39. 東京の奈落(2)
私たちは、直近で穴が発生したとされる場所に到着した。
今日は何か収穫があるといいんだけど。
「ここか?」
スマホに表示された位置はこの辺りを指していた。
「降りて確認してみましょう。」
ガラッ。
「シザー、追跡して。」
ワン!
シザーが鼻を地面につけて匂いを嗅ぐと、
顔を上げて私たちについて来いという仕草をした。
シザーについて行った私たちは、ほどなくして古びた工場がある場所に到着した。
工場の裏庭。私たちは人が一人余裕で入る穴を発見した。
立入禁止と書かれた黄色いテープを持ち上げて中に入った。
「うわ。」
底がどれほど深いのか、スマホのライトで照らしてみても底が見えなかった。
「一般人は落ちたら自力で出るのは難しいでしょうね。」
「都市にこんなのがいくつもあったら、埋めるのも簡単じゃないな。」
「シザー、落ちないように気をつけて。」
シザーが穴の周りを回りながら尻尾をふりふり揺らすと。
ワン!
「穴からモンスターの匂いが強くするって。」
「一応見つけはしましたけど。どうします? 直接降りるのは気が引けますが。」
私たちは大きな穴を前にして、どう調査を続けていくか相談し始めた。
ワン、ワン!
その時、シザーがさらに大きく吠え立てると、穴から何かが飛び出し、シザーを奈落の底へ引きずり込んだ。
「キャアアアアッー!!」
「!!」
あまりに速くてはっきりとは見えなかったが、シザーがモンスターと思われる何かに引きずり込まれた。
「どうしよう! どうしよう!!」
奏はその場で足をバタつかせながら、どうすればいいのかという反応を見せる。
肝心のシザーの飼い主はあんなに落ち着いているのに……いや、いきなり銃を取り出す焔だった。
チャキッ。
弾丸が装填されているか確認する姿から漂う不穏な空気。
「焔さん、何する気ですか?」
「入ってシザーを助けなきゃ。」
赤く充血した目から感じられる狂気。
「どけ!! 入ってシザーを助けないと。シザーが怖がって俺を探してるんだ!」
焔が理性を失って穴に入ろうとする姿に、私は慌てて彼を引き留めた。
「一旦落ち着いてください! シザーは焔さんを危険に晒すようなことを言う子じゃないですよ。」
今、まともなのは私だけか。
焔は奏より状態が悪そうだった。
私は焔の力が抜けるまで彼を押さえつけていた。
ドサッ。
力が抜けたのか地面に座り込み、荒い息を吐く焔。
シザーが拉致されたことに興奮して、急激に疲れてしまったようだ。
「すまない。俺もつい。」
力が抜けると正気が戻ってきた焔。
とりあえず最初よりは落ち着いて見えた。
これなら理性的な会話はできるだろう。
「モンスターがいるのは確実になったから、早く戻って対応できるように動くのはどうですか?」
「確かに……」
「それが一番理想的だが……それだと遅い。だからチームを分けよう。奏とユウマ、お前は防衛隊に行ってここであったことを伝えろ。俺は中に入る。」
いや、そうじゃなくて。
シザーが焔にとって大切な存在なのは分かるが、銃以外のまともな攻撃能力がない彼が一人であの中に入るなんて、自殺行為に近い。
焔にとってシザーは家族のような存在だから、私が止めても聞かないだろう。
手に自然と力が入る。
ここで彼を気絶させて防衛隊に連れて行くか?
いや。
そうすることはできるが、もしモンスターを討伐してもシザーを見つけられなかった場合、助けようという試みさえできなかった事実に、間違いなく彼の精神は疲弊してしまうだろう。
私自身、大切な人を失ったことがあるから、今、焔がどんな心情でそんなことを言っているのか理解できたから。
どうすべきか。
複雑な思いが交差していたその時。
奏が手をさっと挙げた。
「人形術なら中に入っても大丈夫じゃないですか?」
「!!」
そうだ。
人形術があった。
「でも、あの中がどれくらい深いか分かりませんが、私と離れるほど人形術が弱くなるので、役に立つかどうか……」
確かに。
そんな弱点が。
奏の言葉にどうすればいいかしばらく考え込んだ私は、穴をちらっと見て言った。
「私が奏が作った人形と一緒に中に入りますよ。」
私の言葉に、みんなが驚いて私を見つめる。
「だめだ。危険だ。」
「そうです。一人で入るなんて危険だからだめです。」
一見無謀な計画に聞こえるかもしれないが、私にもそれなりの考えがある。
あの無底坑に入っても、私一人ならどうにか生きて戻れるという計算が。
それに奏の能力があるから、人形を先頭に立てて動けば、突然の事態にも対処できるのではないか。
氷の精霊に出会う前の私なら、あえてこんな考えはしなかっただろう。
だが、無意識に制限していた能力を解放するだけでも戦力の上昇が目に見えて増えたのだから、これからは積極的に使うべきではないか。
もちろん、まだ人が多い場所で露わにするのは気が引けたが、できるのに助けが必要な知人を見捨ててまで隠したくはなかった。
「大丈夫です。私が死にたくてあの中に入ろうとすると思いますか?」
「……何か方法があるのか?」
言葉より行動で。
私は所持していた剣を床に置いた。
非常用に持っていたが、あの中に入れば邪魔になりそうだったからだ。
そんな私の行動に、みんな疑問を抱いて怪訝な顔で見てくるが。
「こうやって。」
パッ。
私は以前使ったことのある。
全身を覆うような感じで鎧を着用した。
「!!」
「キャアアアッ。」
ドテッ。
驚愕してひっくり返る二人。
私は尻餅をついて口が塞がらない様子の奏に向かって手を差し出した。
「ユウマさん… モンスターじゃないですよね?」
顔色を窺いながらも、私の手を恐る恐る握る奏。
疑わしい目つきで見つめる彼女をからかいたい気持ちが、心の片隅からムクムクと湧いてきた。
だが、今ふざけると本当に信じてしまいそうなので自重した。
パカッ。
私は顔を出して言った。
「当然じゃないですか。私がどこを見てモンスターに見えるんですか? 以前、防衛隊にいたレオ班長を知ってますよね? 私、知ってみればあの人と似た能力だったんですよ。」
実際にはそういうわけではなかったが、こう言ったほうが二人を理解させるのに手っ取り早そうだった。
「へえ… それで何が変わったんですか? 見た目だけ変わったというならがっかりですよ。」
「生身の時より全体的に能力が向上しました。」
私の能力を念動力だと思っていた頃、念動力を防御として使いながら衝撃を吸収していたように、能力を鎧のように纏うことでそれと同じ効果を得ることができた。
そのほかにも敏捷性と力の部分でも目に見えて向上したし、敵を攻撃するのにも新しく得た能力が有用だった。
私だって自分の命は惜しい。
総合的に判断して、私一人なら抜け出せるという判断が立ったから入ると言ったのであって、そうでなければごめん被るところだった。
心配する焔を見て言った。
「氷の精霊事件の時、覚えてますか?」
「え? …うん。覚えてるよ。あの時危険だったじゃないか。」
「兄貴の建物に放り投げておいて、一人であの多くの奴らをどうやって処理したと思います?」
顔も知らないパーカーを着た能力者様。
申し訳ないが、今回だけあなたの成果を借ります。
「確かに… もともと俺が知っていたユウマの能力なら不可能だったな。」
気に入らないが、正しい言葉でもあるので相槌を打ち、二人を安心させた。
「じゃあ早く進めましょう。時間が経つほどシザーの生死を保証しにくくなりますから。」
「オーケー。」
奏が能力を使ってマイン・エンゲルを取り出す。
そして服の中に隠しておいた武器を渡してくるが、無表情な顔で武器を受け取る姿がかなり異質だった。
「この程度なら少しは持ちこたえてくれるはずです。かといって強いモンスターと戦って勝てるほどではないので、モンスターと戦うというよりシザーの生死を確認する方向で進めましょう。」
「俺が行くべきなのに… 気をつけろ。」
私は返事の代わりに頷いた。
「行きます。」
先頭でマイン・エンゲルが無底坑に入っていくのを見て、私も後を追って飛び込んだ。
体が重力に従って下へと落ちていく。
バラバラッ。
手と足で壁をひっかきながら降りる速度を調節した。
土埃が舞って視界を遮ったが、問題になるほどではなかった。
そして思ったより深くないことに気づいた。
10メートルほど垂直に降りただろうか?
その後は緩やかな道が続いていた。
私は壁を蹴って前へと駆け出した。
どれくらい疾走しただろうか。
フワッ。
穴の果てにたどり着いた体が、空中に浮かび上がった。
ここはどこだ?




