35. 能力の開花
閉ざされていた心の扉を開き、能力を解放した瞬間、もはや氷の精霊を避ける必要はないと感じた。
開花。
言葉通り、私の中で蹲っていた力が咲き誇った。
私は視線を落とし、自分に訪れた変化を確認した。
葬儀場では余裕がなくてちゃんと見られなかったが、こうして見ると変形能力ではないということに気づいた。
ガラス張りの建物に近づき、自分の姿を映してみた。
事情を知らない人が見れば、モンスターだと誤解するほど変わっていた。
レオのように体そのものが変形したのではなく、
私が使っていた力が形を成し、体を纏っているような形式だった。
少し狼に似ているような気もするし、よく見ると狐の姿も見えた。
おっと。
ガラス越しに敵が近づいてくるのが見える。
動きが早いな。
腰の剣を抜こうとしたが、言葉では説明できないものの、なぜか必要ないような気がして、剣をまた収めた。
剣を収めて。
私は心の赴くままに能力を働かせた。
すると、元からあったかのように手から鋭い爪が生えてきた。
これなら……
私は興奮と恐怖が入り混じった力強い雄叫びを上げ、前へと飛び出した。
手を動かし、氷の精霊を切り裂いた。
ザシュッ――
鋭い爪は剣よりも切れ味が良いようだ。
その最中も精霊の攻撃を受けているが、体に纏っている力のおかげで『ドン、ドン』という衝撃を感じるだけで、痛みはなかった。
氷の精霊の中で舞うように相手をしている時、
ふと、爪に『零波』を纏わせてみたらどうだろうかという考えが浮かんだ。
やってみようと決心した瞬間。
「座れ。」
見えない重圧が首筋を押し潰すように襲い掛かってきた。
体はそのまま地面に叩きつけられ、カエルのように這いつくばる姿勢になってしまった。
息が詰まるほど強い重圧感だった。
「なんだ……新しいモンスターか。」
人間か?
こんな能力を持った人間が防衛隊にいるなんて話は聞いたことがない。
外国人? にしては日本語が流暢だ。
顔を上げて誰なのか確認しようとしたが、そうするほど私にかかる重圧だけが増していった。
「ぐっ。」
すでに氷の精霊は粉となって散っていた。
「結構耐えるじゃないか。」
なんだか嫌な予感がする。
このままでは危険かもしれない……
私は手に爪を作った時のように、顔を覆っていた殻を急いで剥がした。
「人! 人間です!!」
「ん……?」
フードを被っていてよく見えないが、相手が私の顔を見て驚いたことは伝わってきた。
私でもそうだっただろう。
着ぐるみを着ていたわけでもないし。
モンスターだと思って攻撃したら人間だったとなれば、当然驚く。
「喋った? モンスターじゃなかったのか?」
「防衛隊所属です。疑わしければ確認も可能ですし。驚いたのは分かりますが、これちょっと解いてもらえませんか?」
「ああ。すまない。」
後ろへ下がる音が聞こえる。
そして、私の体にのしかかっていた重圧が弱まり始めた。
「よいしょ。」
両手で地面をついて立ち上がった。
「助けていただきありがとうございます。ユウマです。どちらの所属ですか?」
「……。」
答えない男、言いたくないようだ。
覚醒者である以上、どこかに所属しているはずなのだが……
顔を見ようとしてもフードを深く被っていて見えなかった。
「私はこれで失礼します。」
私が人間だと分かって気まずくなったのか、慌てた様子を見せて彼は立ち去った。
パッ。
「おお……」
鳥のように飛び去る彼の背中を見つめながら、どこかで聞いたことのある声のような気がした。
ドサッ。
瞬間、押し寄せる脱力感。
思わずその場に座り込んでしまった。
一人で待つ焔の元へ行かなければならないのに……瞼が重くなる。
パチン!
気を確かにするため、手で自らの頬を叩いた。
倒れるにしても、全てが終わってからだ。今はまだその時じゃない。
私は息を整えてから立ち上がった。
動ける程度には回復し、焔のいる場所へと移動した。
私が戻ってくると、目を丸くして驚く焔。
彼は一体どうなったのかと尋ねてきた。
「全部片づけました。」
「おぉ。グッド! グッド!」
私の答えが気に入ったのか、親指を立てる焔。
急場を脱すると、心配が押し寄せてきた。
ユイが無事か確認しようとスマホを取り出したが、液晶が割れていた。
幸い、使えるのか電源は入った。
買い替えてからそんなに経っていないのに……
「もしもし。」
「ユイ、今何してる?」
「お兄ちゃん大丈夫? ニュース見たけど東京が危ないって。私すごく心配で……」
「お兄ちゃんは大丈夫だから、心配しなくていいよ。無事だから連絡したんだ。」
「よかった……本当に心臓が止まるかと思った。無事だって言ってくれてありがとう。」
ユイとの通話を終え、元の計画通り防衛隊に行くか、どうするか今後のことを相談していると、防衛隊から今回の東京での災難が収束したという連絡が入った。
「よかったね。」
氷の精霊の数は多かったが、弱点がはっきりしていたので、対応策さえ確立していれば処理は難しくなさそうではあった。
日本の東京防衛隊ともあろう組織が、もっと早く処理できなかったのは残念だが、この程度で済んでよかった。
「あの……動物園に戻ってもいいですか?」
「なんで?」
「ユイが心配なので。」
「そうしよう。」
管理人のじさんが連れてきてくれるとは言っていたが、こんなことがあった後では直接行かないと安心できない気がした。
幸い、道はそれほど混んでいなかった。私がここに来た時とは反対に、都市を出る車より入ってくる車の方が多かったからだ。
「ユウマお兄ちゃん!!」
動物園に到着すると、ユイが不自由な体で出迎えに来ていた。腕を広げてきたので抱きしめてやり、安心させる言葉をかけてあげた。
翌日、マサヒロ隊長に会った私は、昨日あった事件の顛末を聞いた。
北海道の雪女が南下したことで生じた被害者たちを救うため、冷凍施設を用意して保管していたが、その選択が間違いだったのか、思いもよらない事故が発生したのだという。
いつか凍りついた人々を蘇らせる技術が開発されるまで守ろうとしてそうなったのだから、誰かを責めることのできない悲劇が起きたわけだ。
そして、マサヒロに会いに来た本当の理由を切り出した。
「以前おっしゃっていた、本来の能力についてお話が……」
「私の助言が役に立ったようだな。」
「はい。」
「よし、それぐらいで十分だ。能力を長く使っていても自分の力を理解できていない者も多い。これでお前もようやくスタートラインに立ったわけだ。これからは能力をさらに磨き上げ、成長することを願っているよ。」
似たような能力があるように見えても、覚醒者によって成長の方向性が変わるため、これからは自ら悟っていくしかないそうだ。




