30. 事件の余波
北海道の雪女が南下した事件以降、レオの日常は激変と言っていいほど完全に変わった。
その中で一つを挙げるとすれば、これまで身を置いていた防衛隊を抜けたことだと言えるだろう。
防衛隊の主な業務は、人間に害を及ぼす可能性のあるモンスターを排除し、覚醒者を管理することだ。
重要な仕事だが、組織が大きくなるにつれ行動に制約が生じ、必要なことに力を注ぐのが難しくなったため、身を置いていた場所を離れて新しいチームを立ち上げた。
世の中に明るい面があれば、暗い面もあるもの。
レオがやろうとしているのは、そういう仕事だった。
「レオ隊長、覚醒者がいると思われるコンテナを発見しました。」
「周辺にコンテナを監視している人間は見えるか?」
「港で働く作業員を除いて、常駐している人間は見当たりません。」
「当該コンテナが船積みされる時間は把握したか?」
「はい。未明に船積みするそうです。」
「なら、船積み時間の2時間前まで2人1組で交代しながら監視し、特異事項があれば報告しろ。」
「了解しました。」
たとえ雪女が大したモンスターだったとしても。
そのせいで防衛隊を離脱するほどだったかと言われれば……さあな。
俺が防衛隊を自発的に抜けたのは、政府の監視役よりもっと重要な、他人には任せられないことをするためだったからだ。
モンスターウェーブ発生以降、日本を脅かすモンスターの数は大きく減った。
予告もなく都市に押し寄せる連中を相手にしなければならないのは仕方ないとしても、人通りの少ない山奥のような場所にいるモンスターが目に見えて減ったのだ。
その余波は相当なものだった。
当時はその状況がどれくらい続くか分からなかったが。
仕事が減り、都市が目に見えて安全になったため、誰もが満足していた。
そうでなくても覚醒者不足に悩まされていた状況だったので、久しぶりの余裕が防衛隊に訪れたのだ。
だが、モンスターが減ったことによる空白の平和も一瞬。
アヤノが姿を消してから間もなく、覚醒者が急激に増え始めた。
最初こそ、覚醒しておきながら申告を先延ばしにしていた人たちが、遅れて報告しているのかと思ったが、そんなレベルではなく、器に水が満ちて溢れ出すように爆発的に増加した。
覚醒者という戦力が増えるのは、間違いなく良いことだった。
だが、突然起きたことだけに、以前とは全く異なる奇妙な雰囲気を漂わせていた。
覚醒者のレベルが平均以下だったこと。
日本人だけでなく、外国人の覚醒比率も高かったこと。
把握されていない外国の覚醒者が、日本へ密入国するケースが増加したこと。
大きなことだけ並べてもこの程度で、些細なことまで重なり、防衛隊の仕事は以前よりさらに増えた。
そんなのは防衛隊に残ってもできることじゃないか、だって?
いや。今まで並べた一連の事件は、魔導書を保管していたアヤノが失踪したことで発生したものであり、彼女を見つけ出せば終わる話だと分かっているからこそ、そうはできなかった。
世間に知られている覚醒者になる方法は「運」だと言われているが、別の方法もあることを俺は知っている。
何らかの方法を使えば、レベル以下であっても、覚醒者を型抜きするように量産できるということを。
そのせいで今回のような事態が発生したのだ。
相次いで発生する状況を見れば、アヤノが何を望んでいるのか見当がつく。
だが、そのせいで日本社会が混乱に陥る様子を傍観することはできない。
このすべてが、どこかにいるアヤノを捕まえてこそ終わることならば、俺は何でもする準備ができている。
アヤノ一人でこんなことをしでかしたのだろうか?
いや、魔導書を保管する以外に能力のない彼女には不可能だ。もしそうなら、俺が防衛隊にいた頃にとっくに捕まえていただろう。
そうして防衛隊を出たレオは、政府の全幅の支援を背に、この事態の根本的な問題を解決するための彼だけのチームメンバーを集めた。
「隊長、怪しい奴らが来ました。」
「人数は?」
「現在確認できるのは8名。そのうち西洋人と見られる人間が3名です。」
「まだ船積みまで時間があるから監視だけ続けろ。不審な動きがあれば報告しろ。今向かう。」
俺はアヤノが撒いた種の副産物を処理するために動いた。
車に乗り、夜明け前の埠頭に到着。
チーム員たちと合流したレオは、今回のターゲットがいる場所に視線を固定した。
電話で聞いた通り、怪しげな連中が見える。
その中でも西洋人3人が目に入った。
「調査の結果、3名の入国記録がありません。」
どうやら良い意図で入ってきたわけではなさそうだ。
その時、正体不明の者たちの動きが慌ただしくなり始めた。
「制圧を優先するが、判断次第で危険だと思えば射殺も許可する。」
「了解。」
どうせ密入国者など、日本を荒らすことしかしない連中なのだから、強硬に対応して当然だという立場だ。防衛隊にいた頃のように、規則通りに処理するつもりはない。
そもそもこれくらいの権限さえなければ、日本政府の要請も受け入れていなかったはずだ。
何の関係もない外国人のせいで、大切な日本の戦力を失うことほど心痛むことがあるだろうか。
月明かりが降り注ぐ暗い夜。
レオのチーム員たちが静かに動き始めた。
月光がほのかに地上を照らしているが、周囲は依然として深い闇に包まれており、接近するのに無理はなかった。
ドサッ。
軽い攻撃を受け、外郭を見張っていた男が倒れる。
レオの合図でチーム員たちが闇に紛れ、ゴロツキの群れを包囲していった。
しかし。
「そこ、誰だ!」
直感の鋭い誰かが侵入者の気配に気づいた。
これ以上姿を隠すのは無意味だと判断したレオは、チーム員たちを残して一人だけ姿を現して言った。
「真夜中にここで何をしている?」
「それはこっちのセリフだ。誰の差し金だ?」
「言葉じゃ通じない連中だな。コンテナの中には何が入ってる?」
「な、何の話をしてるのか分からないが……」
「おい、どいてろ。」
後ろにあるコンテナを指さすと、背後で見守っていた西洋人の男が前に出た。
「覚醒者だからって調子に乗ってるようだが、今すぐ帰るなら今までのことはなかったことにしてやる。」
「……」
短い会話だけで、これ以上話が通じる余地はないと悟った。
何も言わず、静かに能力を使った。
「覚醒者だからといって……」
レオは男の言葉が終わる前に一歩踏み出した。
能力で増した体重が地面を押し潰してアスファルトを砕き、えぐれた窪みを踏み台にして体を前方へ弾き飛ばした。
「この野郎!!」
瞬く間に起きた戦い。
相手も覚醒者だったが、能力に比べて対人戦の実戦経験が不足しているのか、難なく制圧することができた。
その後ろにいた西洋人たちも同様だ。
レオが能力を使うと、闇の中に潜んでいたチーム員たちも一斉に急襲し、敵を一気に制圧してしまった。
「射殺するほどではありませんでした。」
彼が選抜したチーム員たちは、日本にいる覚醒者の中でも能力や経験の面で上位を占める者たちだ。
一般的な覚醒者では相手にならないのが当然のこと。
レオはコンテナに近づきながら言った。
「妙な真似をしようとする素振りが見えたら殺せ。」
そして。
ガチャリ。
ギギギッ。
鎖を断ち切り。
閉ざされた扉を開けた瞬間。
閉じ込められていた空気が押し寄せ、顔を覆った。
鼻をつく悪臭に顔をしかめる。
光一点入らない内部を見ようとスマートフォンを取り出した。
カチッ。
ライトを点けると、目隠しと猿ぐつわをされ、身動きが取れないよう縛られている人々の姿があらわになった。
日本人だけでなく外国人まで、東西を問わず様々な人種の人間がここに捕らえられている。
最初は皆、諦めきった絶望に沈んだ顔だったが。
俺たちが制圧した連中と外の状況を認識したのか。
彼らの顔に希望という一筋の光が差した。
「……」
敵は口を閉ざして一言も発していないが、レオは今の状況がどうなっているのか理解した。
こいつらは覚醒者だろう。
能力面では大したことないが、だからこそ価値がある、日本で急増している新規覚醒者。
目の前の現場は、人間の悪意がどこまで堕ちるかを如実に物語っている。
この人々を拉致した者たちの目的は明らかだ。自国へ連れ帰って処刑するつもりなのだろう。
アヤノの能力で繋ぎ止めていた魔導書によって覚醒した者たちなのだから。
拉致犯たちは彼らを連れ去って処刑し、望んでいるのだ。
適性のある自国民が覚醒者になれるよう、選択されることを……。
まだ公式に統計が出たわけではないが。
覚醒者が死ぬと、一番近くにいる適性の高い人間が覚醒する確率が高いというのが定説だ。
今のような件が何度か発見されているため、実際に確認されていないものまで合わせれば、被害規模は俺たちが知るよりはるかに大きいはずだ。
状況を把握した俺は、きびすを返してコンテナの外へ出た。
「中に人がいる。パニック状態で危険かもしれないから、すぐには解かずに、まずは落ち着かせろ。」
「了解。では、ここにいる連中はどうしますか?」
「俺がやる。」
どうせ警察に引き渡したところで、また同じことを繰り返す可能性が高い、人間以下の獣どもだ。
事態の収拾をチーム員たちに任せたレオは、この事件の主犯たちに向け、静かに拳を振り上げた。




