疑的ね。魔導書がどうなるか分からないようなことはしたくないわ。元からなかったかのように消えてくれるとは思えないし」

「あ、アキさん。私たち仲良くなれたと思ってたのに。普段からそんなことを考えていたんですか? 失望しました」


静まり返った隙に、シンイチロウが告げた。


「次の日程からは、人員を一人増やす。既存のメンバーでも十分だろうが、アメリカが荒っぽく出ている以上、余裕を持たせた方がいいだろう。異議のある者は?」

「ない」

「ないよ」

「次は誰の番だった?」

「アヤノ、キョウスケ、ゲンドだったが、そこにアキを合流させる。ゲンド、構わないか?」

「その程度なら余裕だ、余裕」


ゲンドが能力を使用する際、一定範囲にあまりに多くの人間が集まれば負荷がかかるが、4人程度なら彼には十分な余裕があった。


そうして解散する間際、シンイチロウがレンとデボロを呼び止めた。


「僕は金稼ぎで忙しいんで、お先に失礼してもいいですよね? また後で。皆さん」

「タクミ、またな」

「ええ」

「私とこの男まで呼び止めて、何の用だ?」

「デボロ。次の日程の際、位置を教えるから監視を頼みたい」

「監視? 誰をだ? 相手側か?」

「いや。身内だ」


シンイチロウの言葉に、デボロの口元に笑みが浮かぶ。


「誰か分かってるのか?」

「まだ確証はない」

「急に興味が湧いてきた。……なあ、俺が見つけたら、殺してもいいか?」

「ああ」

「ヒャッホー!」


子供のように喜ぶデボロ。


「私はなぜ呼ばれたのですか?」


シンイチロウがデボロを送り出し、レンを呼んだ理由を告げた。


「お前はタクミを任せる」

「タクミさんを? ……私とデボロのことは、信じているんですか?」

「他の連中よりは信じている方だ、と言っておこう。なら一つ聞くが、お前の妹が目覚めた時、一緒に立ち去ることもできたはずだ。なぜ行かなかった?」


レンはしばし、あの日の出来事を思い返し、閉じていた口を開いた。


「シンイチロウさんの言う通りなら、ユイが生きていく日本が、より安全になるはずですから」

「だから、お前のことは信じている方だ」

「デボロさんは?」

「表向きとは違い、腹の中に蛇がとぐろを巻いている男だ。だが、望むものがあれば正直なタイプだ。それが主に他人との戦いではあるがな」

「……男の後ろをつけ回すなんてしたことありませんが、一度やってみます」


シンイチロウとの話を終えたレンは、会話が終わるや否やどこかへ走り去った。

シンジョウに会うためだった。


「シンジョウさん!」

「ん? レンか。どうした? 私に会いに来るなんて珍しいな」


以前はユイが目覚めた喜びのあまり聞けなかったが、聞くならこうして会えた今がチャンスだった。


「ユイを治療してくださったこと、お礼を申し上げたくて」

「前にも言っただろう。感謝の言葉は一度で十分だ。そう何度も言うな、水臭い」

「感謝は何度伝えても足りないくらいです。それに、もう一つお話ししたいことがあって……」

「こいつ、見てみろ。やっぱりそうか、何か頼み事があるんだな。いいだろう、何だか言ってみろ」

「妹のユイが目覚めはしたのですが、後遺症なのか下半身が動かないんです。もし可能であれば、治療していただけないでしょうか?」


遠くから見守っていた際、ユイは歩くことができず、車椅子で生活していた。

調べたところでは下半身不随であり、防衛隊でも治療できないようだった。

ユイに二本の足を取り戻してやれるなら、レンはどんな代償でも払う覚悟ができていた。


ユイを病床から起こしたシンジョウなら、可能なはずだ。


植物人間だったユイを目覚めさせるためにシンイチロウの提案を受け入れたように。

ユイの足の治癒を頼めば、それと似たような提案をしてくる可能性が高かった。

シンジョウがどのような条件を提示してくるか分からないため、レンは手に汗を握りながら、彼の口が開くのを待った。


「不可だ」

「!!」


拒絶されるとは思いもしなかった。

あまりのショックに、レンは口をパクパクさせた。


「以前も、身体は正常だが精神の方に問題があったのではないか? 今回もそのようだが……それに、私はこれ以上施してやる気はない。お前がシンイチロウ隊長に頼んだのは、妹のユイを目覚めさせてくれということだった。私は十分、やるべきことはやった」

「……シンジョウさんなら、可能じゃないですか」

「可能だとしても、ダメだ。妹が目覚めたことで満足しろ。私の能力の反動が何か、話したことはあったか?」

「……いいえ」

「私の体に、永久的なダメージが蓄積されるのが能力の反動だ」


そう言って見せびらかすように腕を広げると、彼の顔や体に巻かれている包帯がひらひらと揺れた。

彼の言葉を聞いて初めて、治癒能力を持つ者が自身の体を治さない理由が理解できた。

何か事情があるのだろうとは思っていたが、それが自身の寿命を削って他人を治癒する能力だったとは……ハンマーで頭を殴られたような衝撃だった。


「……そんな」

「そうだ。能力の反動がこれほど酷い者はそういないだろう。だからこそ、お前の妹まで治癒できたんだ。精神的な問題は、肉体的な問題よりも過度な能力を使用することになる。お前の妹を正気に戻す時も、すでに過度な能力を使用した状態だった。私に、お前の妹を治療して死ねと言うわけじゃないだろう?」

「……もちろん、もちろん違います」

「はは、冗談だから深刻に受け取るな。私が悪者みたいじゃないか。だから、妹が目覚めたことに満足して生きろ。生きていれば、自然に治るかもしれないじゃないか」



会合から抜け出したアキは、タクシーに乗って人通りの多い繁華街へと向かった。


「お釣りはいりません」


タクシーを降りた後、人混みをかき分けて入ったのは一軒のカフェだった。

注文したケーキを手に窓際の席に座る。

アキは皿を一定のリズムで叩いた。


チンッ

チンッ


車のエンジン音、人々が信号を渡る際に出す靴音、遠くを走る列車の騒音……。それらが波動となって世界を満たしているのを感じる。


「あむっ」


さらには脳を刺激する甘いデザートの一口。

それが、先天的で目が見えないアキにとって唯一の趣味だった。


アキは幼い頃から世界を見ることができない代わりに、視覚以外の五感が人一倍優れていた。

医者が言うには、脳が不足している感覚を補うために、本来視覚に割り当てられる容量を他の場所に回すことで、視覚以外の五感が鋭くなるのだという。そんな理屈はどうでもよかった。


目が見えないからと「配慮」という名目で特別扱いされるのも反吐が出たし、他人と同じトラックを走れないという事実が嫌いだった。

世界は元から不公平なものだと言うが、その平凡なスタートラインにすら立てないという事実に絶望していたある日のこと。

覚醒したことで、目では見ることのできない「もう一つの世界」を生きることができるようになった。

音から伝わってくる波動で世界を「見る」ことに目覚めたのだ。


世界を見ることができるようになったとはいえ、それが視覚を必要としないという意味ではない。

本来備わっていない異能に目覚めた者が現れたのだからと、希少ではあるが「回復能力者」がいるという噂を耳にした。

そうして苦労して回復能力者を見つけ出し、目を治す方法があるか尋ねてみたが、返ってきたのは絶望的な言葉だけだった。


「回復させることはできません。そもそも視力が損なわれたのではなく、最初から無かったものですから」


怪我をして視力を失ったのではない。

元から無かったものだから、回復させることはできないのだという。

誰もが首を横に振り、自分の能力では不可能だという言葉に疲れ果てていた時、シンイチロウがアキの前に現れた。


「志を同じくする同志を探している」

「だから何。興味ないわ」

「同志が目的を失い彷徨っているなら、道を見つけてやるのもリーダーの役割だ。その目、治してやろう」

「はあ? 他の奴らも諦めたことを、あんたがどうやって?」

「世界にはお前が思いもよらない能力を持つ者がいる。お前の仲間になる者の中にも、そんな能力を持つ者がいる。紹介しよう、シンジョウだ」


それがアキにとって、リーダーとの最初の出会いだった。

見えないものを見えるようにするためには、多大な代償が必要だという。

シンイチロウが最初にアキを訪ねてきた時の提案通り、彼が目的を果たすまで彼のために働くことにした。


もちろん、言葉だけで信じたわけではない。

シンイチロウの言う通り、世界には極少数だが特別な能力を持つ者がいた。

もしシンイチロウが目標を達成しても代償を履行しないのであれば、彼から「光を奪う」という誓約を結んだ。


「あむっ」


……そのはずだったのだが。

先日、アメリカの連中と接触した際、興味深い話を聞かされた。

望むものがあれば何でも叶えてやると言いながら、アキにしか分からない方法で接近してきたのだ。


「隣に座ってもいいかな?」


座れと言ってもいないのに座った男。


「私はジョン・ブラウン」

「名前なんて聞いてない」

「はは、気の短い友人だね。まあ、いい。我々はそういう仲でもないしな。君を呼んだのは、アヤノをアメリカに引き渡すのに協力しろと言うためだ。そうすれば、君が望むものを一つ叶えてやる、というのがアメリカの立場だ。滅多にない機会だということは、君にだって分かるだろう? アメリカにできないことはないのだから」

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