40. 東京の奈落(3)
俺は素早く周囲を見渡し、今どのような状況に置かれているのかを把握した。
大きな空洞を中心に、大きさもまちまちなモンスターたちが数え切れないほど群がっていた。
その中には失踪したと思われる人たちもいたが、正体不明の何かに繭のように包まれており、生死を確認することはできなかった。
東京の地下にサッカースタジアム一つが入るほどの空間があるとは。
「助けて……」
どこからか助けを求める声。
まだ生きている人がいるようだ。
本来ならシザーだけ見つけて帰るつもりだったが、ここに捕まっている人たちを助けられないかという考えが頭をよぎった。
だからといって、危険にさらされている人を助けたいという気持ちだけで計画を狂わせるのも滑稽な話だ。俺一人でどうこうしたところで解決できる規模ではなかった。まずは計画通りに動こう。
俺は周囲を素早く見回し、シザーの位置を探し始めた。
「!!」
見つけた。
幸い、壁にガムのように張り付いていたので見つけるのは難しくなかった。
俺は膝を深く曲げ、シザーがいる場所へと飛び上がった。
ズボッ。
手を壁に突き刺して位置を固定し、繭からシザーを引き剥がした。
脈打っているのを見ると、まだ生きているようだ。
俺の行動がモンスターを刺激したのか、奴らが集まってくる。
俺は壁に突き刺した手を抜き、最初いた場所へと戻った。
「受け取れ。」
シザーを奏の人形に渡した。
俺より手が二つ多いから、うまく抱えていられるだろうと思ってのことだったが。
ガシャン。
胸が開くと、空いているスペースにシザーを入れるではないか!
驚きで俺の眉は天井知らずに跳ね上がった。
魔人エンゲルに向かって親指を立てて見せた。
シザーはこれでいいとして。
退路を確保しようとここに入ってきた穴を探したが、奴らに遮られてどこにあるのか見えなかった。
モンスターの数が想定以上に多くて、一旦戻ってから人手を連れて降りてくるつもりだったのだが。
「戦う準備はしておけ。だからといってあまり前に出るなよ。お前は来る敵だけを防いでシザーを守れ。」
魔人エンゲルは俺の言葉を理解したのか、首を縦に振った。
「隙を見てここから抜け出せ。」
コクリ。
分かったってことでいいんだよな?
戦闘はなるべく避けるつもりだったが……
俺は迫りくる奴らに向けて拳を構えた。
カシャッ。
始まった戦闘。
拳を突き出し、体をひねって蹴りを放つたびにモンスターたちが弾き飛ばされる。
奏の人形も四本の腕を俊敏に動かし、モンスターを攻撃した。
見かけによらず大して強くもなく、『これならいけるか』と思い始めた頃、周囲には死体が積み上がり、俺たちが動ける範囲が徐々に狭まってきた。
それに反して、まだ大量に残っているモンスターを見ると焦りが募る。
魔人エンゲルが俺の言った通りシザーを守る戦い方をしているか確認しようとチラリと見ると、いつの間にか攻撃を許したのか、腕が一本吹き飛び、三本だけ残っている状態だった。
体力だけ削られる無意味な消耗戦はまずいと思った俺は、少し後ろに下がってから拳に零波を纏わせた。
バチチッ。
「脱出の準備をしろ!!」
ここは東京の地下空間。
油断して拳に力を込めすぎれば、地盤が崩壊するかもしれなかった。
適度に区切って打つように、力を制御するんだ。
俺は周囲の状況も忘れ、全神経を拳に集中させた。
ゆっくりと息を吸って吐き出し、周囲の音を一つずつ消していった。
そして、まさに今だという感覚が強く走った瞬間!
俺は前方に向かってゆっくりと正拳を突き出した。
フゥーッ。
ドカァァァンー!
ボウリングのピンのように吹き飛んでいくモンスター。
簡単な動作だったが、結果はそうではなかった。
脱出口があるだろうと見当をつけていた場所に、ここに入ってくるときに使った穴が見えた。
「ここから出るぞ!」
地下に入ってきたときとは逆の状況。
シザーを無事に地上へ送り返さなければならないため、魔人エンゲルを先に立たせて穴へと押し込んだ。
そして俺も後に続こうとしたが、モンスターに捕らわれた人々の姿が脳裏をよぎり、足を止めた。
地上へ続く入り口で振り返った。
繭になっている人の中には、すでに死んで死体になっている人もいるだろうし。
生きて誰かが助けてくれるのを願いながら、辛うじて命をつないでいる人もいるだろう。
その時、モンスターの一匹が繭を丸ごと噛みちぎる場面を目撃した。
繭から溢れ出る液体。
その光景を見た瞬間、俺がこのまま帰れば無念の死が生まれるということを悟った。
俺が世界のすべての人を救えるとは思っていない。
だが、俺の近くにいる人たちと、目の前にいる人たちくらいは守り抜く力があると信じている。
「先に行け!」
パッ。
俺は再び空洞へと飛び込み、モンスターを処理し始めた。
ところが、打撃で攻撃するとモンスターが吹き飛んで壁に激突してしまう。
万が一、生きている人が傷つかないかと心配になり、途中から手から爪を出したりもした。
一度の一振りでモンスターが一匹死ぬ。
しかし、まだ俺が殺した数よりも生きている奴らの方が多かった。
これでは足りないと思い、俺は手に零波を纏わせて攻撃し始めた。
「うあぁー!」
俺の一撃に引き裂かれていくモンスターたち。
動くほどに頭が熱くなり、意識が朦朧としていくのを感じながら無我夢中でモンスターを処理していた俺は、いつの間にか周囲に生きているモンスターがいないことに気づいた。
「ハァッ、ハァッ……」
息が切れて立っていられず、ええいもうどうにでもなれという気持ちで、後ろにゴロリと倒れ込んだ。
「うぅ……」
モンスターの死体の上に寝転がったのか、感触が良くない。
疲れてるんだ、知ったことか……後で洗えばいいだろう。
目玉だけ動かして周囲を見渡すと、俺が振るった攻撃が地下空洞の壁に傷をつけているのが見えた。
幸い、敵と味方を区別する精神はあったのか、俺の攻撃に巻き込まれた人はいなさそうだった。
これほど無防備に寝転がっているのに近づいてくるモンスターがいないところを見ると、確実にすべて処理したようだ。
ここの整理が終わったことを知らせ、人々も連れて行かなければならないので外に出なければならないが、体が助けてくれと悲鳴を上げている。
自分で言うのも恥ずかしいが、変身モードとでも言うべきか?
能力を使うと身体的にも精神的にも疲れ果てて、何もしたくない状態になる。
零波を使ったから余計にそうなのかもしれないという気もするが。
まだ力の反動を受けるには時期尚早だというから、今回のような特殊な場合でなければ極力使わないつもりだった。
動ける程度には回復した俺は、その場から立ち上がった。
ボキボキッ。
腰を後ろに反らすと、体が助けてくれと悲鳴を上げる。
そして俺が作り出した惨酷な結果を鑑賞した後、その場を去った。
地上の光が見える。
穴から抜け出すと、奏がシザーを抱きかかえていた。
「あんた!なんでこんなに遅かったのよ!」
俺を見て驚く奏。
彼女の顔には安堵と喜びがありありと浮かんでいた。
「遅くなりました。」




