33. 氷の精霊とユマ(2)
わかりやすく氷の精霊と呼んではいるが、モンスターの一種である以上、対応する手段はあるはずだ。
今優先すべきは、移動手段が半壊した以上、俺の持つ能力が通用するかどうかを確認することだった。
そうしてこそ、立ち向かって戦うか、逃げるか、身の振り方を決められるというものだ。
氷の精霊に肉薄した俺は、念動力を纏った拳を叩き込んだ。
俺の攻撃を受けた精霊の体が砕けたかと思いきや……精霊の体に霜が降り、亀裂が入った箇所が修復されていった。
「うーん……」
何度攻撃してみても同じだった。
念動力を使った攻撃は、精霊にダメージを与えるほどの物理力はあるが、致命傷を与えるほどではないようだ。
俺は一歩後ろへ下がった。
精霊でできた壁が、じりじりと距離を詰めてきていたからだ。
「攻撃が効かないな……俺たち、ヤバそうですね?」
「そうだな。大人しく動物の世話でもしていればよかったか……」
色々とまずい状況だ。
俺が念動力を使えば、単に筋力を使うよりも強い物理力が働くが、焔さんに渡した剣を受け取って使ったとしても、ここを切り抜けられるか分からない。
それでも素手に念動力を乗せるよりはマシだろうから、やれることはやってみなければ。
あげた物を返してもらうのは格好悪いが、焔さんに頼んで剣を返してもらった。
そして背中を向け、背負うから乗るように言った。
「どうするつもりだ?」
「ここを突破してみようと思いまして。嫌なら俺一人で行きますよ?」
男を背負うなんて気が進まないが。
こうでもしないと、彼一人置いていかれそうだからだ。
初めて会った時とは違い、今では彼が良い人だと分かったし、ユイも彼を気に入っているから死なせたくなかった。
「……いや、いつ嫌だなんて言った。」
焔が俺の背中に乗った。
「落ちないようにしっかり捕まっててください。」
そして俺は剣を構え、『零波』を使用した。
バチチッ。
マサヒロ隊長より力の配分は滑らかではなかったが。
これまで練習してきた分、振るえないほどではなかった。
俺は精霊の障壁に近づき。
剣を持ち直し、上から下へとゆっくりと斬り下ろした。
ズウゥゥッー
すると、氷の精霊の幕に遮られていた向こう側の景色が露わになった。
俺は亀裂が再び閉じる前に、裂け目へと身を投げ出した。
その瞬間、暖かい日差しが顔を照らし、外の風景が目に入ってきた。
「ユウマ、走れ!」
日差しの眩しさに目を細める間もなく、焔が叫んだ。
振り返ると、俺たちが包囲網を抜けたことに怒った精霊たちが、範囲を広げて再び俺たちを飲み込もうと迫ってきていた。
その姿を見た俺は驚き、全力を振り絞って走った。
「あそこだ! あっちへ!」
後ろが見えないため、彼が指差す方向へ無我夢中で走った。精霊を少し撒いたかと思い速度を落として振り返ると、氷の精霊は依然として俺たちを飲み込むような勢いで追いかけてきていた。
その後は同じことの繰り返しだった。
防衛隊のある場所へ向かっていたが。
背後からは相変わらず氷の精霊がついてきていた。
このままでは解決しそうにない状況に苛立った俺は、荒い息を吐きながら言った。
「あいつら、なんで俺たちばっかり追いかけてくるんだ?」
「俺たちが美味そうに見えるんだろうさ!」
焔の言う「覚醒者が美味そうに見える」という表現には、モンスターが人間を憎悪する中でも、特に覚醒者を見ると一生の仇に会ったかのように理性を失って襲いかかるという意味が込められていた。
「このままだと、いつ到着しますかね?」
「さあな……1時間くらいか?」
おいおい、そりゃ無理だろ。
俺が覚醒してから運動を頑張ったとはいえ、成人男性を背負って1時間も今のような速度で移動できるわけがない。
防衛隊に到着はできても、このままでは追いつかれるだろう。
時間が経つほど体力は枯渇していくだろうから、手を打つなら今すぐ行動しなければならなかった。
「準備してください。」
「何を?」
俺は力の限り走ってコーナーを曲がった。
そして氷の精霊が見えない隙に、焔を建物の中へ放り込んだ。
「うわぁっー!」
焔が無事に建物の中に入ったことを確認し、体に念動力を巡らせた後、彼の反対方向へと動いた。幸い、考えが的中して精霊は俺だけを見てついてくる。
講義の時に習った、覚醒者の間には能力の出力で分けられる等級があるということを思い出し、即興で念動力まで使ってみたら……思った通りになったな。
焔を卑下するわけではないが、能力的にあの人が出せる力の出力が違うということだ。
計画が失敗したら戻って戦う覚悟だったが……幸い成功し、俺は一際軽くなった体でビル群をかき分けながら前へと進んだ。
だが、喜びも束の間。
「これはどういうことだ!」
どういうわけか、最初に追撃された時より敵が増えているではないか。
一体これほど多くの奴らがどこから現れたのか。
増えた奴らを避けようとジグザグに動くだけでは飽き足らず、建物の壁面を蹴ったり走ったりして連中を撒いているが、俺がここまで動けるとは知らなかった。
切羽詰まればできるもんだな。
バキッ!
接近する精霊を一発殴った俺は、このままではまずいという危機感を強く感じた。
そしてマサヒロ隊長が、俺の能力は念動力ではないかもしれないと言っていた言葉を思い出した。
いざマサヒロがなぜそんなことを言ったのかは分からないが… 意図は推測できる。
葬儀場でモンスターと対峙した時、俺の足が変化した瞬間をどうして忘れられようか。
足が変化したおかげで速く動けたし、レオが来るまで死なずに持ち堪えられたのだから、悪いことだけではなかった。
ということは、俺が経験したこととマサヒロの言葉を考えてみると、俺の能力は念動力ではなく、レオが能力を使う時のように身体が変化することに関連した種類の能力なのかもしれない。
自分が覚醒したという事実を悟り、葬儀場で能力を使ったことで自身に幻滅を感じていたことは、これまで時間が経つにつれて少しずつ薄らいでいた。
今でも心の片隅では拒否感を覚えるが… 今は手段を選べるほど暇ではない。
今俺が少し悩んでいる間にも焔とは離れていっているし、時間が経てば彼が危険になりかねない状況だったから、一刻も早くここの片を付けなければならなかった。
決心を固めた俺は、これまで堅く閉ざしていた心の扉を開き、覚醒能力を使用した。




