38. 東京の奈落
ドン。
その時、外から壁を叩くような音が聞こえてきた。
私たちと一緒にいる時は笑顔だったが、腹の中ではかなり怒っていたようだ。
ジョンが去って一人残った席。
私はなんとなく居心地が悪くて、そわそわと体を動かした。
私に話があるというから残ったのに。
何も言わずに抹茶だけを啜っているから。
もしかして、その間私が何かミスをしたのか記憶を辿ってみた。
うーん…私が何か間違ったか?
そもそも私が悪いことをしたことがあるか?
いくら考えてもない気がするけど?
結局、気まずい雰囲気に耐えられず、私から口を開いた。
「……私が何かミスしましたか?」
「いや。なぜそう思うんだ?」
わけがわからないという顔をするマサヒロ。
やっぱり違ったか。無駄にハラハラしたな。
人を座らせておいて勿体ぶっているから、そういうことじゃないかと言いたかったが、優しい私が我慢した。
私が悪いことをしたはずがない。
強いて言えば…普段防衛隊で出るご飯をたくさん食べるということぐらいしか思いつかない。
私は一層軽くなった心で口を開いた。
「ジョン・ブラウンさんだけ呼んだのに、私が一緒に入ってきて不快だったのかと思いまして。」
「それはない。」
私の言葉にマサヒロが手を振りながら言った。
「他人の前でするには不適切な話ではあったが、身内がいる前で言えないほどではなかった。強いて言えば、ジョンの行動が気に入らなかっただけだ。」
本来の予定ならジョン・ブラウンとだけ話そうとしていたそうだ。
沖縄にいた米軍を東京に呼び寄せ、覚醒者にする件についての話だ。
「図体はでかくて荒っぽく見えるが、腹の中では蛇がとぐろを巻いているような男だ。今日私が会おうと言ったのも、ある程度察しがついていただろう。だからユウマ、お前を連れてきて盾にして回避しようとしたようだ。」
それは私だって気分のいいことじゃない。
今できることはないから、とりあえず頭の片隅にジョン・ブラウンは悪い奴だと刻んでおくことにしよう。
今はそれより重要なことがあったから。
私はジョンがいて聞けなかった質問をした。
「魔導書を使わずに覚醒する方法があるんですか?」
アヤノさんが保管していた魔導書以外にも方法があるということか?
答えを待つ短い時間、私は緊張の中で生唾を飲み込んだ。
「そうではない。アメリカではアヤノと接触して覚醒者を作っているだけだ。他の方法はない。」
やっぱりそうか、まだ他の方法はないという。
もしかして他の方法があるのかと思ったが、おかげで一つ希望ができた。
私はこの間あったことを思い出した。
アヤノの周りにいた覚醒者たちと、一般人が覚醒していた姿を。
アメリカが覚醒者を増やしているなら、アヤノと接触する方法があるはずだ。
私一人なら難しいだろうが、防衛隊が乗り出せば彼女を捕まえることも不可能ではないはずだ。
私は唾を飲み込み。
乾いた唇を舐めた。
そして慎重に切り出した。
「私たちは動かないんですか?」
「静観する。」
なんてことだ、期待が大きければ失望も大きいと言ったか。
アヤノからユイを取り戻したから、そちらを探ればレンを見つけるか、せめて行方を突き止められるんじゃないかと思っていたのに…私は失望した気配を隠さずに冷たい口調で尋ねた。
「ところで、なぜ私に会おうと言ったんですか?」
「近頃シンクホールが発生しているということは知っているか?」
「はい。」
ニュースで言っていた。最近東京にできているシンクホールに落ちて失踪する人が増えているから、歩きスマホはやめろと。
「自然発生したものではなく、モンスターの仕業だと見ている。」
ニュースでは穴の大きさが全部違うと言っていたが。
「それがモンスターの仕業なんですか?」
「ああ。お前のチームには焔がいるから、彼の手を借りて調査をしてほしい。」
確かにそういう仕事には焔が適任だな。
「分かりました。」
その後、マサヒロ隊長ともう少し話をしてから隊長室を出た。
焔と奏に会った私は、今朝あったマサヒロ隊長の話を伝えた。
「……ということなんです。」
「今回はモンスターの調査ね。」
「防衛隊でもまだ捕まえられてないの? …まあ、追跡ならこっちにはシザーがいるから、大丈夫でしょ。ねえシザー? よしよし。」
奏がシザーの頭を抱えて無我夢中で撫で回す。
こういうことは一度や二度ではないため、シザーは慣れた様子で奏の手を受け入れた。
ワン!
焔を見て吠えるシザー。
「ん? 何て?」
そんなシザーに耳を寄せる奏。
「何の心配もいらないって言ってますよ。うちのシザーが。」
私は彼女の言葉が合っているのかと焔を見たが、彼は肩をすくめるだけだった。
人間だけでなく獣も苦労が多いな。頑張れよ。
時間を見ると、私がマサヒロ隊長の部屋に長くいたせいで、もうすぐ昼食の時間だった。
食べていくためにやっていることなのに、食事を抜くわけにはいかない。私は朝から肉を食べられるタイプで、腹が減ると力が出ないから、ご飯は必ずしっかり食べる。
「ご飯食べてから出発しましょう。」
「そうしよう。」
「今日はデリバリー頼みませんか?」
「デリバリー?」
「今日は無性にピザが食べたい気分なんですよ。」
「ピザ、いいですね。」
昼食はピザを食べることにした。
そうしてピザを注文して受け取ってみると、おもちゃのようなものが付いてきた。
「家で一人で頼むと残しそうで。へへ。」
聞いてみると、奏がコラボで一定金額以上注文するともらえるグッズを狙っていたらしい。
だからといってピザが不味いわけではなかった。
ピザ代を全部出してくれたのが奏だったから、なおさら美味しかった。
ピザでお腹を満たした後、私たちはマサヒロ隊長が言っていた場所を探すために移動した。
すでにシンクホールが発生した場所の住所を受け取っていたので、どこに行くか決めるのは難しくなかった。
簡単だろうと思っていたのとは裏腹に、あちこち回ってみたが収穫はなかった。




