36. 夢
東京にある、とある地下施設。
暗く湿った空気の中で、イ・ミンホは虚空を切り裂くように手を薙いだ。
すると空間が割れ、その隙間から巨大な形体がうごめきながら床へと落ちた。
成人男性より大きなそれは、イ・ミンホが北朝鮮を征伐する時に出くわしたモンスターの幼体だった。
親は多くの死傷者を出しながら死んだが、残された幼体は使い道がありそうだったので収納しておいたのだ。
人に大きな被害を与え、地底を這い回ることから『デスワーム』と名付けられた生物で、まだ幼いが都市一つを崩壊させる潜在力を持つ怪物でもあった。
イ・ミンホはデスワームの巨大な頭に指を当てた。
指先から微細な波動が広がり、命令が刻印される。
―覚醒者を探し出し、殺せ!
デスワームは地中で生きるため、気配に敏感に反応する。
今までは現実より高い次元にいたため餌を必要としなかったが。
こうして放たれた以上、これからは彼が命じた目的に見合う獲物に近づくため、一般人を狩ることから始めて体を大きくし、覚醒者を探し回るだろう。
そうすれば、この前韓国から有人宇宙船を月に送った際、一緒に乗せて送った『空間収納』の覚醒者が戻り、次の計画を進める前まで、良い品種の果実を育て上げることができるだろう。
イ・ミンホがデスワームを東京の地下に放った日、地下トンネルを掘っていた作業員たちが集団で姿を消した。
◇
見慣れた人たちだ。
何度か見ているからか、懐かしささえ覚える。
「……問題があります。抽出した能力は物質界に固定座標がないと、一時間も経たずにどこかへ霧散してしまうという問題点が改善されていません」
「少しでも滞留時間は延びないのか?」
「はい」
「……過去へ送るには、大量の情報は送れない。仮にそれが可能だとしても、我々にはそれだけの物資と時間が足りない」
もしかすると、この男は未来の俺の子孫なのかもしれない。
不思議なことに、ただ眺めているだけでも惹かれる心が生まれる。
俺が感じている感情は、愛とは少し違った。
世話をしてやりたい、守ってやりたいという気持ちに近いだろう。
そう……愛情に近い。
あり得る話か? 俺よりずっと年上の相手にそんな感情を抱くなんて。
これまで見た夢から推測するに。
他の覚醒者たちも俺と同じような経験をしているとすれば。
俺が見ている夢は、遠い未来のいつかに起きる出来事で間違いないだろう。
情報が制限されていて詳しい状況は分からないが、推測は可能だ。
だからこそ、初めて覚醒して防衛隊に行った時、夢を見たらその内容を共有してくれと言われたのだろうし。
夢の中の光景が、今、この世界で起きている事件を解く鍵になるかもしれないということを、誰もが漠然と感じているのではないか?
俺が考えに耽っている時、別の研究員が異色な提案を投げかけた。
「覚醒して得る能力が、このように本や他の物に寄生してこそ保存できるものなら、過去へ渡す時に情報の形でのみ送り、現地で固定座標を持つように物質化させればいいのではないでしょうか?」
「……悪くない考えだ。可能か検討してみよう」
俺は彼らが思いついた発想が成功することを知っていた。
たとえその過程がどう流れていったのかは分からなくても、『アヤノ』という結果が存在するという事実がその証拠だ。
おそらくアヤノがいた図書館が選ばれ、彼女がそのような覚醒能力を得るようになったのも、決して偶然ではないだろう。
もう少し留まりたかったが、夢から覚める気配を感じた。
その時、建物が揺れる衝撃と共に赤信号を知らせる赤い警告灯が閃いた。
その光を最後に、俺は夢から覚めた。
ドスン。
何だったんだ……?
目を開けると見えたのは天井だった。
ベッドから落ちて床に寝転がったまま目が覚めたのだ。
もしかしてベッドから落ちたせいで、夢の最後の場面があのように現れたのだろうか?
確認する方法もないので、妙に気分だけがすっきりしなかった。
これまでは俺が見た夢を他人に知らせていなかったが、これからは一度話をしてみようかという気がした。
俺は防衛隊へ行き、焔と奏に会った。
そして夢について話そうと、最近見ている夢のことを切り出そうとしたが、瞬間、他の人は俺と同じ夢を見ているのか気になった。
「最近、覚醒してから見る夢があるんですけど、二人はどうですか?」
「夢?」
「覚醒してから経験するアレのことか?」
「そうです、それ」
「どうしてですか? 最近そういう夢を見るんですか?」
「ええ。だから他の方々はどうなのか気になって。夢を見たら防衛隊で報告してくれと言われましたし」
「あー……そう言えばそうですね。でも大抵は大したものじゃないはずですけど。そうじゃありません?」
奏が焔を見ながら尋ねた。
「そうだな。なぜかは分からんが、他人の人生を早送りで見ているようだとでも言うべきか? それさえも飛び飛びに見ることになるから、夢を見た翌日はコンディションが悪くなるんだよな」
奏が手を叩いて相槌を打つ。
「そう、そう。私もそうです! 日常生活がほとんどなんですけど、一度モンスターと戦う夢を見て驚いたんですよ。夢では私と同じ能力を使ってたんですけど、無意識に考えている能力の発展方向を見せているんじゃないかと思うんですが、ユマさんはどうなんですか?」
ここでは正直に話してはいけない気がして、無難に答えた。
「俺もそうです。ほとんど日常生活で、まだモンスターが出る夢はありませんでした」
俺は未来に起きる出来事だと思っているが、奏はそうではない様子。
「ふーん……まだ初期だからでしょうけど、期待してみてもいいですよ。モンスターと戦う時はリアルな映画を見ているようで楽しいですから」
「楽しみですね」
その後、俺は奏に聞いた通り、特に変わったことのない平凡な夢を見たと報告書を作成し、上層部に提出した。
夢について話してみた結果、最初の決心通り、俺の夢は他人には話さないことにした。
モンスターと戦う夢を見る人もいるというから、次はどんな夢が俺を訪れるのか、妙に楽しみになった。




