29. 焔の動物園
私とユイ、そして焔の三人は、車に乗って彼が運営する動物園へと向かっている。
「動物園、遠いんですね。」
「俺だって近い方がいいんだが、なんとか法があるとかで、どこにでも許可が出るわけじゃないらしい。」
そういえば、人が住む居住区画に動物園があるという話は聞いたことがない。
都心にある公園のように近ければ、子供連れの親たちは頻繁に行けて良いだろうに…動物が脱走するのを懸念してのことだろうか?
「焔さん、私のせいで休みの日にまで気を使わせてすみません。」
「そんなことないさ。うちの子たちは他人が来るのが好きなんだ。お前をこき使うために連れて行くんだから、途中で辛いなんて駄々こねるなよ。」
「はい!」
焔の言葉に元気よく返事をするユイ。
動物を見に行くのが嬉しいのか、横で楽しそうに喋っている。
今向かっている場所は動物園とはいうものの、個人が運営しており、観光客は受け入れていないそうだ。
「病気の子たちを見世物にするのは残酷だからな。」
これからもそのつもりはないという。
「え?じゃあ、私たちが行くのも迷惑じゃないですか?」
「違うさ。金を取って見世物にするのとはわけが違う。俺の友達だと言えば、あいつらも喜ぶ。」
「あ、そうだ。焔さん、動物と話せるって言ってましたよね…いいなぁ…私にも焔さんみたいな能力があったら、ヒヨコにもっと良くしてあげられたのに……」
『ヒヨコ』というのはユイが幼い頃から飼っていた犬の名前で、老衰で亡くなったのだが、今向かっている動物園のせいで死んだヒヨコのことを思い出したようだ。
「動物は何匹くらいいるんですか?」
「さあな…小さいのもいるから正確には覚えてないが、たぶん200~250匹くらいか?」
焔の話では、怪我をしたり廃業して行き場を失ったりした動物を一人二人と集めているうちに、規模が大きくなったそうだ。
「うわぁ!」
私は猛スピードで過ぎ去る窓の外の景色を眺めながら、アヤノからユイを取り戻した日のことを思い出した。
新しいチームメンバーたちとの初出動の日、コンビニで体を透明にできる能力者を発見したが、逮捕は別の場所で行った。
追跡の末に連行した彼を防衛隊へ連れて行こうとした最中、アヤノに似た怪しい人物を発見した私は、彼女を追いかけて実際にアヤノであることを確認した。
そうして互いに顔を合わせて話をしている途中、彼女が突然レンの頼みだと言ってユイを私に預けたのが、つい先日のことだ。
そして驚くべきことが起きた。
私が知っているユイは、交通事故で植物状態だったはずなのに。
どういうわけか、ユイが奇跡のように意識を取り戻し、私だと認識したではないか!
「他者を治療できる回復能力者は身体を治すだけで、精神的な部分には力が及ばないものですが、これは奇跡です。」
そう言いながら追加の検査をしてもいいかと聞かれたので、ユイの許可を得て追加検査を行ったが、以前と変わった点は見つからなかった。
ユイが姿を消す前、防衛庁で呼び出した回復能力者の力を受けた後に検査した身体データがあるため、それは確かだった。
まあ、どうであれ意識が戻ったのならそれでいい。
そしてレンが生きているということを知れただけでも大きな収穫だった。
アヤノにレンの行方を尋ねたが、微笑むだけで教えてはくれなかった。
どこで何をしているのかは分からないが、ユイを置いて消えるような奴ではないから、元気にしていると信じている。
そうして意識を取り戻したユイは、以前の明るい姿に戻っていた。
二人が親しくなったきっかけは、私がたまにユイを連れ出したことが影響しているようだ。
どういうことかというと、外で偶然会ったことがあり、その時、焔の横にいたシザーをユイがとても気に入っていたのだ。
それ以降、焔はたまに私と一緒にユイの見舞いに来てくれたのだが、そうして親しくなったのではないかと思う。
だからだろうか。
初めて会った時に受けた印象とは違い。
根は温かい人だということが分かった。
動物好きな人に悪い人はいないと言うではないか。
「あそこ、見えます!」
いつの間にか目的地に到着していた。
遠くから見てもかなり大きく見える場所だ。
「ん?」
車から降りると、妙な匂いが鼻を突いた。
私が覚醒者だからか、それがより鮮明に感じられるのだが、これは…獣の匂いだった。
どうやら動物を一箇所に集めているからだろう。
私は車に積んであった車椅子を取り出し、そこにユイを座らせた。
「あそこが入り口みたいですね!」
早く一人で歩けるほどに回復してくれればいいが、リハビリ訓練を一生懸命受けているから、近いうちに良い知らせがあるのではないかと思う。
「ついて来い。」
私たちは焔について中へと入っていった。
「あいつらに広い空間を与えたいんだが、俺が専門的に動物病院を運営しているわけじゃないから、草食動物と肉食動物を別々に分けて、そこからまた小・中・大と階級別に分類してあるんだ。」
確かに動物園のように個体別に分類されてはおらず、全く違う種が混ざっていた。
「喧嘩になったりしないんですか?」
「他の所はどうだか知らないが、俺の所は平気だけどな?」
それが平気なことなら、他の動物園もそうしているだろうに。
「とりあえず餌からやろう。」
「私もやってみてもいいですか?」
「なら抜けるつもりだったのか?こき使うって言ったろ。」
「頑張ります!隊長!」
私たちは食料倉庫へ行き、肉類から取り出した。
肉食動物は腹が減ると凶暴になるため、真っ先に腹を満たしてやるのが良いそうだ。
「うっ…鶏の生臭い匂い。」
「ユイ、お前が一度やってみろ。」
「はい。」
ユイが下処理された鶏を持ち上げ、猛獣の顔の前に差し出す。
猛獣がいる柵の中に入って餌をやるとなると、やはり怖いようだ。
鶏を持っている手が震えている。
そんなことにはお構いなしに、ライオンは興味なさそうに鶏をくわえて去っていった。
「ふぅ……」
安堵のため息をつくユイ。
一度餌をやって勇気が湧いたのか、その後はスピーディーに進んだ。
人が列を作るように、一番前で餌を受け取ると自分の場所に戻っていく、という具合だった。
「大きな猫ちゃんたち、可愛い。」
ライオンや虎、模様のある大きな猫が餌をくわえていく。
すぐに慣れたのか、背を向けていく奴らのお尻を撫でるユイ。
図体のデカい奴らは一匹では足りないのか、何匹か余分に食べてようやく配給が終わった。
「今度は草食動物の餌だ。」
草食動物は肉食動物よりも準備するものが多かった。
私は片隅に山のように積まれている果物や野菜を見て言った。
「量がものすごいですね。」
「果物や野菜で栄養分を充当するから、肉食動物たちよりも食うんだ。」
「毎食こんなに食べさせてたら、食費がかなりかかりませんか?」
「かなりかかるさ。だから金、たくさん稼がないとな。」
昨年、動物たちの食費だけで一千万ア円かかったそうだ。
焔がいない時に管理してくれる人も必要だから、実質的な運営費はそれよりも高いだろう。
防衛隊から出る給料は多いが、それだけでは少し足りず、追加手当まで加えてようやく安心できるとのことだ。
今回は簡単に手入れをするだけにした。
代わりに、さっきのように一つずつ配ったりはしなかった。
一度に大量の量を運んでいき、数カ所に分けて床にぶちまけた。
人参やリンゴを一つずつ配っていては一日中やっても終わらないだろうから、こうするのが正解だ。
準備した食べ物がなくなっていくのを見ていると、銀色の毛に覆われたゴリラが私たちの方へ近づいてきた。驚くことに、そのゴリラは眼鏡をかけていた。
グルルル。
「長老、今日は無理だから明日持ってきてやるよ。」
ゴリラと話をする焔。
彼らがどんな言葉を交わしているのか聞き取ることはできないが、その姿はまるで人と会話しているようだった。
疎通を終えたゴリラは、ゆっくりと私たちのそばを通り過ぎていった。
「焔さん、なんて言ったんですか?」
「酸っぱい果物が食べたいから、次はオレンジも持ってきてくれってさ。」
「へぇ……」
彼はここで一番年上だって。そんなわけで付いたあだ名が「長老」だ。目があまり良くないと聞いて眼鏡を一つ買ってあげたところ、よく見えるようになってとても喜んでいるという。




